第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 助教にお願いしました。
今回ご紹介するのは、アルキナールの還元的環化反応に関する研究です。従来の方法では添加剤のために酸素や湿気を除去した環境を必要とすることや、過剰量の添加剤に由来する多量の廃棄物の発生といった課題がありました。今回、光触媒とコバルト触媒を協働させ、水を利用し、基質と等量の添加剤で進行するアルキナールの実用的な還元的環化反応の開発を報告されました。本成果はACS Catalysis 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。また、同誌のカバーアートに選出されています。
“Dual Photoredox/Cobalt-Catalyzed Reductive Cyclization of Alkynals”
Nakamura, K.; Nishigaki, H.; Sato, Y. ACS Catal. 2024, 14, 3369–3375. DOI: 10.1021/acscatal.3c06206
研究室を主宰されている佐藤美洋 教授から、中村先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
当研究室助教の中村顕斗くんは,6年制の薬学の課程を修了し薬剤師免許を取得してから,大阪大学大学院理学研究科の博士課程に進学して博士号を取得という経歴の持ち主で,現在の日本では極めて貴重な「新制度の薬剤師(6年制)免許+Ph.D.」を持つ若手研究者です.中村くんは,博士課程やLeonori研でのポスドクとしての研究を通じてPhotoredox触媒に関する造詣が深く,2022年4月に研究室に加わって以来,当研究室でこれまで行ってきた「遷移金属触媒の特性を活かした新規反応の開発」という研究テーマに,「光触媒との協働触媒系による反応の開発」という視点を導入し,活発に研究展開しています.学生の指導に関しては口うるさく指導するタイプではなく,自ら黙々と実験してその姿勢を見せることで学生のやる気と成長を促す,という感じだと思います.今後,ますます研究者として成長を続けて,学生(特に薬学の6年制課程の学生)たちにとっての良いロールモデルになってくれるものと大いに期待しています.
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私たちに身近な低分子医薬品や天然物には多彩な環状化合物が存在し、これらの骨格を効率よく合成する手法のひとつが遷移金属触媒を用いた還元的環化反応です。この反応では、低原子価の遷移金属にカルボニル基や炭素-炭素多重結合が酸化的環化付加を起こし、メタラサイクルと呼ばれる中間体を経由して進行します(Scheme 1)。
この中間体は、さらに他の分子の多重結合やC-H結合の挿入を経て、より複雑な炭素骨格へ誘導が可能です。一方で、このメタラサイクルに水素原子を導入し、一見して最もシンプルな環化体を得るプロセスは、空気・湿気に注意した実験操作が必要な場合があり、過剰量の添加剤による廃棄物の生成を伴う原子効率の低い反応でした。このような問題に対し今回私たちは、光触媒とコバルト触媒を協働させ、原料のアルキナールに対してわずか1当量のアミンと水の添加のみで、還元的環化反応を進行させることに成功しました(Scheme 2)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究をみた人が使ってみたくなるような反応条件の確立を目指しました。それゆえ、あえてイリジウムやルテニウム等の、高価な光レドックス増感剤の使用は避け、安い原料から一工程で3 gくらい合成できる4CzIPNを基軸に、反応条件を組み立てていきました。学術的に新規な研究ならどんな手でも使いますが、今回の研究はそうではなかったので。着任直後で自分の研究費がまだなかったので、これぐらいがちょうど良かったのも事実です。また、せっかく水が入った反応条件ができたので、アセタールも基質にしました。洗浄用の缶のアセトンと水を溶媒として、原料のアセタールから新規のアゼパンを合成できたときが一番しびれました。本研究成果の公開をLinkedInでシェアしたとき、思いのほか多くの反響があったのがうれしかったです。特にみなさんが聞いたことがあるような、海外製薬メーカーのプロセス化学者、若手PI、ポスドク、大学院生からリアクションをいただけて、自分の見立てが間違っていなかったとわかりほっとしました。ただ、細かな反応機構に関してはまだまだ疑問が残ります(Figure 1)。本論文では言及していませんが、どうやってカチオン性コバルト(I)が発生するのか、水のプロトンはどの段階でどうやって入るのかなど、次の研究へつながりそうな秘密が隠れていそうです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
