Gordon Research Conference (GRC, ゴードン研究会議) は、科学の様々な分野の最先端の未発表の研究成果を発表し議論するための国際会議です。今回、2024年6月1日から7日まで開催された無機化学 GRC に参加したので、その様子についてお話します。
ゴードン研究会議とは?
ゴードン会議は英語で書くと Gordon Research Conference で、略して Gordon Conference (ゴードン会議) ということもあれば、頭文字 3 つから GRC と略されることまります。記事の冒頭でも簡単に紹介したように、科学の様々な分野の最先端の未発表の研究成果を発表し議論するための国際会議です。生物、化学、物理の様々な領域のゴードン会議が存在し、化学の中で見てみると Inorganic Chemistry (無機化学) や Organometallic Chemistry (金属有機化学) のようなやや広めのテーマのものから、Metallocofactors (金属因子 = 生体内の触媒機能にかかわる金属)、Carbon Capture, Utilization and Storage (二酸化炭素の捕集、利用、貯蔵) のようなかなりマニアックな分野まで様々なゴードン会議が存在します。
様々な分野でゴードン会議があるものの、それらはすべてにほぼ決まった共通のフォーマットとルールが存在し、ゴードン会議には典型的な学会と比べて次の点が異なります。
- 研究者が企画運営している (ACSや日本化学会のような学会が運営していない)
- 主に未発表の成果を発表し合う場で、他者の講演内容を口外してはいけない
- 学会会場に泊まり込み、参加者と約1週間寝食ともにする
通常、GRC は日曜夜から金曜朝までの6日間開催されますが、GRC が開催される前日の土曜日からは日曜お昼まで Gordon Research Seminar (GRS, ゴードンセミナー) と呼ばれる1泊2日の追加のプログラムがあります。GRC の口頭発表の講演者は通常教授クラスの大学研究者、国立研究所の研究者や企業研究者であるのに対して、GRS は主に大学院生やポスドクのみが参加しており (ゲスト講演者とパネルディスカッションのパネリストを除く)、口頭発表とポスター発表も大学院生やポスドクによるものです。GRS の参加者は 60 名程度で、GRC からは研究室を発足したばかりの若い教授や大御所級の教授も加わって120-180 名程度の参加者が一堂に会して活発に最先端の研究成果について議論します。今回の参加者の 80% 程度は北米 (アメリカ/カナダ)の研究機関から来ていましたが、ドイツ、スイスなどヨーロッパの研究機関からも少なくない数の研究者が来ていました。発表自体はしないものの、ジャーナルのエディターなど研究に携わる様々な人がいました。
今回、私が参加したのは Inorganic Chemistry (無機化学) の GRS と GRC です。ポスター発表を GRS と GRC で行い、口頭発表を GRS で行いました。上述の通り 講演内容については書くことはできませんが、学会の雰囲気などについてお話ししたいと思います。日本人の参加者がいなかったので、この記事がゴードン会議の参加の後押しになればと思い、筆を執ることとしました。
参加の経緯
ゴードン会議については、以前の山口先生の記事や研究室の先輩やポスドクの噂から聞いていたからです。「同じ分野で同世代の友達ができるのでACS に行くよりも価値がある」とか「毎晩飲める」などよいことを聞いており、「PhD 在学中に一度は参加したい」と3-4年生のころから意識していました。しかし競争が激しい分野の研究に携わっているので、できるだけ論文投稿が見えるまでは発表したくないという気持ちもあり、4年生のときには参加を見送りました。しかしぼやぼやしているとすでにもう PhD 生活は5 年目。すでに温めてきた論文の投稿もまじかに迫っているので、今年行かなけりゃいつ行くんだ、と重い腰を上げて今年の 1 月ごろに GRC のホームページをあさっていると、今年 6 月開催のInorganic Chemistry の GRS の講演締め切りが 2月中旬にあることを発見しました (GRS の口頭発表の締め切りは、GRS および GRC のポスター発表の締め切りよりやや早いです)。通常、特定のテーマの GRC/GRS は2年に一度しかありません。Inorganic Chemistry でなかったならば Nanoporous Materials and Their Applications (多孔性材料とその応用) といった分野に行くことも考えましたが、結果的に自分の本来の興味に近い基礎的な無機化学の ゴードン会議とタイミングがあったのは幸運でした。
