第 605回のスポットライトリサーチは、中央大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 触媒有機化学研究室 に所属されていた 町田 陽佳 (まちだ・はるか) さんにお願いしました!
町田さんの研究グループは、生命現象の解明や創薬技術の発展に大きく貢献しうるペプチドの修飾法を開発されました。ペプチドは種々のアミノ酸から構成されており、その構成アミノ酸の中には反応性の高い残基を含むものもあるため、特定の部位選択的に修飾を施す方法は利用価値が高く、研究に鎬が削られています。今回、町田さんらはペプチドの中で一箇所しか存在しないN末端をピンポイントで二重修飾する新規触媒的合成法の開発に成功しました。これまでのN末端修飾法とは異なるアプローチを用いた本研究の新規性は高く評価され、Angewandte Chemie International Edition に掲載されるとともに、プレスリリースも行われました。
N-Terminal-Specific Dual Modification of Peptides through Copper-Catalyzed [3+2] Cycloaddition
Site-specific introduction of multiple components into peptides is greatly needed for the preparation of densely functionalized and structurally uniform peptides. In this regard, N-terminal-specific peptide modification is attractive, but it can be difficult due to the presence of highly nucleophilic lysine ϵ-amine. In this work, we developed a method for the N-terminal-specific dual modification of peptides through a three-component [3+2] cycloaddition with aldehydes and maleimides under mild copper catalysis. This approach enables exclusive functionalization at the glycine N-terminus of iminopeptides, regardless of the presence of lysine ϵ-amine, thus affording the cycloadducts in excellent yields. Tolerating a broad range of functional groups and molecules, the present method provides the opportunity to rapidly construct doubly functionalized peptides using readily accessible aldehyde and maleimide modules.
本研究を現場で指揮された、助教の金本和也先生 (現・東北大学大学院薬学研究科) より、町田さんの研究姿勢についてコメントを頂戴しました!
本テーマは、長鎖のペプチドやタンパク質への応用など、魅力的な応用が連想され、夢が広がる一方で、現実的には解決するべき課題も多くあり、両者のギャップに苦悩も大きかったと思います。町田さんは、素反応の開発から始まり、「N 末端 Gly 以外反応しない」、「Lys 基質の単離ができない」、「ワンポット反応が全く進行しない」など、多数の困難に直面しながらも、さまざまな工夫を取り入れながら、明るく、力強く、課題を乗り越えていました。非常に意欲が高く、少しアイディアを提案すると、直ぐに原料を作って、プラスαの検討まで進んで取り組んでくれる姿は印象的で、こちらで構想を練るのが追いつかないほどでした。頑張りに応えられるような論文に仕上げられればと考えていましたが、スポットライトリサーチに載せていただけるとのことで大変嬉しく思います。今後の企業研究者としてのご活躍をお祈りします。
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ペプチドは、多岐にわたるタンパク質や生物活性物質を構成する化合物群で、創薬研究や生命現象の解明などにおいて、ペプチドへの機能性分子の導入や構造改変を精密に行える修飾反応が求められています。一方で、リシンなどの多様な求核性置換基を有することから、位置や個数を精密に制御して修飾することは困難でした。
今回の研究では、1本鎖のペプチドに1カ所しか存在しないN末端のピンポイント修飾法の開発に成功しました。鍵となったのは、アルデヒドとのイミン形成を介した、銅触媒によるマレイミドとの[3+2]環化付加反応です。N末端で形成したイミンからはα位のプロトン引き抜きにより1,3-双極子のアゾメチンイリドを発生できる一方で、リシン側鎖で形成したイミンからは発生できないことに着目しました。
本反応は、イミン形成と環化付加をワンポットで行うこともでき、N末端に対してアルデヒドとマレイミドに由来する2つの機能性分子を迅速に導入することができます。また、各種アミノ酸側鎖やケミカルバイオロジーツールの存在下でも効率よく進行しました。例えば、3つのリシン残基をはじめとするさまざまなアミノ酸残基を有する 26 残基のペプチドを用いた場合にも、極めて高いN末端選択性および収率で修飾反応が進行しました。
