3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自身,学会での発表および薬学会年会への参加が初めてであったので,この場を借りて研究の紹介などを行いたいと思います.
日本薬学会の年会とは?
全国の「くすり」に関係する研究者や技術者が集まり,研究発表を通して薬学の発展へとつなげられることを目的に開催されています.また近年のコロナ禍ということもあり,薬学の貢献は非常に大きかったと思います.そのためSARS-CoV-2や薬物送達システム (DDS) に関係する発表は多く見られました.
さらに薬学に精通している研究者の方々は幅広い知識を持っており,特定の分野での学会発表では見られないようなディスカッションなども行うことができ,研究者共々,自身の成長へとつなげることもできます.
日本薬学会第144年会 (横浜)
今回は横浜の,パシフィコ横浜で開催されました.ポスターからも分かるように,歩けばすぐ海も見え,非常に大きな会場となっておりました.会議センターでは口頭発表が,展示ホールでは企業ブースの設置やポスター発表が行われておりました.さらに告知があったように,企業ブースにて筆者はメルクさんの周期表クリアファイルを手に入れることができました.少し「ケムステを見た」というのが恥ずかしかったのを覚えております.
発表としては,近年話題のCrispr-Cas9システムなどのゲノム編集技術や,タンパク質の立体構造を予測するAlphaFold2を利用した研究が多く見受けられました.これらを利用した生物活性の研究や,新手法の開発には目を見張るものが多かったです.そのなかでも,今回は個人的に非常に興味深かった,学習院大学理学部生命科学科尾仲研究室の星野翔太郎先生の演題についてご紹介したいと思います.
演題の趣旨
星野先生の演題は「モノトリサイエンス アップトゥデイト」というシンポジウムの中で行われました.いわゆる”モノトリ”とは,動植物や微生物から医薬シーズとなりうる化合物,天然有機化合物 (天然物) を探索することであり,2015年には北里大学の大村智先生が,抗寄生虫薬の発見としてノーベル生理学・医学賞を受賞されております.一方,古くから行われてきた”モノトリ”により,天然物は取り尽くされてきており,新規天然物の獲得が困難となってきております.そのような状況下で,星野先生はヒ素 (As) を含む新規天然物を放線菌より発見しました.今回はこちらの発表についてご紹介させて頂きます.なお本発表の内容については,Journal of the American Chemical Societyに投稿されておりますので,細かな研究内容が知りたい方は原著論文[1]をぜひご覧ください.
背景
多くの天然物は炭素,水素,酸素,窒素などから構成されています,一部ではハロゲンやホウ素などを含む天然物が報告されていますが,それらの化合物の単離報告は少なく,これは培養条件などにより見逃されてきたためであると考えられます.このような,天然物に含まれる典型元素のうち,星野先生はヒ素 (As) に着目しました.
ヒ素,と聞くと多くの方は「毒」のイメージが強いのではないでしょうか.確かにヒ素,なかでも無機ヒ素は毒性が強く,食品混入による食中毒や,動物におけるヒ素の摂取による発育障害などは古くから知られています.これら無機ヒ素は,一般的にはメチル化などにより無毒化されます.一方で毒と薬は紙一重と言いますが,ペニシリンよりも早い時期に用いられていた梅毒治療薬のサルバルサンや,2022年に国内で承認されたがん治療薬ダルビアス (化合物名:ダリナパルシン) では,ヒ素を含んでおります.また近年,放線菌より,ヒ素含有アミノ酸であるarsinothricinが,グルタミン酸アナログとして働くことで幅広い抗菌スペクトルを示すことが報告されているなど,ヒ素含有天然物への医薬シーズとしての期待がもたれます[2].しかし,現在までにヒ素含有天然物に関する研究はほとんどありません.そこで,放線菌において,まだ発見されていないヒ素含有天然物が存在するのではないか,ということで研究に着手されました.
