第 606 回のスポットライトリサーチは、明治大学理工学部応用化学科 精密有機反応制御研究室(土本研)に所属している 安藤 寛喜 (あんどう ひろき) さんにお願いしました!
土本研では、先生のコメントにもありますが「へぇ〜、こんなことできるんだ!」と、聞いた人があっと驚く分子変換法の開発を目指し、典型元素を中心とした新反応の開発に取り組んでいます。例えば、外れないホウ素の保護基で有名なB(dan)を外さずに直接クロスカップリングしてしまう反応など、「あ、そんなこと出来たんだ」と思わせる反応を開発しています。今回の研究では、通常遷移金属触媒を使うイメージの強いアルキンのヒドロシリル化反応を、DABCOのモノアンモニウム塩を触媒として達成しました。本結果はAdv. Synth. Catal.誌のVery Important Paperにハイライトされ、CSJ化学フェスタで最優秀ポスター賞にも選出されています。詳細は以下。
[論文] “Quaternary Ammonium Salts: Catalysts for Hydrosilylation of Alkynes with Hydrosilanes”
[受賞] 第 12 回 CSJ 化学フェスタ「最優秀ポスター発表賞(CSJ 化学フェスタ賞)」 [明治大学ニュース] リンクはこちら
Hiroki Andoh, Kosuke Nakamura, Yusuke Nakazawa, Tomoko Ikeda-Fukazawa, Satoki Okabayashi, Teruhisa Tsuchimoto
Adv. Synth. Catal. 2023, 365, 4583–4594.
研究室の主宰者である、土本晃久先生より、安藤さんについてコメントを頂戴しました!
安藤さんは、何事にも安易には妥協をせず、熱意を持って課題に取り組むことができるバイタリティーがあります。また、幼少期から続けてきたサッカーから学んだであろう、仲間を思いやる心、気持ちのよい挨拶ができる礼儀正しさは、いずれ新たなステージに出て行く安藤さんにとって貴重な財産になるものと思っています。
人柄としては、とにかく明るい安藤(さん)、という印象です。研究者としての成長には、素直さがなにより重要であるとおもっていますが、この観点で、安藤さんの今後の成長には大いに期待しています。
日常の研究活動からは、安藤さんの研究者の一面として、「仮説」と「検証」の繰り返しを地道に続けることができる強い忍耐力を観察することができます。今回の研究課題においても、望むような結果が得られずに行き詰まることは繰り返しありましたが、決して諦めることなく、積極的に私や他の学生と議論することで、論文を完成へと導いてくれました。こういった高い研究遂行能力に加えて、優しさも兼ね備えている安藤さんには、修士学生の2年間、研究室のゼミ長をお願いしていました。
今後も本研究を通して学んだ経験を活かし、まわりからは「へぇー、こんな反応いくの?!」を引き出せる、エンターテイメント豊富な研究を自らの力で成し遂げて欲しいと思っています。明治大学 理工学部 応用化学科 土本 晃久
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?
これまで、アルキンのヒドロシリル化反応に関する報告例は多数にのぼり、触媒としてはもっぱら、希少で高価な金属 (Pt, Rh, Pd, etc.) を用いて主に実施されてきました。今回私たちは、高価な金属触媒に頼らない反応開発の第一弾として、四級アンモニウム塩という、有機化合物が同反応の触媒として機能することを初めて明らかにしました。この触媒はとてもシンプルで、2-ヨードプロパン (i-PrI)と DABCO (1,4-Diazabicyclo[2.2.2]octane) から合成できます。またこれらは、反応系内で混ぜるだけで出来上がるので、事前の調製も不要な点で、反応の実施も極めて簡便です。この触媒を利用すれば、さまざまな基質の組み合わせにおいて一連のアルケニルシランを高収率、高立体選択的に合成することが可能です。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください
思い入れがあるのは、四級アンモニウム塩触媒の回収・再利用の実施です。私は、触媒の回収・再利用が可能となれば、環境負荷の低減や資源の有効活用、いわゆるグリーンケミストリーの観点からも、より良い有機合成プロセスを提供できると考えました。最終的に、この触媒は、反応後のアルケニルシラン 3 を反応容器内からジエチルエーテルで抽出し、触媒を反応容器内に残した状態で反応基質 (1, 2)、溶媒 (EtCN) を再び加えれば、最低でも5回まで反応を進行させてくれる、再利用が可能な夢のような触媒となりました。再利用の回数が2回3回と増えるにつれて、首尾よく反応が進行するかのドキドキ感は忘れられません。夜中に Schlenk 反応管と氷浴のスキームを Chemdraw で描いたことも忘れられません。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
反応メカニズムの解明です。土本研究室ではこれまでに、金属ルイス酸触媒反応の開発がメインテーマであり、四級アンモニウム塩のような有機分子触媒に関する知見がほぼありませんでした。そこで私は、実験科学的に反応メカニズムを明らかにするべく、コントロール実験やラマン分光光度計、プロトン NMR を最大限活用することで、時間は掛かりましたが一つずつ実験結果を揃えていきました。議論の余地は残っていると思いますが、論文には満足のいく反応機構が描けたと思います。得られた知見をもとに、この四級アンモニウム塩触媒が活躍できる場を広げていけたらと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
博士後期課程修了後は、アカデミアで研究を続けたいです。将来、様々な試練が待ち受けているのだと想像していますが、その試練を乗り越えることも科学の醍醐味であり、一つでも多くの発見をしていきたいです。そして学部生時代から、有機化学の面白さと奥深さを一から教えてくださった、指導教員である土本先生のような研究者を目指し、いつかは超えられるように日々精進していきます。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします
私は学部4年・修士・博士と明治大学で研究活動に取り組んできました。例えば、学会発表のために外に出れば、年上年下関係なく、自分よりも優秀な学生さんばかりです。理想と現実のギャップの大きさに耐えられず、打ちひしがれてしまうことも多々ありました。そんな時でも支えになってくれたのは、いつもワクワクを与えてくれる有機化学で、これからもそうだと信じています。今後も私は「素直、笑顔、謙虚、感謝」をモットーに、挑戦し続けます。
そして、ここまで読んでいただいた、色々な環境で生きている皆さんと、いつかどこかで研究の話で盛り上がりたいです。自分の人生を瑞々しくするために、有機化学という分野を皆様と一緒に、楽しんでいけたらと思っています。
なお、この研究は、明治大学理工学部応用化学科 深澤倫子教授の研究グループと関西学院大学生命環境学部環境応用化学科 岡林識起講師との共同研究です。研究に参加してくださった皆様にこの場を借りて改めて御礼申し上げます。
最後に、研究紹介を行う機会を設けていただいた Chem-Station スタッフの皆様に深く感謝いたします。
研究者の略歴
名前: 安藤寛喜(アンドウヒロキ)
所属: 明治大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 精密有機反応制御研究室 (土本研究室) 博士後期課程3年
研究テーマ: 有機触媒反応の開発/有機ホウ素化合物の新たな使い方に関する研究
略歴:
2019年3月 明治大学 理工学部 応用化学科 卒業
2021年3月 明治大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 博士前期課程 修了
2021年4月〜現在 明治大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 博士後期課程 在学
2021年4月〜2024年3月 明治大学 理工学部 専任助手
受賞歴:
第12回 CSJ 化学フェスタ 2022 「最優秀ポスター発表賞 (CSJ 化学フェスタ賞)」