以降、体験記を書いていこうと思います。
開催場所
無機化学のゴードン会議は通常、アメリカ東海岸北部の Rhode Island 州Newport にある Salve Regina University で開催されます。無機化学のゴードン会議に限らず、山口先生の体験記にあるヘテロ環化合物のゴードン会議もこの Salve Regina University で開催されているようです。Salve Regina University 大学は 1870-90年代の建物を残しており、美しいキャンパスを持っています。大学すぐ隣には Cliff Walkと呼ばれる、崖で海沿いを歩くお散歩コースがあります。
大学までの道のり
最寄りの空港はT.F. Green Airport (PVD) ですが、大学からバスで2時間ほど離れたBoston Logan Airport (BOS) から来る人が多数です。空港からシャトルバスを出してくれるのですが、バスの出発が朝 11 時。サンフランシスコ国際空港 SFO から朝 11 時にBOS につくには、SFO を深夜に出発して飛行機で夜を明かして朝に着く (いわゆるレッドアイ) をするのが最も効率的ではありましたが、学会に疲れを残したくないと思ったので、前日の朝に SFO を出発して夜は空港の近くのホテルで泊まることにしました。シャトルバスの待ち合わせ場所は、空港の近くの別のホテルのロビーで、別の場所で開催される他の分野のゴードン会議の待ち合わせ場所にもなっていました。
GRS/GRCのおおまかなスケジュール
基本的に朝から晩まで下記のスケジュールを一週間繰り返します。
7:30-8:30 朝食
9:00-12:30 口頭発表と討論 (途中 30 分のコーヒー休憩を含む)
12:30-13:30 昼食
13:30-16:00 自由時間
16:00-18:00 ポスター発表
18:00-19:00 夕食
19:00-21:30 口頭発表と討論
21:30-???? 懇親会
途中で3時間程度の自由時間を挟んでいるものの、朝は9時から夜は9時半まで講演が盛りだくさんです。夜の懇親会は自由参加で自由に出入りできますが、元気な人は深夜2時3時まで連日残っているそうです。
ここからは時系列ではなくて各項目ごとに体験談をお話ししようと思います。講演者は Inorganic Chemistry GRC 2024 のホームページでも公開されているので、興味がある人はそちらからご覧ください。
GRS での自分の口頭発表
GRS では15分の発表と10分の質疑応答の時間が設けられていました。事前に練習を重ねて15分ぴったりに終われるように調整して臨みました。少し緊張して走ってしまったのか、30秒ほど早く終わってしまいましたが、大きなミスもなくほぼ練習通りに話すことができました。10分間の質疑応答も、無難に対応できました。発表後は、いろんな人に良かったと言ってもらえたり、企業研究者からも詳しく個別に質問をもらえたので、成功だったと言えると思います。総合的に見ると、MOF という材料寄りの研究分野で、基礎的な無機化学者を楽しませつつ、企業研究者にも展望や実用可能性に興味を持ってもらえたので、自信につながりました。
GRS での他の講演者による口頭発表
他の大学院生やポスドクによる GRS での口頭発表も興味深いものが多かったです。自分と違っていたのは、人によってはすでに論文化された成果をメインで話しつつ、その展開として未発表のデータを後半に少しだけ載せる、という形の講演もあったことです。必ずしも「未発表の成果」ということに囚われなくてよいみたいです。論文化されているものは JACS や ACIE などの一流ジャーナルに掲載されている成果で、さすが選ばれた講演者だなと感銘を受けました。ちなみに口頭発表に選ばれた講演者は全員で 10 名程度で、ポスター発表していた人は 60 人程度だったので、ポスター発表した全員が口頭発表に申し込んでいたと仮定するなら口頭発表の採択率は20% に満たないくらいでしょうか。大学院生のうちに GRS で口頭発表できるのはかなり名誉なことだ、と研究室のポスドクもおっしゃっていました。ポスター発表は基本的に応募すればほぼ必ず採択されるので、日本の博士課程の学生の読者のみなさんにも「ポスター発表するつもりで応募して、口頭発表に選ばれたらラッキー」くらいの気軽な気持ちで GRS に応募してはどうかと思います。
