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スポットライトリサーチ

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

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第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さんににお願いしました。

上岡さんは、2023年3月まで京都大学大学院理学研究科の金森研究室に所属されており、本プレスリリースの研究成果も金森研での研究実績です。金森研では、液相合成法により得られるエアロゲルやハイドロゲルの機能性、たとえば力学的柔軟性・断熱性・吸着/分離性能・触媒活性などを追求しており、本プレスリリースの研究内容もエアロゲルについてです。

研究背景としてエアロゲルは熱伝導率の極めて低い多孔体であり、省エネルギー材料として期待されていますが、機械的な強度やハンドリング性の向上に課題がありました。そこで本研究グループでは、エアロゲルを作る材料として一般的に用いられているシリカではなく、より柔軟なシリコーンを使用し、更に微細な繊維状の骨格からなる多孔構造にすることで、エアロゲルの高透明性を保ったまま、大きな曲げ柔軟性を付与することに成功しました。この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Unusual flexibility of transparent poly(methylsilsesquioxane) aerogels by surfactant-induced mesoscopic fiber-like assembly

Ryota Ueoka, Yosuke Hara, Ayaka Maeno, Hironori Kaji, Kazuki Nakanishi and Kazuyoshi Kanamori

Nat Commun 15, 461 (2024)

DOI: 10.1038/s41467-024-44713-5

研究室スタッフの金森 主祥助教より上岡さんについてコメントを頂戴いたしました!

上岡良太さんは修士で研究室に入ってきて、エアロゲルの研究がやりたいと言って私と一緒に研究をすることになりました。エアロゲルのような儚い材料を作るには職人技が必要で、根気も大事なんです。上岡さんはいつもよく考えてよく手を動かして、優秀な学生でした。現在は、私たちの技術の工業化を進めているティエムファクトリというベンチャー企業でエアロゲルの研究を続けています。ちょっと考えすぎるところもあって論文にするのにはすごく時間がかかりましたが、働きながら論文を仕上げて、特許も書いて、時には逃げ出したくもなりながら、よく頑張ったと思います。これからどんな科学者・技術者になっていくのか。働きながら学位を取って国際的に活躍する人になるのか。引き続き共同研究を進めながら、その成長を私は楽しみにしています。ちなみにこの論文は、2022年3月に博士の学位を取った原瑶佑さんも貢献してくれました。原さんは現在、住友化学で研究の仕事に携わっています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究は、高気孔率の低密度多孔体(エアロゲル)において、高透明性と高曲げ柔軟性の両立に初めて成功した、というものです。

エアロゲルの定義はいくつかありますが、簡単に言えば、エアロゲルというのは空気を大量に含んだスカスカの多孔体のことを指します。身近なものだとスポンジをイメージしてもらうと分かりやすいかと思います。ただ、スポンジと主に違うのはその多孔構造(骨格+細孔)の大きさです。スポンジがマイクロメートルオーダー以上の比較的大きな構造を有しているのに対し、エアロゲルは通常更に小さいナノメートルオーダーの構造を有しています(図1)。このような構造では、空気がほとんど通らなくなるため、エアロゲルは非常に高い断熱性を有します。更に、ナノメートルサイズにもなると光の散乱が起こりづらくなって次第に透過するようになるため、エアロゲルはスポンジとは異なり、一般的に透明な見た目になります。この傾向はサイズが小さくなればなるほど強まるため、高透明なエアロゲルにするには多孔構造を非常に細かいものにする必要があります。エアロゲルは他にも様々な特性を有していますが、特に高い透明性と高い断熱性を同時に有する材料は他に無いため、例えば、高断熱窓材といった応用が唯一可能な材料として注目を浴びています。

このように非常にユニークな材料であるエアロゲルですが、その中身はほんの僅かな、しかもナノメートルという非常に小さい骨格に支えられているだけですから、力学的にはとても脆く、通常は少し力を加えただけで簡単に砕けてしまいます。これまで世界中でエアロゲルの力学物性を向上させようと様々な研究がされてきましたが、その大半が構造の粗大化や不均一化により透明性を大きく損なうものばかりでした。本研究は、エアロゲルの多孔構造の形状に着目し、微細な繊維状の骨格からなる多孔構造を構築することで、高透明性を損なうことなく、機械的物性の一つである曲げ特性を大幅に向上させることに初めて成功しました。このようなエアロゲルは何種類か作製し、いずれも非常に高い透明性をもっていましたが、その中にはガラスとほとんど変わらない透明性を持っているものもありました(図2)。

図1:エアロゲルの外観(左)と多孔構造の模式図(右)

図2:繊維状の骨格をもつエアロゲルの特異な曲げ性能とガラスのような透明性

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

一般的に、多孔体の力学特性は構成する固体成分と多孔構造に大きく影響される1、ということが知られていますが、エアロゲルの世界でこれまで行われてきた研究の大半は、エアロゲルを構成する成分に着目したものばかりでした。ただ、その殆どは多孔構造の粗大化や高密度化なども生じており、著しい物性の改善も見られていなかったため、分子スケールで工夫するよりもっと大きなスケールである多孔構造を工夫したほうがよいのではないか、と考えました。

通常エアロゲルは、ナノサイズの粒子が3次元に数珠つなぎで組みあがった骨格で構成され、この粒子同士の結合部(ネック)が特に脆弱なために壊れやすいと考えられています。この構造は普通に作製すれば自ずと生じてしまう構造なのですが、幸運にも私の所属する研究室では少し様子の異なる、具体的には繊維状の骨格からなる構造をもつエアロゲルが過去に得られていました2このエアロゲルは透明性がそれほど高いものではなかったためあまり着目されていなかったのですが、多孔構造が興味深いものであったため、この先行研究をベースにボチボチ実験してみたところ、この特異な繊維状構造を持ったまま透明性が大きく向上したエアロゲルが得られ、更に従来ではあり得なかった曲げ柔軟性を持っていることを発見しました(図2)。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

運が良かっただけだとは思いますが、研究のアイデアを考え、それを実現させること自体は意外にもすんなり事が運びました。ただ、とにかく分からないことだらけで、論文として一つの形にまとめるまでに随分苦労しました。客観性のある多孔構造の違いの説明や、繊維状の構造形成理由の説明など、沢山あります。全て説明していたらキリがないので割愛しますが、例えば、多孔構造の違いについては、電子顕微鏡観察から得られた画像を数値解析することで定量化して違いを明確にしました。単純な分析ではありますが、そもそもこのような分析を行った例が他になかったのに加え、エアロゲルのオリジナルの多孔構造を反映した明瞭な画像を得ることが極めて難しい、という問題があり、一筋縄ではいきませんでした。こうした問題は、色んな人のアドバイスを聞き、時間をかけて思考錯誤することで、何とか解決することができました。特に研究室の同僚の助けが大きいです。一人では最終的に論文としてここまで良い形に持ってくることは難しかったと思います。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在はもう大学を離れており、縁あってエアロゲルの社会的普及を目指す会社に所属させていただいておりますが、しばらくはこれまでと同様にエアロゲルを通じて科学全般への造詣をどんどん深めていけるようにしたい、と考えております。

会社で求められるのは、低コスト化、量産化、といった応用的側面の強い開発が大半ですが、これらの応用には土台となる基礎がしっかりしていることが重要です。エアロゲルの発見は約90年前にまで遡りますが3、現在でもまだまだ分からないことだらけであり、もっと基礎的な部分の理解を深めていく必要があるな、と感じております。より効率的な低コスト化や量産化、また他の素材との複合化、といった応用を見据え、そのための土台となる基礎への理解を深めていけるよう、マイペースに研究していきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

この研究は、エアロゲルの力学物性についてとにかくよく考えたことで生まれたものです。透明なままエアロゲルの力学物性を向上させるという課題に対して、私はまず自身の実験結果や先行研究の結果をよく見返して、エアロゲルの力学物性の由来についての理解を深めることにしました。先行研究には様々な結果や主張がありましたが、構成成分で力学物性が大きく変化するという考えではどうも腑に落ちない点が多くあるように感じられ、それがどうしても気になって力学物性の由来について日々頭を悩ませていました。考えを巡らせる中で、多孔構造の影響がより大きいとすると多くの実験結果に説明がつきそうだ、ということを思いつき、多孔構造の工夫に取り組んでみた結果が今回の研究です。今回良い結果を得られたのは運が良かったから、という側面も勿論ありますが、上記のような熟考の過程なくしてはこの研究は生まれなかっただろう、と考えています。現状の考えを鵜吞みにせず、一度立ち止まってよく考えてみることで、新しい考えが生まれ、より良いアイデアに繋げられるのではないでしょうか。

最後になりますが、このような研究紹介の場に我々の研究を取り上げて下さったChem-Stationの皆様、そして学生時代から今も変わらず研究に関するご指導を頂いている金森主祥先生に中西和樹先生、議論や論文作成等で非常にお世話になった本論文共著者の原瑶佑君、そして日々研究活動を進める上で様々な協力を頂いた、森里恵様を始めとする研究室時代のメンバーに、この場を借りて感謝申し上げます。

参考文献

1. Gibson, L. J. & Ashby, M. F. Cellular solids: Structure and properties. (Cambridge University Press, 1997).

2. Kanamori, K., Aizawa, M., Nakanishi, K. & Hanada, T. New transparent methylsilsesquioxane aerogels and xerogels with improved mechanical properties. Adv. Mater. 19, 1589–1593 (2007).

3. KISTLER, S. S. Coherent Expanded Aerogels and Jellies. Nature 127, 741–741 (1931).

研究者の略歴

上岡良太(うえおか りょうた)

所属:ティエムファクトリ株式会社

研究テーマ:透明エアロゲルの力学物性の改善とその原因究明、およびエアロゲルの簡便な作製手法の開発

略歴:

2016/03 京都大学理学部 卒業

2018/03 京都大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程修了(中西和樹 准教授・金森主祥 助教)

2018/04 京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程入学

2020/06 – 現在 ティエムファクトリ株式会社(博士後期課程在学中入社)

2023/03 京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程中途退学

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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