プレスリリース: https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/02/press20240213-02-Peptides.html
日本経済新聞: https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP668321_T10C24A2000000/
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この反応が、N末端 Gly 選択的に進行することが見つかった頃のことをよく覚えています。ペプチドの適用範囲を検討していた際に、N 末端が Ala に変わるだけで反応が全く進行しなくなり、原料が回収されてしまいました。N末端が Gly の場合には定量的に反応が進行するため、Ala の場合も同様に反応が進行すると甘く見ていた節もあり、クルードの NMR を確認した時には衝撃を受けてしまいました。これからどう研究を進めればいいのか不安になりましたが、金本助教とディスカッションし、文献を調査しているうちに、実は側鎖の認識部位を持たない Gly を選択的に変換するのが難しいことや、利用価値が高いことが分かり、それを切り口に研究を進めることになりました。一見ネガティブデータに見えるものでも発想を逆転させることで、研究の切り口になると大変勉強になりました。
また、ワンポット反応への展開にも思い入れがあります。当初は、ペプチドから発生させたイミンを単離して原料に用いていたのですが、精製が難しく収率が大きく低下していました。さらに、段階的な反応では長鎖のペプチドに展開しにくいことから実用性に不安を感じていました。かなり苦労しましたが、塩基の添加量を増やすことでワンポット反応が進行することがわかり、結果的には長鎖のペプチドにも簡便に適用できるようになりました。これにより、ペプチドにアルデヒドとマレイミドの2つのフラグメントを迅速に導入できるようになり、これまでにないN末端選択的な Dual modification を達成することができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
Lys 側鎖を有するペプチドのN末端での反応に苦労しました。Lys 側鎖とN末端の選択的な変換がこの研究の中心となるコンセプトであり、どうしても成功させたかったのですが、特に単離精製が難しく、かなりの時間を要しました。
反応終了時には、Lys 側鎖にイミンが残っているため、単離のために脱イミンや保護を検討しましたが、なかなかうまくいきませんでした。また、脱イミン体のシリカゲルへの吸着によって大きく収率が低下することもわかりました。最終的には、NH2OMe•HCl を用いるトランスイミノ化によってイミンを除去し、アミノシリカで精製することで、定量的に生成物が得られました。
結局,最後の頃になってやっとでうまくいったのですが、研究の初期にモデル基質を用いて分子間での競争実験を行って、反応の選択性の知見を得ていたことが心の支えになりました。研究の組み立て上重要なコンセプトの実現可能性を、簡単な方法であらかじめ見積もっておくことが、研究のストーリーを組み立てる上で大切であると感じました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
修士課程終了後は化学メーカーに就職して、有機化学の分野で研究をしています。学生時代の研究は、ペプチドの修飾をテーマに取り組んでいましたが、現在はペプチドの効率的な合成に取り組んでおり、新しい知識や手法を日々勉強する毎日です。今後は、企業研究者として有機合成の新たな技術の発展に尽力したいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
この研究テーマは、反応開発を中心とした研究室の従来の進め方とは異なる切り口であったため、ゴールや方向性を定めるのが難しく、最初は不安な部分もありました。しかし、逆に周りとは違うベクトルで進める研究に次第に楽しみを感じ、没頭していました。また、定めた仮説やストーリーが成立するか分からない中で、工夫や修正を重ねながら挑戦する楽しさを教えてもらったと思います。また、研究がうまくいく一方で、研究環境の変化など大変な部分もありましたが、その中でも今まで育ててきた研究を着実に進めるという意識が成果に繋がったと感じています。
最後になりますが、本研究を進めるにあたり日々ディスカッションをしてくださった金本和也先生をはじめ、お互いの研究について話し合ったラボメンバーの方々、周りの研究室の先輩方、友人の皆様にこの場をお借りして深く感謝申し上げます。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
研究者の略歴
名前: 町田 陽佳
所属: 中央大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 触媒有機化学研究室
研究テーマ: 触媒的環化付加反応を用いるペプチド修飾法
受賞歴: 第 119 回有機合成シンポジウム 優秀ポスター賞
第 13 回 CSJ 化学フェスタ 優秀ポスター発表賞
Pacifichem 2021 Student Research Competition Winner
町田様、金本先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
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