Tshozoです。
マイクロプラスチックについては以前から関連記事(1,2)を書いたり定期的に論文を眺めていましたが、今回衝撃的な結果が権威ある論文誌から出てきましたのでご紹介します。自然界にも無機系・有機系関わらずマイクロ粒子・ナノ粒子は存在しますし人体にはそうした異物を除外する基本機能が備わっているから、マイクロプラスチックについても(若干不安になりながらも)石ころみたいなもんだから大したことあんめぇ、と心の底で思っていたのですが、今回紹介する論文の結論はその感覚と違っているようなので、自分への戒めも含めて記事化することとしました。
紹介論文:
“Microplastics and Nanoplastics in Atheromas and Cardiovascular Events”,
N Engl J Med 2024;390:1726-1728, リンク
注:出来るだけ多方面から調査した結果を書いてまいりますが、筆者は薬学や医学を正式に修めておりませんので、多々間違いや誤解があるかと思います。都度ご指摘頂ければ有難いです。
マイクロ・ナノプラスチックとは・おさらい
マイクロプラスチックのイメージ おさらい 前回記事より引用(写真内のスケールバー:1mm)
マイクロ・ナノプラスチックとは(定義は後述)樹脂製品やゴム製品から製造中・使用中・廃棄後まで含めて環境中にまけ出てくる微小なプラスチック片のことです。合成樹脂≒プラスチック類は多様な種類が合計毎年何億トンと石油から生産されており、ウミガメにストローとかの話は大事な観点ですが数量的には些少かつ塵埃レベルです。それより環境中で紫外線や熱などの作用で細かくなって発生するマイクロ・ナノプラスチックが世界中に放出されているほうが今やずっと数量の多い問題で、筆者はこれはある意味石油化学というネクロマンシー(死霊術)による壮大な呪いの結果だと思っています。もちろん筆者も間違いなくこの呪いを食らっていることでしょう。
(文献1)より 耐侯試験機で1600時間晒したときの、汎用樹脂としてもっとも使われている
低分子ポリエチレンの表面拡大写真 クラック発生が継続することで微細プラスチックが
発生し得ることを明示的に見出したかなり初期の論文のひとつ
この呪いたるや、昔は直径がミクロン単位の環境にまけ出た細かいプラスチック粉、というくらいの認識しかなかったのですが、色々問題になっているのではないかという懸念から様々な団体や委員会が位置づけを行いだしており、一番権威がありそうなところで言うと欧州食品安全機関(EFSA/European Food Safety Association)による定義として、
”マイクロプラスチックを0.1~5000μmと定義…ナノプラスチックは、0.001~0.1μm” (引用リンク:日本 食品安全委員会)
という括りで決めています。寸法的にもまぁ妥当なところでしょう。ただ一般的にどういう材質のマイクロ・ナノプラスチックが検出されているかというとIUCN(国際自然保護連合)による報告書(文献2)が下図のように包括的に扱っており、
海洋中にまけ出ていると推定されるマイクロプラスチックの推定比率
(文献2)より筆者が編集して引用 (文献2)は一読をお勧めいたします
内容としては意外とスクラブとかの生活用品からの排出が少ない
あと予想通り化繊がトップ レーヨンとかなら比較的分解はしやすいが、、、
この海洋中を漂っていると推定される中で一番多いのが化繊類(ポリエステル、ナイロン、アクリル、レーヨン等々…おそらく釣り糸や漁網の残骸なども含む)、そこにタイヤ(SBR)、塵埃、インク・塗料・洗剤・樹脂ペレットと並んでおり、マスコミ連中が採り上げるのとは違う傾向があります(注意:これらは見積試算中央値に基づく値で、地域や状況、場所により異なる可能性が高い)。一方プラスチックの生産量で言うと下記のようになっており、それとの食い違いもあることがわかります(下図・(文献3)/ここにゴムは入っていないが、2024年の世界生産量でも天然ゴムと合成ゴム合わせて0.3億トン未満程度で下図で言うと10%未満のもよう・参考リンク)。
(文献3)の数値、図を筆者が編集して引用
↑のマイクロプラスチックの観点からだとナイロンとかが最大かと思いきや。。。
ただPPとかPEはマイクロでなくもっと大きな”バルク”で流出している可能性も大きい
この差の理由は使用形態によるもので、例えば化繊類は洗濯や擦過で細かくなってまけ出ていきますし化繊が使われる漁業網等からは常用中にボロボロ流出しますし、またタイヤからのマイクロプラスチック量は製造量のわりに多いのですが、これは自身を擦り減らしながら使用されるためで、これに加えカーボン粉などもまき散らしながら飛散するので性質が悪い。おそらくスタッドレスタイヤのような柔らかいゴムではより一層発生量が多くなるでしょう。この点、今流行りの企業が作っているような電気自動車なんか、重いうえに非常に大きな回転力がタイヤにかかりますから、このマイクロプラスチックという観点では一番乗ってはいかん移動体になることは周知した方がいいと思っています。あ、そういう方は『エコ意識』が高いからそのくらいご存知ですか?