研究内容
先行研究において,構造不明のヒ素含有天然物の生合成に関わる酵素をコードする遺伝子群,生合成遺伝子クラスター (bsnBGC) が,放線菌Streptmyces lividans 1326のゲノム中に存在することが示唆されました[3].そこでまず星野先生らは,Streptmyces lividans 1326へと,推定前駆体のヒ酸 AsO(OH)3 を添加し,培養を行いました.その結果,微量ではありましたが,HR-MS/MSなどの構造解析を行うことで,(2-hydroxyethyl)arsonic acid (2-HEA) を部分構造として持つ化合物の生産が推測されました.そこで培養時に,推定生合成中間体である2-HEAを添加したところ,想定通りヒ素含有天然物の生産量向上を確認し,新規ヒ素含有ポリケチドであるbisenarsanの単離・構造決定へと繋がりました.さらに異種ホスト株へのbsnBGCの遺伝子の発現や,Streptmyces lividans 1326におけるbsnBGCの遺伝子欠損実験により,生合成初期においてBsnMおよびBsnNが働くことが分かりました.また他の放線菌のゲノムの解析を行うことで,このヒ素含有天然物の生合成に重要である2つの酵素をコードする生合成遺伝子クラスターは,放線菌に広く分布していることが分かりました.従って今後の展望として,放線菌を対象とした,ヒ素含有天然物の探索が期待できます.
感想・質疑応答
ヒ素を持つ天然物自体ほとんど知らず,ヒ素以外のまだ見つかっていない,典型元素を含む天然物が存在するかも知れない,と思うと期待に胸が膨らみます.
さて,先の発表内容には記載していないのですが,今回見出されたbsnBGC内には,複数のトランスポーターと還元酵素が含まれていました.この機構に関して発表内では,「bisenarsanの前駆体であるはずのヒ酸が体内で取り込まれ,亜ヒ酸 As(OH)3 へ還元された後,体外へ排出される」と説明されていました.「出発物質のヒ酸をわざわざ体外へ排出する?」と疑問に思った筆者はドキドキしながらも手を挙げ,マイクへ向かい質問しました.まだ生理学的な結論は出ていないのですが,星野先生の返答は非常に興味深かったです.要約しますと,無機ヒ素であるヒ酸はbisenarsanの生合成のためにある程度必用であるものの,体内に十分量あると毒となってしまいます.一方ヒ酸が還元されて体外へ一度排出されれば,体外で酸化されることで再びヒ酸へ変換されるため,再びヒ酸を受け入れることのできる,とのことでした.すなわち無機ヒ素を循環させることでbisenarsanの生産を行いつつ,ヒ酸の自身への毒性に対する防御を行っている,ということになります.このような発想は筆者自身にはなかったので,非常に面白かったです.
日本薬学会144年会に参加した感想
筆者自身は初の学会での口頭発表であり,また権威のある先生方から質問をして頂き,非常にうれしかったです.また,自身の研究分野以外の発表も多く聴講し,まだまだ勉強不足と感じつつも新たな知見などを得られ,さらに様々な研究者の方とディスカッションを通して成長を感じられました.
さて,来年の日本薬学会第145年会は福岡で行われます!ポスターも華やかでおしゃれですね!研究の進捗にもよりますが,来年の年会にも是非参加してみたいと思いました!参加された方はお疲れ様でした!今回の記事を読んで日本薬学会の年会へ興味の出た方は,是非来年の年会に参加してみてはどうでしょうか.
参考文献
- Hoshino, S.; Ijichi, S.; Asamizu, S.; Onaka, H., J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 17863–17871
DOI:10.1021/jacs.3c04978 - Nadar, V. S. et al., Commun. Biol. 2019, 2, 131
DOI:10.1038/s42003-019-0365-y - Cruz-Morales, P. et al., Genome Biol. Evol. 2016, 8, 1906–1916
DOI:10.1093/gbe/evw125