GRC での口頭発表
山口先生の記事にもあるように GRC に呼ばれる講演者は、研究室を始めたばかりの比較的若い PI もいますが、基本的には分野の先端を走るアクティブな研究者やレジェンド級の大物のような錚々たるメンバーでした。残念ながら発表内容は例によって話せませんが、面白かった出来事を一つ紹介します。一日目の夜の講演では Inorganic Chemistry 誌の editor-in-chief である、ドイツのKarlsruhe Institute of Technology の Stephanie Dehnen 教授が発表中に“Publish your manuscript to Inorganic Chemistry!” と宣伝していました。その次の講演者の米国 Texas A&M University の John Gladysz 教授が、「この成果はつい昨日 Inorganic Chemistry に投稿しました。ちょうど editor-in-chief の Stephanie が目の前にいるので、論文を手渡します」といって Stephanie に論文のハードコピーを手渡すパフォーマンスがありました。こういったジョークも多く混ざっていて、研究成果には目を見張るものが多いものの、フォーマルで和やか雰囲気の発表でした。
ポスター発表
大学院生とポスドクがメインで参加していた GRS で口頭発表とポスター発表をしましたが、メインであり、より多くの参加者が集まる GRC でもポスター発表もしました。ゴードン会議でのポスター発表のよいところは、日曜日から木曜日まで開催される学会を前半と後半にわけて、2日間にわたってポスターを掲示し続けられることです。ポスターの掲示場所は、口頭発表を行うホールの前であり、それはコーヒー休憩や懇親会場所から壁を経たてずにすぐ隣なので、決められたポスター発表以外の時間にもポスターを見たり、自分のポスターの説明をしたりできることです。また、ポスター発表の時間にはバーがオープンしていて (後述の懇親会を参照)、お酒を飲みながら化学を議論することができます。GRC でのポスター発表では、MIT の Mircea Dinca 教授や Louisiana Sate University の George Stanley 名誉教授、UC Irvine の Jenny Yang 教授などのような先生に加えて、DuPont, Dow, Exxon Mobil などの企業の研究者も立ち寄ってくださり、面白い研究だとお褒めの言葉をいただきました。
しかし、私はポスター発表が苦手だという課題も見えてきました。というのも、ポスター発表を見て回るときに「同じポスターに20-30分も “捕らわれる” のは嫌だ」という個人の信念から、「あまり長話しすぎてはいけない」という抑止力が強く働いてしまいました。その結果、重要な結果のみを簡潔に話すようなスタイルになってしまい、回転数が早くあまり深いディスカッションはできなかったな、と反省しています。
周りのポスター発表を見ると、研究室設立直後のような若い PI が今後の研究室の方針を示した研究概要と未公開データを示していたり、テニュアを取ってすでに確立した PI が最新の研究室の結果を見せていたり、学生やポスドクが自身の自慢の成果を発表していたり、大変にぎわっていました。
食事
ゴードン会議の滞在中の食事は、開催場所の大学の食堂で取ることができます。食堂の利用費は学会の参加費に含まれています。なので食堂を使わなければ損といえば損です。ただし、一日だけ、所属研究室の卒業生で集まって外に食べに行くこともありました。大学の食堂はビュッフェ形式で、日によっても異なるメニューが楽しめます。味はおいしいんですが、なぜかゴードン会議中は腸の調子が悪かったです苦笑。
参加者はみなオープンなので、知らない人のテーブルに入って行っても嫌な顔をされることはありませんし、とりあえず空いてるテーブルを見つけて一人で食べていても誰かが勝手に入ってきてくれるので、人見知りな人が一人で参加してもボッチ飯は回避できます。私はなるべく毎回違う人と食べるようにしました。またポスター発表に来てくれた人や面白い発表をしていた人を見つけては交流を深めるようにしました。
懇親会