筆者が大嫌いな連中の例 本当に嫌い
で、こういう状況はさすがにまずいということで、まずおおもとの原因となる大きなプラスチック、特に海洋や河川を漂っているプラスチック類を回収する団体(the Ocean Cleanup)が発足して回収したりしている活動が世界中で始まっています。ただ彼らの理念と行動は称賛したいし正直非常に応援していますが、実際の回収量はやらないよりマシ、ひどい言い方をすると焼け石に水レベル。というか毎年5億トンも出てきている呪いの源流=原油をせき止めないといつまでも状況は変わらんのですが、石油生産を止めるのは経済活動を止めると同義ですからまぁ行くところまで行くしかないでしょう。その結果毎年とんでもない量のマイクロ・ナノプラスチックがどんどん発生して、おそらく指数関数的に増えていって誰にも止められんでしょう。
という感じで絶望的な気分になったところで本題へ。
今回採り上げる論文の重要性
今回の論文、泣く子も黙るThe New England Journal of Medicine(IF:~159@2022年)から出された”Microplastics and Nanoplastics in Atheromas and Cardiovascular Events”、日本語で「粥状動脈硬化と心血管イベントにおけるマイクロプラスチックとナノプラスチック(について)」というタイトル。粥状動脈硬化とは、その名の通り体内老廃物を中心とした”粥状の病変(正式には”粥腫(じゅくしゅ)”というようです・簡易的にプラーク、と称しているケースもありました)”が大動脈などの比較的太い動脈血管内に何らかの原因で留まり炎症などを起こして出来る現象のことで(実際は血管以外にも体内のどこにでも留まり得る)、また心血管イベントとは脳梗塞や心筋梗塞など、心身のおおごとである血管詰まり等に代表される重大事象のことを指しています。このご時世にも関わらずこの研究にはイタリア保健省が助成をしており、向こうさんでも高い問題意識があることがわかります。血栓などの重大な疾患の起点になり得る現象ですからそりゃ注意して調査しなくてはいかん、というのが直感的な印象ですね。
で、何の興味からか因果からかわからんですがこの主要論文著者 University of Campania “Luigi Vanvitelli,”のR. Marfella博士らは、これまで色々健康リスクがあると警告されてきたマイクロ/ナノプラスチック(以下MNPs)について、粥腫などの微小病変・腫れとこれら微粒子が影響しているのではないかと推定し、今回の調査を行います。この論文で注目すべき点は、マイクロ/ナノプラスチックを「薬」のようにとらえ、”投与あり群” “投与なし群”(実際には体内粥腫でMNPsが見つかった群とそうでない群)を分けこの「薬」としてのリスクを明示している点。これだと投与量という量論的な観点が若干あいまいになるものの、確かに科学的に、かつ統計的にMNPsのような環境中の要因によって発生している症状かどうかを見分けることができるという点で筆者は非常に興味を抱きました。
ただ論文の中程に書いてある通りこの考え方にとにかく前例がない(正直筆者としても一般的なものか判断がつきません)。ということでまずラフなスケール(人数規模)設定からはじまり、それをもとに“18才から75才の、頭蓋外頸動脈狭窄症状(asymptomatic extracranial high-grade…internal carotid artery stenosis)があり、それの対処として頸動脈内膜剥離術(carotid endarterectomy)を受ける予定の患者” を見込みMNPs”投与”患者とみなして数を積み上げ、最終的にはデータ収率も考慮し300人以上を初期調査対象に(最終的にはデータ不備、期間中死亡等のケースを除き257人を”治験”対象とした)。そして手術後の内膜粥腫剥離部切除サンプルを液体窒素で急速冷凍し、ラボでガスクロで粥腫剥離部に含まれるプラスチック成分定量を行うと共に透過電顕で剥離部外観を定性的に調査しMNPsを観察するという(気の遠くなるような地道な)作業に基づいてデータを収集した、とあります。その結果得られた代表データが↓こちら。
まず対象サンプル患者数(257人)の中にどのくらいの人数が
MNPs混入切片を持っていたか(青色部)の地域別人数内訳と比率 特に顕著な地域差はないもよう
というか結構MNPsを保有している患者数多いな、、、同論文SIより引用
同論文より筆者が編集して引用 上記MNPs保有患者より取得した内膜粥腫切除サンプル内に
GC-MS分析で塩ビ、ポリエチレンの樹脂検出をみとめた樹脂存在量の分布 ●がサンプル(患者)数
きちんと最低検出値と最低定量値を定義して測定しているので確実性はかなり高い
もちろんMNPsを保有していない対照群は検出限界以下の値だったもよう
同じく同論文SIより筆者が編集して引用 赤色で囲った部分が粥腫内の樹脂片部(と著者が主張している)
輪郭がギザギザしていて生物的でない形状であることが理由らしい
ただ青矢印部は違うのか、という気がして本当に樹脂片であるかは個人的には疑問が残る
・・・という疑念に対し、FESEMの元素分析で塩ビ片である可能性が高いと結論付けるための
樹脂片元素マップ 樹脂片と推定される微粒子内で塩素原子が極端に高い点と、
ここには記載されていないがGC-MSの結果とを紐づけている 本論文SIより引用
ということで要旨としては「かなりの割合(50%以上)で、頸動脈狭窄の原因であった粥腫中にMNPsが存在した」「定量的・定性的な方法でそれらの存在を確認した」「炎症の各種指標との相関は強くないものの基本的にはMNPsの量に対し炎症が強まる傾向であることは確実だった」ということになるかと思います。
興味深いのは、実際に粥腫内に表面がギザギザの微粒子がコンタミと考えるには不自然な形で存在しているという点、また生産数量的に最も多いポリオレフィンと塩ビが多く検出されたという点ではないでしょうか。最近あちこちで採り上げられているPFAS(記事こちら と こちら)の検出と同じように、日本でも粥腫切除片を細かく確認したら同じような樹脂片が検出されるかもしれない、という可能性を示しているという観点からも非常に意義のある話と考えます。
思うにこの論文の背景には(文章内明記が無いので筆者の推測にすぎませんが)、体内の炎症が何により発生するのか、その一因として体内異物に対し過剰反応したりうまく除去できなかった結果、炎症が続いてしまうのではないか、という疑問・問題意識があったと考えられます。で、結局副次的病変項目(2nd Endpoint)に各種炎症の有無を推し量るための項目を設定したことにもそうした意識が垣間見えます。その結果、かなりの蓋然性を以ってMNPsが細かい炎症に寄与し得る、という命題(この場合仮説?)を見出すことが出来たのではなかろうか、と。このため本論文に沿った形での体内の推定されるメカニズムとしては、
MNPs体内に侵入→大半は除去されるが特定のサイズ、材料は体内に残留→体内の機能が継続的に異物と判断→除去しきれず炎症化→粥腫発生(→最悪心血管イベントへ)
という流れでかなり妥当なメカニズムであるというように思われます。しかし、MNPsが本当に炎症の原因なのか?についてはもう少しデータが要るかと。じっさい、炎症反応については線形回帰で相関関係があるかどうかを統計的な数値(相関係数R2:この値が1に近ければ近いほど最小二乗法により線形近似が有効となり、説明変数(今回の場合樹脂量)に対し目的変数(今回の場合各種炎症度合数値)に統計学的な関係性があると断定できる)で推し量っていますが、正直あんまり一致してない(下図)。いちおう単調増加なのである程度は相関があると言えるかもしれませんが、おそらく別の説明変数が関わる群が混じっていたり、または厳密な線形近似でない可能性がある形状なので(特に微量のMNPsが検出された場合の増え方は別の変数が存在する可能性大)数値的・統計的に語るにはもう少し密画化が必要なのだと推測されます。ともあれその基礎的な検証としては大きな意義を持つ内容であると感じました。
本論文SIより引用 R2が0.6を超えているのは1つのみで
基本的にはあまり線形近似があてはまらないように思える
なおCD38 はマクロファージが関わる炎症時に発生するたんぱく質、
CD3はT細胞が関わる炎症に関連するたんぱく質のことの模様
ただ、今回見いだせたのはあくまで粥腫内にMNPsを持った人が多くいた、という事実のみ。たとえば仮説として「MNPsの増加はあくまで結果で、実は粥腫がMNPsを吸収しやすい」とかいう事すら主張し得るので。ここらへんはより深い追加実験や解釈が必要になるのでしょう。また論文の筆者の方も、「サンプルを切除したり持ち運んだり開封したりした経過でMNPsが混入した可能性は正直排除仕切れない」「厳密な数値検証にはクリーンルーム内での作業プロセスが必要になる」と書いたりしていてコンタミなどの懸念は払しょくできない状態での調査であったことを認められています。今後の追加検証、イタリア国内に留まらない世界的な検証が必要になってくると思われます。
いずれにせよ今回のような、思わぬ形で体内の不思議を発見した着眼点と実行力はまことに素晴らしい。言われてみればなるほどな、なのですが普通調べようと思わないですもんね。今後も本件に関わるような新しい視点での知見を期待したいところです。
おわりに
MNPsっていってもそこら中にありますからね? たとえば瞬間湯沸かしケトルとか樹脂使ってるもんが多いですが、何年か使ってるとめっちゃ細かい樹脂片が混じりだしますし、日々の水道とかでもフィルタ通さないと何が混じってるかわかったもんじゃないですし、それこそ食堂で使う樹脂コップとかも傷だらけですから、日々実は結構な量食ってるんじゃなかろうかと思っています。以前BBCが「人間は1週間生活しているとクレジットカード1枚分のプラスチックを食べてる」という報道をしましたが、量の大小こそあれ直感的には当たっている気がしないでもありません。
