第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されました。
記事タイトルとは異なりますが、活性酸素種 (Reactive Oxygen Species: ROS) ではない分子種を選ぶ問題です。薬剤師国家試験でいう必須問題に分類されておりますので、1分かからずパッと正答して欲しいところの問題です。
答えは、2番 の 3O2 です。 簡単でしたでしょうか?
おそらく、1O2 と 3O2 どっちだったっけ?と悩んだ方が試験会場では多かったかと予測します。
では、それぞれの分子種について、まずは名前を言うことができますでしょうか?
酸素分子と狭義の活性酸素について
各分子種は以下のような名称で表されます。
狭義の活性酸素は、スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシルラジカル、一重項酸素の4種類を指します。
三重項酸素と一重項酸素の違い
空気中に約20%存在し、我々が呼吸によって取り込みエネルギー源としている酸素は三重項酸素 (3O2, triplet oxygen) になります。三重項酸素と一重項酸素は同じ二つの酸素原子から成る二原子分子ですが、そのエネルギー状態が劇的に異なります。三重項酸素はエネルギーの低いいわゆる基底状態の分子であり、これが光増感剤 (メチレンブルー・ローズベンガルなど) によってエネルギーを受け取ることで、エネルギーの高い励起状態である一重項酸素となります (図1)。
図1 一重項酸素 (1O2) の生成 参考文献[1]より改変引用 |
三重項酸素と一重項酸素の分子軌道の違いは以下のようになります (図2、図3)。三重項酸素では、2個あるπ* 2p軌道に1個ずつ電子が占有する形を取っており、全体としてビラジカル (2個のフリーラジカルが存在する状態) となっています (図2)。占有する電子のスピンは向きが揃っており、全スピン量子数は1となっています。
図2 三重項酸素 (3O2) の分子軌道 |
一方、一重項酸素には二種類の分子軌道が存在します (図3)。いずれもπ* 2p軌道に収容される2個の電子のスピンは逆向きですが、異なった軌道に1個ずつのスピンが収容された1Σgタイプと、同一の軌道に2個のスピンが収容された1Δgタイプがあります。1Σgタイプは寿命が約 10 ピコ秒と非常に短く、エネルギー転移により1Δgとなります。そのため、通常の化学反応に関与する一重項酸素は1Δgタイプとなります。一重項酸素の全スピン量子数は 0 となります。1Δgタイプの一重項酸素の水溶液中での寿命は2マイクロ秒程度ですが、溶媒の種類 (特に重溶媒中) によっては長く成ることが知られています。
図3 一重項酸素 (3O2) の分子軌道 参考文献[1]より改変引用 |
三重項と一重項の名称については混乱を招きやすいのですが、以下の文章が分かりやすいので引用いたします。
なぜ一重項、三重項というのか、について触れておきます。「スピンの合成」という概念があります。 個々のスピン量子数を 、全体のスピンを 、全体のスピンのz成分を とすると、状態は、 、 、、 、四状態が生成されます。前三つはスピンが平行な状態を表しているので三重項、 最後の一つはスピンが反平行な状態を表しているため、一重項と呼ぶのです。
一重項と三重項とは[物理のかぎしっぽ]様より引用
なぜビラジカルである三重項酸素よりも1Δgタイプの一重項酸素が有機化合物と高い反応性を持つかと言う点は、エネルギーの低い空軌道を有することによって説明されます[2]。有機化合物と一重項酸素の反応例についてはこちらの記事をご覧ください (一重項酸素 Singlet Oxygen)。
てなわけで、基底状態の酸素分子である三重項酸素は活性酸素種とは呼ばず、一重項酸素は活性酸素種に分類される、というのが最初の設問の答えでした。
一重項酸素以外の活性酸素について
それでは、設問に登場したその他の活性酸素についても簡単に解説します。ここで出てきたスーパーオキシド・過酸化水素・ヒドロキシルラジカルはいずれも狭義の活性酸素であり、より広い意味での活性酸素種 (後述) とは区別される場合があります。
