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化学者のつぶやき

光の色で反応性が変わる”波長選択的”な有機光触媒

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照射する可視光の波長によって異なる反応性を示す、新規可視光レドックス触媒反応が開発された。赤色光照射下ではXAT、青色光照射下ではconPETによってハロアレーンを官能基化できる。

“波長選択的”な可視光レドックス触媒

可視光レドックス触媒を用いた、化学選択的な変換反応はこれまで盛んに研究されてきた[1]。近年は、触媒の配位子や構造を変えることなく、照射する可視光の波長によって化学選択性を切り替えるアプローチが注目されている[2]。先駆的な例としてKönigらはローダミン 6Gを用いることで、トリブロモアレーンの波長選択的官能基化に成功した(図1A)[3]。緑色光では一つの、青色光では二つの臭素原子がアリール基に置換される。しかし、変換可能な結合がC(sp2)–Br結合に限られることに加え、緑色光と青色光は波長が近く、化学選択性に改善の余地があった。

一方、著者らは以前、ヘリセニウムnPr-DMQA-BF4が赤色光駆動型C–Hアリール化や酸化的ヒドロキシ化の光触媒として機能することを報告した(図1B)[4]。今回、同触媒を利用すると照射する光の波長に依存して、二種類の反応機構でハロアレーンのC(sp2)–X結合を開裂できることを見いだした(図1C)。赤色光を照射した際はハロゲン原子移動(XAT)機構で炭素–ヨウ素結合が開裂する一方で、青色光を照射した際は連続光誘起電子移動(conPET)機構で炭素–臭素結合が開裂する。生じたフェニルラジカルは各種カップリング反応に利用できた。またブロモヨードアレーンの逐次的な官能基導入にも成功した。

図1. (A) トリブロモアレーンの波長選択的アリール化 (B) 赤色光を用いた光触媒反応 (C) 波長選択的C–X結合活性化

“Red LightBlue Light Chromoselective C(sp2)X Bond Activation by Organic Helicenium-Based Photocatalysis”
Hossain, M. M.; Shaikh, A. C.; Kaur, R.; Gianetti, T. L. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 7922–7930. DOI: 10.1021/jacs.3c13380 

論文著者の紹介

研究者:Thomas L. Gianetti

研究者の経歴:
2007                              B.S. CPE Lyon, France
2009                              M.S. CPE Lyon, France
2014                              Ph.D. University of California, Berkeley, USA (Profs. John Arnold and Robert G. Bergman)
2014–2017                  Postdoc, ETH Zürich, Switzerland (Prof. Hansjörg Grützmacher)
2017–2023                  Assistant Professor, University of Arizona, USA
2023–                           Associate Professor, University of Arizona, USA

研究内容:安定なカルボカチオンを利用した光触媒、配位子、ルイス酸の合成および

レドックスフロー電池の開発

論文の概要

アセトニトリル中nPr-DMQA-BF4 (1)存在下、ブロモアレーン2、シクロヘキサノン3、ピロリジンに対して青色光を照射することで、ケトンのa-アリール化が進行した(図2A)[5]。また、2の代わりにヨードアレーン5を添加し赤色光を照射した際にも同じ生成物を与えた。本反応は電子求引性基をもつ様々なハロアレーンに適用できた(4a4c)。置換基をもつシクロヘキサノンを用いた場合には、シス体を優先的に与えた(4d, 4e)。次に、ブロモヨードアレーン6の化学選択的な官能基化を試みた(図2B)。シクロヘキサノン誘導体(3)、N-メチルピロール(7)、もしくはトリエチルホスファイト(8)を加え、赤色光を照射すると対応するカップリング体を与えた。赤色光照射条件では、XAT機構でフェニルラジカルが生成し、結合解離エネルギーのより小さいC(sp2)–I結合が優先して開裂したと考えられている(詳細は本文参照)。さらに、筆者らは6aの逐次的カップリングに取り組んだ(図2C)。アセトニトリル中1存在下、6aN-メチルピロール、DIPEAに対して赤色光を照射してカップリング体9aを得た。その後、1存在下9aとシクロヘキサノン、ピロリジンに対して青色光を照射することで、化学選択的に二官能基化された10を得ることに成功した。

図2. (A) -アリール化の基質適用範囲 (B) ブロモヨードアレーンの波長選択的官能基化 (C) 逐次カップリング」

以上、照射する可視光の波長によって異なる反応性を示す、新規可視光レドックス触媒反応が報告された。本触媒はブロモヨードアレーンの化学選択的官能基化が可能であり、赤と青の二刀流で活躍するその様は、メジャーリーガーのようである。

 参考文献

  1. Narayanam, J. M. R.; Stephenson, C. R. J. Visible Light Photoredox Catalysis: Applications in Organic Synthesis. Chem. Soc. Rev. 2011, 40, 102–113. DOI: 10.1039/B913880N
  2. Markushyna, Y.; Savateev, A. Light as a Tool in Organic Photocatalysis: Multi-Photon Excitation and Chromoselective Reactions. J. Org. Chem. 2022, 2022, e202200026. DOI: 10.1002/ejoc.202200026
  3. Ghosh, I.; König, B. Chromoselective Photocatalysis: Controlled Bond Activation through Light-Color Regulation of Redox Potentials. Angew.. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 7676–7679. DOI: 10.1002/anie.201602349
  4. Mei, L.; Veleta, J. M.; Gianetti, T. L. Helical Carbenium Ion: A Versatile Organic Photoredox Catalyst for Red-Light-Mediated Reactions. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 12056–12061. DOI: 10.1021/jacs.0c05507
  5. Hossain, M. M.; Shaikh, A. C.; Moutet, J.; Gianetti, T. L. Photocatalytic a-arylation of cyclic ketones. Nature Synthesis 2022, 1, 147– DOI: 10.1038/s44160-021-00021-0
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