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化学者のつぶやき

五員環を経て三員環へ!ジ-π-“エタン”転位

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ジ-π-メタン転位を拡張した新たなラジカル転位反応として、ジ-π-エタン転位が報告された。エネルギー的に不利な三員環遷移状態を避けて五員環遷移状態を経由することで、ジ-π-メタン転位では不可能だったニトリルの転位を可能とした。

五員環遷移状態を経由するラジカル転位反応

ジ-π-メタン転位は、光照射下ジエンからシクロプロパン誘導体を与えるラジカル転位反応である。π結合の光励起により生じたジラジカルが、環化により三員環遷移状態を形成したのち、開環とジラジカルの再結合により三員環を形成する(図1A)[1]。現在までにアルケニル基に加えてアリール、カルボニル、イミノ基が転位に利用されてきた[1]。また、全合成における骨格構築にも用いられる(図1B) [2]。しかし、ジ-π-メタン転位は他のラジカル転位反応と比較すると発展途上である。特にニトリルの転位を伴うジ-π-メタン転位は、エネルギー的に不利な三員環遷移状態を経由しなければならず、未だ達成されていない。多様な官能基に変換可能なニトリルが利用できれば、ジ-π-メタン転位反応の合成的価値を引き上げられる[3]

今回著者らは、二つのアルケン間の炭素数を一炭素から二炭素へ変更した基質を設計し、ニトリルの転位を達成した(図1C)。π結合が励起して生じたジラジカルが、従来の三員環遷移状態とは異なる五員環遷移状態を経由し、三員環を形成する。ジ-π-メタン転位から発展した新たな光転位反応であり、二つのπ系が二つのsp3炭素原子で隔てられた基質に由来してジ-π-エタン転位と命名された。

図1. (A) ジ-π-メタン転位の反応機構 (B) 骨格構築への応用 (C) ジ-π-エタン転位 (本研究)

 

Di-π-ethane Rearrangement of Cyano Groups via Energy-Transfer Catalysis”

Zheng, Y.; Dong, Q-X.; Wen, S-Y.; Ran, H.; and Huang, H-M. J. Am. Chem. Soc. 2024, ASAP.
DOI: 10.1021/jacs.4c04370

 

論文著者の紹介

研究者: Huan-Ming Huang (黄焕明) (研究室HP)

研究者の経歴:

2014–2017               Ph.D., The University of Manchester, UK (Prof. David J. Procter)
2017–2018       EPSRC Postdoc Research Fellow, The University of Manchester, UK (Prof. David J. Procter)
2018–2021       Humboldt Fellow, University of Münster, Germany (Prof. Frank Glorius)
2021–                   Assistant Professor (Tenure Track), Principal Investigator, ShanghaiTech University, China

研究内容:フリーラジカル化学、触媒開発

論文の概要

アセトニトリル中Ir–F存在下、アルケン1に対して青色光を照射すると、ジ-π-エタン転位が進行しシクロプロパン誘導体2を与えた(図2A)。本反応は種々のアリール基やエステル、アルキル基を有する1に適用でき、対応するシクロプロパン誘導体2が得られた。一方で、三員環もしくは六員環遷移状態を経由する基質1′および1″では反応が進行せず、ジ-π-エタン転位における五員環遷移状態の重要性が示された。

機構解明実験では、ラジカル開始剤を用いたとき反応が進行しない点、および消光剤の添加時に反応が進行しない点から、本反応はエネルギー移動機構で進行することが示唆された(図2B)。この結果は、本転位反応におけるシクロプロパン誘導体の収率が、光触媒の酸化還元電位に関わらず三重項エネルギーにのみ依存するという実験結果と一致する。さらに、可視紫外吸光測定や蛍光測定、シュテルン–フォルマー消光実験の結果からも、本転位反応は励起したIr-Fによるエネルギー移動反応であると結論づけられている(詳細は本文参照)。

図2. (A) 反応条件と基質適用範囲 (B) 機構解明実験

以上、ジ-π-メタン転位から発展した新たな光化学的転位反応としてジ-π-エタン転位が報告された。炭素一つでエネルギー的に不利な遷移状態を避けたスマートな反応である。

参考文献

  1. (a) Hixson, S. S.; Mariano, P. S.; Zimmerman, H. E. Di-π-methane and Oxa-di-π-methane Rearrangements. Chem. Rev. 1973, 73, 531–551. DOI: 10.1021/cr60285a005 (b) Zimmerman, H. E.; Armesto, D. Synthetic Aspects of the Di-π-methane Rearrangement. Chem. Rev. 1996, 96, 3065–3112. DOI: 10.1021/cr910109c (c) Riguet, E.; Hoffmann, N. Di-π-methane, Oxa-di-π-methane, and Aza-di-π-methane Photoisomerization. In Comprehensive Organic Synthesis, 2nd ed.; Elsevier, Amsterdam, 2014; pp 200–221. DOI: 10.1016/B978-0-08-097742-3.00506-1
  2. Yen, C.-F.; Liao, C.-C. Concise and Efficient Total Synthesis of Lycopodium Alkaloid Magellanine. Angew. Chem., Int. Ed. 2002, 41, 4090–4093. DOI: 10.1002/1521-3773(20021104)41:21<4090::AID-ANIE4090>3.0.CO;2-#
  3. (a) Wu, W.-B.; Yu, J.-S.; Zhou, J. Catalytic Enantioselective Cyanation: Recent Advances and Perspectives. ACS Catal. 2020, 10, 7668– DOI: 10.1021/acscatal.0c01918 (b) Zhang, W.; Wang, F.; McCann, S. D.; Wang, D.; Chen, P.; Stahl, S. S.; Liu, G. Enantioselective Cyanation of Benzylic C–H Bonds via Copper-catalyzed Radical Relay. Science 2016, 353, 1014–1018. DOI: 10.1126/science.aaf7783
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