bergです。この度は2024年6月19日(水)に東京工業大学 大岡山キャンパス(理学部)にて開催された「Strategies and Tactics in Diversity Oriented Total Synthesis」を聴講してきました。この記事では会の模様を簡単に振り返ってみたいと思います。
演題と概要は以下の通りです。
演者: Prof. Ming Yang (State Key Laboratory of Applied Organic Chemistry and College of
Chemistry and Chemical Engineering, Lanzhou University, China)
題目: Strategies and Tactics in Diversity Oriented Total Synthesis
場所: 東京大学 本郷キャンパス(薬学部)
日時: 2024年6月19日(水)16:00-17:30
詳細:
http://www.chemistry.titech.ac.jp/web/wp-content/uploads/2024/04/poster_20240619P_Yang.pdf
Ming Yang先生は天然物やその骨格を活かした生理活性物質の全合成をテーマに果敢に取り組まれている新進気鋭の研究者で、この日はご講演のために中国は蘭州(蘭州ラーメンで有名ですね!)から日本へお越しくださりました。
さて、Ming Yang教授が最初にご説明されたのが、医薬品化合物における天然物の比重です。過去40年間(1981年~2020年)に上市された低分子医薬品をその構造によって大別すると、完全に人工の骨格のみからなるものはわずか半数に過ぎず、天然物誘導体が26%、天然物のアナログが19%、天然物そのものですら5%にのぼるなど、天然由来の化合物群が今なおきわめて重要な地位を占めていることが見てとれます。研究の意義や有用性をめぐって天然物化学や天然物合成はしばしば槍玉に挙げられますが、やはり天然由来の生理活性物質の薬学への貢献は無視できず、その複雑な骨格を精密に合成する技術の開発は人類社会に資するようです。率直なところ、計算機科学の発達した現代でもここまで人工骨格を持つ化合物の比率が少ないとは思ってもみなかったので、非常に印象に残りました。
その中でもMing Yang先生が注力されてきたのが、Grayanoidsと総称されるある種の天然毒です。これらはツヅジ属の植物が産生し花弁や葉に蓄積するイオンチャネル阻害剤の一種で、中員環に複数の5員環が縮環した複雑な骨格を有するジテルペン・セスキテルペン類としての側面を持ち、高度に官能基化されている点が特徴です。代表的な化合物としてはMollanol A、Rhodomollin A/B、PrincipinolBなどが挙げられます。
Principinol B全合成の鍵となるoxabicyclo[3.2.1]の構築において、環内の二重結合の反応性が高く予期せぬ副生物を与えるためにエポキシ化による保護を試みた(!)お話や、Ti(III)触媒下でのポリエンの環化による縮環骨格を構築するうえで、Ti(III)種の反応性を制御するために2,4,6-collidine塩酸塩を添加し配位させたエピソードなど、非常に興味深い内容を拝聴することができました。人名反応も数多く聞くことができ、研究室時代の雑誌会が思い出され懐かしい気分に浸ることができました。
民間企業に就職して以来このような最先端の研究に触れる機会がめっきり減ってしまっていたので、今回の講演会は非常に刺激的で新鮮で、あっという間の90分でした。最後になりましたが、大森 建教授をはじめ、講演をセッティングしてくださった東京工業大学理学部・理学院の関係者各位、そして、当日は空梅雨の蒸し暑さのなか中国からはるばるお越しくださり、ご講演くださったMing Yang先生に心よりお礼申し上げます。今後の研究の進展も楽しみにしています。