化学的な苦労はあまりありませんでしたが、この研究の立ち位置と、反応の価値がどこにあるのか考えるのが大変でした。もともとこの研究は、私たちが2022年に始めた、光触媒を使った二酸化炭素の固定化反応の検討中に生まれたものです(この研究は最近ようやく軌道に乗りかけていますが、こちらのほうが難しいです)。詳細は言えませんが、あるとき反応性を確かめる目的で、アルキンの近傍にカルボニル基を入れておいたらどうかと佐藤先生にアドバイスをいただきました。いくつか条件を検討すると、確かにアルキンとアルデヒドが反応して還元的環化が起きました。この反応を見つけた当時は、既知反応を光触媒でやっただけで、正直ここから何をどうすればよいのかわかりませんでした。
そこでとりあえず、2022~2023年時点での本反応の合成化学上の立ち位置を再考しつつ、論文の構成を考えながら研究を継続することにしました。その過程で、還元的環化には非常に使いづらそうな反応が多いと思い至りました。これまでの報告ではほとんど言及されていませんが、アルキナールの還元的環化は、前述のように酸素や湿気に注意を要する場合があるうえ、多くの廃棄物を生じます。これらの問題は、ラボスケールでは少し注意すれば克服できるため、あまり問題視されてこなかった点なのではないか?と思いました。月並みですが、医薬品製造のような場面で使えるのか、もっと使いやすい方法が求められているのでは?と考えました。こういった見方は、Leonori先生から学びました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来のことは全くわかりませんが、しばらくは時間と体力の許す限りずっと自分で実験していたいです。なぜなら、難しいことは抜きにして、単にものづくりが大好きで研究者になったからです。今後もしばらくは自分が主導になって、光を利用した有機合成や機能性分子の開発に取り組みます。私は現在薬学部に所属していますが、他大学では6年制への移行がますます進んでいます。理工系学部の学生と比べると実験量が圧倒的に少なく、薬学部の学生が研究職に就いて活躍するには不利になることが多くなるような気がします。ただ、はじめから進路を薬剤師になることだけに絞ったり、研究を諦めたりするのももったいないと思います。私の役割は、研究を通して学生に小さな成功体験をたくさん積んでもらって、エンカレッジすることだと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
どうでもいい話ですが、とある木彫家のインタビュー記事に “最初は作りたい作品の構想を考えてざっくりと彫っていき、ある日突然思いついた模様を入れてみたらどうなるか試して、次の作品のことで頭がいっぱいになりながら仕上げていくと、思いもよらない作品ができることがある” というようなことが書いてありました。これって研究と同じですし、人や動物を直接みる研究なら倫理的な問題がありますが、分子を相手にする化学においては悪くない進め方だと思います。実験を進めながら結果を再考して、たまに次の研究のことも考えながら分子や反応の価値を少しずつ彫りだすのも、研究の進め方の一つだという気がします。必ずしも、最初のプラン通りにゴールまで進む必要はありません。
最後になりますが、一緒に実験に携わっていただいた学生の西垣さんと、様々なアドバイスをくださった佐藤先生をはじめとする当研究室スタッフの皆さん、実験器具を製作いただいた北海道大学・触媒科学研究所技術支援部の皆さん、実験装置をお貸しいただいた北海道大学・薬学研究院・生体分析化学研究室の小川美香子教授と中島孝平助教に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:中村 顕斗 (なかむら けんと)
所属:北海道大学 薬学研究院 精密合成化学研究室
現在の主な研究テーマ:遷移金属やラジカル種を使った光触媒反応の開発
略歴:
2011年3月 岐阜県立加納高等学校 卒
2018年3月 名城大学 薬学部 薬学科 卒(指導教員:北垣伸治教授)
2021年3月 大阪大学 理学研究科 化学専攻 博士後期課程 修了 博士(理学)(指導教員: 笹井宏明教授)
2021年4月 大阪大学 産業科学研究所 特任助教(主宰:笹井宏明教授)
2021年7月–2022年3月 University of Manchester 化学科 研究員(Prof. Daniele Leonori)
2022年4月 北海道大学 薬学研究院 研究員(主宰:佐藤美洋教授)
2022年5月~現職 北海道大学 薬学研究院 助教(主宰:佐藤美洋教授)