[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

[スポンサーリンク]

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教にお願いしました。

今回ご紹介するのは、2種の貴金属からなる酸化物クラスターによるC-H結合活性化に関する研究です。RhとRuからなる酸化物クラスターを炭素担体に担持した触媒を調製し、酸素分子のみを酸化剤とするアレーンとカルボン酸からのエステル合成を報告されました。速度論的な解析と量子化学計算から、詳細なメカニズムを明らかにしています。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

“RhRu Bimetallic Oxide Cluster Catalysts for Cross-Dehydrogenative Coupling of Arenes and Carboxylic Acids
Hasegawa, S.; Harano, K.; Motokura, K. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 19059–19069. DOI: 10.1021/jacs.4c03467

研究室を主宰されている本倉 健 教授から、長谷川先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

長谷川助教は2022年3月に東大理学部佃研究室で博士の学位を取得し、直後の4月から横国大の当研究室に着任されました。学生時代の指導教員の佃先生からは「長谷川さんは非常に粘り強く研究を進めますよ」と伺っておりましたが、まさにその通りで、今回のRhRu酸化物クラスター触媒の研究も、ひとつずつ地道に研究成果を積み重ねて、遂に論文化・JACS掲載に至りました。長谷川助教は、緻密な触媒設計や計算科学に基づいて研究を進められると同時に、「思ってた触媒構造と違うけど、高活性だからまあいいか!」という(実験研究者にとって最も重要な?)大胆な一面を併せ持っており、大変頼もしい同僚であります。今回の研究はアレーンのC-H結合を活性化しカルボン酸とカップリングさせるものですが、今後も多様な化合物の不活性結合の活性化に基づく自由自在な分子変換を実現し、カップリング反応の歴史を塗り替える成果を期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

アレーンのC–H結合を直接活性化してカルボン酸とC–O結合を形成する反応は、アリールエステルが一段階で得られる高効率な反応として知られています。従来この反応は均一系触媒と超原子価ヨウ素化合物等の酸化剤を組み合わせて実施されることが一般的でした。しかしながら、安価で無害な分子状酸素(O2)を酸化剤とする触媒反応系はほとんど未開拓であり、広い基質適用範囲を示す触媒の開発が望まれていました。本研究において我々は、RhとRuから成る二元酸化物粒子を活性炭表面に担持した触媒(RhRuOx/C)を開発しました。収差補正走査透過電子顕微鏡を用いた元素マッピングとX線吸収分光によって、RhとRuを均一に含む粒径約1 nmの酸化物粒子が高分散に担持されていることが確認されました(図1a–g)。このRhRuOx/C触媒はO2を酸化剤とするベンゼンと酢酸のカップリングに対して特異的に高い活性を示し、種々の単純アレーンおよび脂肪族・芳香族カルボン酸に適用可能であることがわかりました(図1h)。速度論的な解析と量子化学計算の結果から、反応の律速段階はC–H結合の開裂過程であり、求電子的な協奏的メタル化脱プロトン化機構によって進行していることが明らかとなりました。

図1. RhRuOx/C触媒のキャラクタリゼーション結果と基質適用性

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

酸化された二種の貴金属元素による協奏的な触媒作用を明らかにした点が、本研究テーマの一番興味深い点であると考えています。従来の二元系貴金属触媒は反応系中において0価の合金粒子として存在する場合が多く、その動作機構は隣接する異種金属原子間の電荷移動や特異な表面原子配列といった観点から理解されてきました。しかしながら、X線吸収分光の結果から明らかなように、RhRuOx/C触媒に含まれるRhとRuは第一配位圏をOが占めており、異種金属原子間に直接的な結合がありません。量子化学計算の結果からは、RuによってRhに配位するO原子の負電荷が減少した結果、Rhの反応性が向上する機構が示唆されました。このように、Oに架橋されたRhとRuが顕著な相乗効果を示したことは、二元系金属触媒の設計・開発に対して有益な知見であると考えられます。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

反応機構を理解するまでの道のりが一番長かったように思います。前述の通り、同一酸化物粒子内に共存するRhとRuが協奏的に働く点が本研究の特色です。しかし、実のところ触媒のスクリーニングを行なっている段階ではそのような触媒の動作機構は想定していませんでした。そのため、RhRu触媒のキャラクタリゼーション結果を見た時は、Rh–Ru間結合が無いのに何故相乗効果が現れるのだろうと不思議に思っていました。幸いなことに、速度論的な解析や反応前後での触媒のキャラクタリゼーション、モデル系のDFT計算、そして文献調査を進めている内に、現在想定している反応機構が浮かび上がってきました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