一日のプログラムが終わると、ポスター会場のすぐ前で懇親会が始まります。バーテンダーさんがどこからともなく現れ、懇親会会場には簡易バーが設置されます。ゴードン会議の参加者は10杯分のドリンクのチケットが渡されるので、1週間で10杯までは無料でお酒がもらえます。そして参加者の中からスポンサーがいれば、ピザも振舞われます。夜の懇親会がゴードンの醍醐味だという人もいて、毎晩3時ごろまで飲んで (次の日の9時からの講演に参加す)る強者もいるそうです。
宿
普段は学生寮として使われている部屋に泊めてくれます。原則的には他の参加者と2人1組で泊まるらしいのですが、今回は参加者が少なかったのか、本来2人で泊まる部屋に1人で泊まったという人が多数いて、私もその一人でした。部屋はシングルのベッドと机が並んだだけの簡素なもので、最低限寝泊まりするには困らない程度のものでした。小さいシングルのベッドは若干寝心地が悪く、あまりぐっすり眠れた気持ちにはなれませんでした苦笑。
休み時間
毎日昼食の後 3 時間程度の休み時間がありました。大学のすぐ隣に Cliff walk といって、崖沿いを散歩するコースがあるのでそれに参加する人や、宿に戻ってデスクワークをする人などさまざまでした。一日だけ、自由参加で船でクルージングに出かけるアクティビティもありました。私は、Cliff walk とクルージングに参加したり、そうでない日は宿に帰ってデスクワークをしたり忙しくしていました。
総括
噂に聞いていた通り、とても実りある学会でした。なんといってもGRCの講演者はみな一流で目を見張る発表ばかりでした。さらにポスター発表では分野のエキスパートや企業研究者が発表に立ち止まってくださって多角的な意見がいただけました。周りのポスター発表も興味深いものが多く、それらの研究が論文化されるを楽しみに待っています。こういった充実した学会である理由を考察してみると、次の理由があると思います。
一週間泊りがけで、さらにフォーマルな交流の機会が多いので参加者の距離が近い
プログラムに被りがないので、全員が同じ時間を共有していて一体感がある
地理的な問題と金銭的な問題から日本からのゴードン会議の参加は敬遠されがちかもしれません。一つ言いたいのは、ゴードン会議は総額で見ると比較的お財布に優しい国際学会だということです。ゴードン会議の参加費は $965 で高く見えるかもしれません。しかし、6泊の宿泊代と食事代が混みで $965と考えると、どうでしょうか。アメリカだと適当なホテルでも1泊 $100-200はしますし (ポンコツ博士による ACS 参加体験記も参照)、アメリカの物価で朝昼晩毎回外食で済ませると安くしようと思っても1日$50程度はかかるでしょう。であれば、ゴードン会議の実質的な学会の登録費は無料と考えることができます。しかも毎食それなりの食事が確保されていて、大学の寮という安全な宿で眠れるのだから、いろんな意味で国際学会の初心者に優しいと思います (それでも移動費も含めると今のドル円相場で30万近くかかることになるので口が裂けても安いとは言えませんが)。
ACS meetingのような不特定多数の参加者が集まる学会は、いろんな分野の有名な先生の講演を聞きに行くには適しているかもしれません。しかし知り合いを増やすという意味では不向きだと聞きます。いろいろな講演が様々な場所で同時進行で起こっているので、必ずしも自分の研究発表に人が来てくれるとは限りません。自分が講演を見て回る立場になればわかる通り、同時進行で有名な先生の講演があるのならばそちらへ人が吸い寄せられるのは避けられないでしょう。しかしゴードン会議ならば、合宿型なので初めて会う人ともたくさん交流する機会があり、プログラムに被りがないのでポスター発表にも必ず一定数の聴衆が、運が良ければレジェンド級の研究者が来てくれる可能性があります。学会に何を求めるかによって、どのような会議に参加すべきかは異なってくるかと思いますが、世界中の研究者と研究の議論をしたり、見分を深めたいと考えるならば、ACS よりもゴードン会議の方が適していると思います。
ゴードン会議の雰囲気そのものは好きだったので、また参加したいです。この記事を読んで面白そうだな、と思った読者の方はぜひゴードン会議のホームページで自分の研究分野に近いゴードン会議を探してみてほしいと思います。あるいはいつかの Inorganic Chemistry GRC で出会ったなら、「ケムステの記事を読んできてみました」とお声掛けくださると喜びます。
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