一重項酸素以外の活性酸素は、いずれも三重項酸素の段階的還元によって生成します (図4)。三重項酸素が一電子を受け取るとスーパーオキシドとなり、さらに一電子を受け取ると過酸化水素 (プロトンの受容もあり) となります。さらに一電子を受け取るとホモリシスが起こってヒドロキシルラジカルとなります。ヒドロキシルラジカルがもう一電子とプロトンを受け取ると、安定な水分子となります。
図4 活性酸素の生成経路 |
反応性は還元されて生じる順とは関連せず、ヒドロキシルラジカル>(一重項酸素)>スーパーオキシド>過酸化水素の順となります。ただし、各活性酸素は遷移金属や酵素との反応などによって相互に変換されてヒドロキシルラジカルに至りやすいため、生体内ではいずれの活性酸素種も生体障害性が高いと言われます。これらは生体内で三重項酸素から普遍的に生成されていますが、ただの悪玉としてでなく、異物の解毒・殺菌や炎症系のシグナル伝達などに関与する重要な分子種でもあります。
広義の活性酸素種 (ROS) とフリーラジカル
ここでさらに話を広げて、広義の活性酸素種 (ROS) をあげていきます。よく混同されるのが活性酸素とフリーラジカルですが、フリーラジカルはいわゆる不対電子を有する分子種で、活性酸素種にはフリーラジカルであるものもあれば異なるものもあります。反応性が高いと言う意味では似ておりますが、混同されないよう気をつけてください。
表 広義の活性酸素種一覧 (注: 一例であり、議論の余地のある分子種は多数存在します)
非ラジカル種 | フリーラジカル |
一重項酸素 (1O2、1Δgタイプ) | スーパーオキシド (•O2–) |
過酸化水素 (H2O2) | ヒドロキシルラジカル (•OH) |
次亜塩素酸 (HOCl) | アルコキシルラジカル (RO•) |
脂質ヒドロペルオキシド (LOOH) | 脂質ペルオキシラジカル (LOO•) |
パーオキシナイトライト (ONOO–) | 一酸化窒素 (•NO) |
オゾン (O3) | 二酸化窒素 (•NO2) |
このうち一酸化窒素、二酸化窒素、パーオキシナイトライトなどは活性窒素種とも呼ばれます。一酸化窒素は生体内の NO合成酵素によりアルギニンから合成され、血管拡張作用を示す生理活性分子として働きます。その一酸化窒素は、スーパーオキシドと拡散律速 (109オーダーの反応速度定数) で反応してパーオキシナイトライトを生成します。パーオキシナイトライトは核酸塩基やタンパク質チロシン・トリプトファン残基のニトロ化を介し、シグナル伝達系に変化を与えます。次亜塩素酸は過酸化水素からミエロペルオキシダーゼを介して生成し殺菌作用に関与しています。それぞれの役割は枚挙にいとまが無く、活性酸素種が単なる悪玉と呼ばれていた時代はもはや終わりを告げています。それどころか、近年は「酸化ストレス」に対する「還元ストレス」という言葉も提唱されており、過剰な抗酸化物質などの接種がホメオスタシスを崩すと警鐘をならす研究も存在しています。
例えば、酸化ストレスの良い側面?として、このような研究結果も報告されています。
・悪玉因子、活性酸素が記憶形成に必要であることを解明 ―抗酸化物質の過剰摂取に警鐘―
おわりに
活性酸素種ではない分子を選ぶ問題からだいぶ話が飛躍しましたが、身の回りにある三重項酸素と、それから生成する重要な分子種としての活性酸素については、ぜひ化学者の皆様には覚えておいていただきたいと思います。活性酸素と酸化ストレスに特化した「酸化ストレス学会」という団体も活動していますので、興味のある方はぜひ門戸を開いてみてはいかがでしょうか。
参考文献
[1] 「抗酸化の科学」、河野雅弘、小澤俊彦、大倉一郎 編、化学同人[2] 西田雄三、”Fenton反応とヒドロキシルラジカル”、THE CHEMICAL TIMES, 2015, 236(2), 8-16.
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