引き続き、C–H結合変換のための不均一系触媒の開発に取り組み、特色のある研究を展開していきたいと考えています。今回の研究内容にも当てはまりますが、想定外の触媒反応結果・分析結果というのは一見厄介なものですが、根気よく追求すれば新規性のある成果に結びつくものがあります。このようにユニークな現象を示唆する実験結果を見逃さない洞察力を磨き、論文の読者を感心させられるような仕事をできればと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

この記事を読んでいただきありがとうございます。本研究内容が読者の皆様にとって少しでもインスピレーションになれば幸いです。

最後となりますが、着任時から素晴らしい研究環境とご指導を頂いております本倉先生、そして電子顕微鏡での分析につきましてご協力いただきました物質・材料研究機構の原野先生にこの場を借りて感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:長谷川 慎吾はせがわ しんご
所属:横浜国立大学大学院工学研究院 本倉研究室 助教
略歴:
2017年3月 京都大学理学部化学科 卒業
2019年3月 東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 修士課程 修了
2022年3月 東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 博士課程 修了、博士(理学)
(指導教員: 佃 達哉教授)
2022年4月より現職

関連リンク

  1. 原著論文
  2. 横浜国立大学プレスリリース
  3. EurekAlert! 国際プレスリリース 英語版, 日本語版
  4. 研究室ホームページ

hoda

投稿者の記事一覧

大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

関連記事

  1. エステルからエーテルへの水素化脱酸素反応を促進する高活性固体触媒…
  2. 近年の量子ドットディスプレイ業界の動向
  3. 2018年ケムステ人気記事ランキング
  4. クロスカップリングの研究年表
  5. 研究室クラウド設立のススメ(経緯編)
  6. 研究者のためのCG作成術③(設定編)
  7. 「Natureダイジェスト」で化学の見識を広めよう!
  8. 『ほるもん-植物ホルモン擬人化まとめ-』管理人にインタビュー!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「細胞専用の非水溶媒」という概念を構築
  2. 論文執筆で気をつけたいこと20(2)
  3. 英文校正会社が教える 英語論文のミス100
  4. 強酸を用いた従来法を塗り替える!アルケンのヒドロアルコキシ化反応の開発
  5. インタビューリンクー時任・中村教授、野依理事長
  6. 半年服用で中性脂肪3割減 ビタミンPと糖の結合物質
  7. 「糖鎖レセプターに着目したインフルエンザウイルスの進化の解明」ースクリプス研究所Paulson研より
  8. 第9回慶應有機化学若手シンポジウム
  9. 石谷教授最終講義「人工光合成を目指して」を聴講してみた
  10. 化学の力で名画の謎を解き明かす

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年7月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

ミケーレ・パリネロ Michele Parrinello

ミケーレ・パリネロ (Michele Parrinello 1945年9月7日 メッシーナ生まれ) …

侯召民教授の講演を聴講してみた

bergです。この度は2024年10月5日(土)に慶応義塾大学 矢上キャンパス(理工学部)にて開催さ…

【10月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスを用いたゾルゲル法とプロセス制御ノウハウ(2)

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

日本プロセス化学会2024ウインターシンポジウム

有機合成化学を基盤に分析化学や化学工学なども好きな学生さん、プロセス化学を知る絶好の…

2024年ノーベル化学賞は、「タンパク質の計算による設計・構造予測」へ

2024年10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーは、2024年のノーベル化学賞を発表しました。今…

デミス・ハサビス Demis Hassabis

デミス・ハサビス(Demis Hassabis 1976年7月27日 北ロンドン生まれ) はイギリス…

【書籍】化学における情報・AIの活用: 解析と合成を駆動する情報科学(CSJカレントレビュー: 50)

概要これまで化学は,解析と合成を両輪とし理論・実験を行き来しつつ発展し,さまざまな物質を提供…

有機合成化学協会誌2024年10月号:炭素-水素結合変換反応・脱芳香族的官能基化・ピクロトキサン型セスキテルペン・近赤外光反応制御・Benzimidazoline

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年10月号がオンライン公開されています。…

レジオネラ菌のはなし ~水回りにはご注意を~

Tshozoです。筆者が所属する組織の敷地に大きめの室外冷却器がありほぼ毎日かなりの音を立て…

Pdナノ粒子触媒による1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の開発

第629回のスポットライトリサーチは、関西大学大学院 理工学研究科(触媒有機化学研究室)博士課程後期…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP