世界初のNH2基含有超原子価ヨウ素試薬開発の裏側を探った
原著論文
Amino-λ3-iodane-Enabled Electrophilic Amination of Arylboronic Acid Derivatives
Kiyokawa, K.; Kawanaka, K.; Minakata, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2024, 63. e202319048. doi.org/10.1002/anie.202319048
手がたくさんあるヨウ素化合物
通常のヨウ素は手が一本である。高校でも習う当たり前だのことが、何事にも例外は存在する。ヨウ素化合物の中にはヨウ素から手が三本だったり五本生える特殊なものがあり、それらは超原子価ヨウ素化合物と呼ばれている。これらは様々な酸化剤や高反応性試薬として有機合成に利用され、超原子価ヨウ素の重要性はますます高まっている。近年では新しい構造を持つ超原子価ヨウ素化合物の合成は重要な研究トピックと言えるだろう。
この超原子価ヨウ素化合物はいろいろな種類が知られている。例えば、o-ヨードソ安息香酸は100年前には合成されているシンプルかつポピュラーな超原子価ヨウ素試薬だ。この分子は様々な酸化反応に利用されており、合成的にも重要である。
ここで、下図のようにもしこの分子の酸素を窒素に置き換えれば窒素導入に有用な超原子価ヨウ素試薬になると期待される。
アイデアとしては非常にシンプルかつ合理的だ。しかし、このNH2含有超原子価ヨウ素化合物は、なんと2024に至るまで誰も合成することはできなかった。
そんな中、川中一輝さん(大阪大学南方研究室博士課程2年)はNH2含有超原子価ヨウ素化合物を世界で初めて合成し、さらに興味深い反応性を明らかにすることに成功した。
なぜこんなにシンプルな構造ながら、今までなく、そしてそれにも関わらず今回合成できたのか?
その秘密に迫った。
川中一輝さん(以下敬称略)インタビュー
ーー今回の研究で「誰もが一度は夢見るがこれまで合成できなかったNH2含有超原子価ヨウ素化合物」を合成されました。反響はどうでしょうか?
川中: 超原子価ヨウ素に詳しい人ほど驚いてくれます。超原子価化合物の分野で国内の著名な先生から質問責めになったり(笑)。国際学会でお会いした海外の先生から「なんでこの分子が安定なんだ?」と大変驚きのコメントをいただきました。なんとなく無理だと思われていた節があったようで、その先入観を打ち破れたように思えます。
ーーなぜ誰も作れなかったNH2含有超原子価ヨウ素化合物の合成に挑まれたのでしょうか?
川中:ん〜なぜというと難しいですが……まず研究室の先輩がイミノ基が結合した超原子価ヨウ素試薬を開発していて1,2、その流れの中で一緒に研究している清川先生と話してるうちに、フリーのNH2が結合した超原子価ヨウ素試薬も案外合成できるんじゃね?という軽い動機から研究が始まりました。
ーー研究はスムーズに進みましたか?
川中:手応えは割と早いうちにありました。目的としているNH2含有超原子価ヨウ素化合物がある程度合成できていそうなことは1H NMRからわかっていました。
しかし、その後でなかなか”綺麗に”合成することができませんでした。
ーー確信を持つにはなかなか至らなかったと
川中:そうですね。NH2含有超原子価ヨウ素化合物が本当に合成できている確信的なデータについては実は偶然得られました。とある実験中の器具にキラキラした結晶が付いていて、「まさかね」と思いつつNMRを測定するとなんと純品でした。しかもX線をとることにも成功して、間違いなくこれまで誰も合成したことのなかったNH2含有超原子価ヨウ素化合物を合成できたことがわかりました。
Angew. Chem. Int. Ed. 2024, 63. e202319048.より引用。NH2含有超原子価ヨウ素化合物のX線結晶構造。疑いなくヨウ素とNH2基が結合していることがわかる。
ーーよくそんな些細なところを見逃さず、決定的データが取れましたね笑。そこからはトントン拍子でしょうか?
川中:いや、X線は取れても「”綺麗に”合成できない問題」は解決できていませんでした。
ーー論文中ではかなり綺麗に合成しているように見えますが、どうやって合成の問題を解決したのでしょうか?
川中:実はこの反応にはかなり試行錯誤があり、本当になかなかうまくいきませんでした。それを突破するきっかけになったのは、クロロホルムを反応溶媒に用いると比較的いい結果を与えることを見出したことです。
ーー論文中の合成ではクロロホルムは使っていませんが??
川中:はい。実は、クロロホルム自体がよいのではなく、クロロホルム中に安定剤としてごく少量含まれているエタノールが重要な役割を担っているのです。
実際にアセトニトリルに少量のエタノールを加えた場合が最適な反応条件となっています。
NH2含有超原子価ヨウ素化合物の合成法。このエタノールの添加が効いている。
ーークロロホルムの不純物であるエタノールが重要……よくそんなことに気づきましたね……本当に
川中:この反応条件に至ったことについては自分でも褒めてあげたいです(笑)
ーーそこからNH2含有超原子価ヨウ素化合物の反応性を調べたのですね
川中:はい。既知の反応を参考にしつつ、「違う試薬なんだから、なんか違いあるやろ」という気持ちで色々やってみました。結果、これまでの求電子的アミノ化剤では難しい「電子不足芳香族ボロン酸のNH2化」ができることを見出しました。また一級アルキルアミンもアリールボロン酸に導入することができます。
基質適用範囲の一例。これまでの求電子的アミノ化試薬では電子求引基を持ったボロン酸をアミノ化することは難しい。広い適用範囲と今回のNH2含有超原子価ヨウ素試薬の特異な反応性がうかがえる。
所感
以上、川中さんにこの研究が成功に至るまでの裏話をたくさん聞かせていただきました。オンラインでインタビューしたのですが、GWの連休中ながら川中さんの背景が研究室であり、私は戦慄しました(笑)。
そしてそういう人だからこそ、世界で初めて今回の分子を作れたのだろうと感じました。
ーー実験中器具にちょっとついた”何か”を時間かけてわざわざ調べるでしょうか?
ーー溶媒の不純物が反応の本質に関与していると気がつけるでしょうか?
化学に対する継続的かつ真摯な姿勢がいい研究に繋がる、そんなことを実感できる私にとって貴重なインタビューとなりました。
川中さん、本当にお忙しい中ありがとうございました。
また川中さんの指導教員である南方先生、清川先生にも本記事執筆にあたりご協力いただきました。この場を借りて感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:川中 一輝 (かわなか かずき)
所属:大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 南方研究室
現在の主な研究テーマ:超原子価ヨウ素を活用したアミノ化反応の開発
略歴:
2016年3月 大阪府立春日丘高等学校 卒
2021年3月 大阪大学工学部応用自然科学科応用化学コース卒(指導教員:南方聖司教授)
2023年3月 大阪大学 工学研究科応用化学専攻 博士前期課程 修了 (指導教員: 南方聖司教授)
2023年4月〜 大阪大学 工学研究科応用化学専攻 博士後期課程 (指導教員: 南方聖司教授)
2022年4月〜 大阪大学博士課程教育リーディングプログラム インタラクティブ物質科学・カデットプログラム 履修生
2023年4月〜 大阪大学フェローシップ創設事業 超階層マテリアルサイエンスプログラム 採用
2024年1月〜3月 スイス連邦工科大学チューリヒ校 短期留学 (指導教員: Prof. Bill Morandi)
関連論文
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- Photoexcitation of (diarylmethylene)amino benziodoxolones for alkylamination of styrene derivatives with carboxylic acids. Okumatsu, D.; Kiyokawa, K.; Nguyen, L. T. B.; Abe, M.; Minakata, M. Chem. Sci. 2024, 15, 1068. doi.org/10.1039/D3SC06090J