ただ、製造メーカやスタートアップ企業も無策ではなく、様々な手を打ってきています。例えばこちらの企業の発案内容、酸化チタンをタイヤに混ぜ込んで光が当たっている間に高効率で分解してしまうというもの。非常に興味深く、とにかく光が当たりさえすれば分解は進行する点が非常に興味深い方法です。しかし値段と、もし天候が悪かったり夜間に雨が降っている状況で下水に流れ込んでそのまま光が届かないままだったら、、、と考えると効果は限定的と考えざるを得ない。いっぽう発塵された直後にとっつかまえる、という考えでやっているのが海外のこのスタートアップ企業。車に取り付けて拡散した瞬間に回収するというアイテムを車体に取り付けて環境中への漏出を防ぐアイデアですが、これもなかなか面白い。ただこれもまたなかなか車両メーカーの協力が得られるかどうか、法律的にどうかという問題がありすぐ拡大するとはいいがたい。ただ、発塵量が一番多いであろう大型トラック等にはすぐにもセットすべきですし、出来るような気がしますので各社検討を進めて頂きたいものです。
・・・という形で色々やっていますが、やっぱり拡散のエントロピーと共に広がった材料を回収・処理するにはものすごく労力がかかる。ナノレベルで拡散したようなものを回収する労力たるや、理論的に計算したら享受したメリットを遥かに上回るものになってしまうのではないでしょうか。筆者自身も石油やその他の材料から絶大な便利を享受しながら、その一方で色々勉強していくにつれ石油化学を生物の死骸を利用した死霊化学ではないかと感じていたのですが、現在世界規模で起きている諸問題はそうしたものの恨みや呪いの結果ではないかと思うようにもなっています。非科学的な話をするようですが、こうした非科学的な観点、定量化できないような観点は科学的な話とはセットでなければならないのです。
というのも、以前寺田寅彦さんの”科学者とあたま”というエッセイの中にある”格物致知”という言葉を紹介したのですが(記事こちら)その中の文章、「科学は孔子のいわゆる「格物」の学であって「致知」の一部に過ぎない。科学ばかりが学のように思い誤り思いあがるのは、その人が科学者である事は妨げないとしても、認識の人であるためには少なからざる障害となるであろう。これもわかりきったことのようであってしばしば忘られがちなことであり、そうして忘れてならないことの一つであろうと思われる」という分を読み直すだに、この科学(格物)と非科学(到知)は本質的な発展の両輪でなければならないのではないか、と思う次第で。だいたいこのバランスがどっちかに極端に崩れるとろくでもないことになっているのは最近芸人枠であちこちに出没している某氏の現実を見てもお察しかと。
こうしたことを書くに、今でも覚えているのが本田宗一郎さんが最初本田技術研究所をつくったときの言葉「ここは技術の研究をするところではない、人間の研究をするところだ」というものなのですがどれだけ未来を見抜いた言葉であったか、今更ながら身に染みて都度振り返っております。しかし人間が全員本田宗一郎さんになれるわけではないですし、一部の為政者やアレな関係の人たちにとっては民衆が非科学的なままでいてくれた方が都合がいいでしょうし、結局どれもこれも人間がやることで何かひとつボタンがあればいいという話ではなく、各個人が両輪を意識してよりよくやっていく以外になにも妙薬はないのでございます。
それでは今回はこんなところで。
参考文献
1. “Attenuated total reflection infrared spectroscopy for micro-domain analysis of polyethylene samples after accelerated ageing within weathering chambers”, Vibrational Spectroscopy 34 (2004) 63–72, リンク
2. “Primary Microplastics in the Oceans: a Global Evaluation of Sources”, INTERNATIONAL UNION FOR CONSERVATION OF NATURE, 2017, リンク
3. “Plastics – the fast Facts 2023”, Plastics Europe, 2024, リンク
4. “Breaking the Plastic Wave: A COMPREHENSIVE ASSESSMENT OF PATHWAYS TOWARDS STOPPING OCEAN PLASTIC POLLUTION”, The Pew Charitable Trusts, 2020, リンク
5. “Chemical Analysis of Microplastics and Nanoplastics: Challenges, Advanced Methods, and Perspectives”, Chem. Rev. 2021, 121, 19, 11886–11936, リンク