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一般的な話題

創薬におけるPAINSとしての三環性テトラヒドロキノリン類

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Pan-Assay INterference CompoundS (PAINS) は、創薬の初期段階で行われるハイスループットスクリーニング (HTS) やフェノタイプアッセイなどで偽陽性を引き起こしやすい問題のある化合物を指します (ケムステ関連記事:その化合物、信じて大丈夫ですか? 〜創薬におけるワルいヤツら〜)。主にアッセイ系に干渉しやすい着色した化合物や、反応性の化合物 (Michael アクセプターを持つなど) が PAINS として知られています。

本記事では、Journal of Medicinal Chemistry 誌の Most Read Article (2024年1月5日現在) に取り上げられている、PAINS に関する次の論文を紹介します。

“Fused Tetrahydroquinolines Are Interfering with Your Assay”

Frances M. Bashore, Joel Annor-Gyamfi. Yuhong Du, Vittorio Katis, Felix Nwogbo, Raymond G. Flax, Stephen V. Frye, Kenneth H. Pearce, Haian Fu, Timothy M. Willson, David H. Drewry, and Alison D. Axtman*

Journal of Medicinal Chemistry, 2023, 66(21), 14434–14446

DOI: 10.1021/acs.jmedchem.3c01277 (Open Access)

ハイスループットスクリーニングにおける化合物ライブラリの利用は公的ライブラリの整備に伴い各国のアカデミアでも盛んに行われるようになってきましたが、偽陽性の問題は次々に湧いて出てきます。そこには先述の PAINS の問題が未だに蔓延っており、既に有名となった化合物群に加えて、本論文の筆者らは三環性テトラヒドロキノリン (図 1) に注意を喚起しています。

図 1  三環性テトラヒドロキノリンの一般式

図1の R1~5 には、アルキル基、アリール基、カルボン酸、エーテル、エステル、ニトロ基、アシル基、アミドなどさまざまな官能基が入ります。特に合成上の簡便性から、R5 にはカルボン酸が入ることが多いようです。

三環性テトラヒドロキノリン (THQs) はいくつかのスクリーニングでヒット化合物とされていますが、その中には偽陽性または frequent hitter (頻繁にヒットする化合物) として見做されているものがあります。これらは Hit-to-Lead 研究の段階で活性の向上が見られず、構造活性相関 (SAR) の取得もままならないことが頻繁に見られるとのことです。また in vivo 評価に進んだ (無理やり進めた?) 化合物もあるものの、それらの薬物動態学的特性が悪いことも判明しています。しかしながら非常に多くの誘導体が多彩なターゲットに対するヒット化合物として報告されており、その詳細に関しては原著論文の Fig. 3 をご覧いただければと思います。どれも比較的単純な構造に関わらず、何にでもある程度の活性でヒットするというところがいわゆる PAINS らしい特徴でしょうか。
THQs は SciFinder®-n 上での検索で、少なくとも 1,400 種類以上の誘導体が複数のベンダーから購入可能となっています。この現状は、THQs がスクリーニング用化合物として容易にアクセスでき、偽陽性を生み出しやすいことの一因になっていると考えられます。

THQs の化学的不安定性

THQs は他の PAINS と同様に高い疎水性表面 (疎水性が高いと、タンパク質とベタベタくっつきやすくて偽陽性が出やすくなる) と水素結合能を持った官能基を有していますが、そのアッセイ干渉メカニズムはほとんど明らかになっていません。THQs は一般的に着色が弱めであり、PAINS に起こりがちな光を用いたアッセイにおける干渉 (インナーフィルター効果) の影響は少ないと著者らは論じています。一方で、過去の論文で THQs は既に PAINSとして取り上げられており、求電子性アルケン構造に依存した潜在的な反応性が示唆されています[2]。また、アッセイ用溶媒として用いられる DMSO 中では酸化されキノン様構造を取ることで高反応性化合物を生成するとの予測もされています。

THQs の合成法の一例を Scheme 1に示します。ここでは、5661118 と命名されたカルボン酸誘導体及び、本論文[1]の筆者らが検証のため合成した化合物 3 の構造が示されています (合成の元論文は参考文献[3]になります)。見たところ特殊な反応は無く、原料さえ入手すれば簡単に再現できそうです (2工程目でシクロペンタジエンモノマーを蒸留して用いているのが面倒だとは思いますが)。

Scheme 1  THQ 誘導体 5661118 の合成

さて、本論文の筆者らは、合成したエステル体 1 の光安定性を調べています (図2)。DMSO-d6 へ溶解後、非遮光下 72 時間の経過で誘導体 1 は明らかな着色が認められました。さらに TLC においても CDCl3 および DMSO-d6 中で分解が認められました。一方、チューブを遮光して天面からのみ光照射した場合では、分解が比較的抑えられています (図2、A、(6))。また、変色した 1 の溶液の MS スペクトルでは、溶液中での分解物と推定されるピーク (m/z 312) が観測されています。これは図2の 1a または 1b の生成を示唆しています (但し 1a には多くの互変異性体が存在します)。DMSO 中での不安定性は in vitro でのアッセイ結果に大きな影響を及ぼしかねない結果であり、ヒット化合物としての危うさを示すデータに他なりません。
一方で、五員環が飽和した誘導体 (Scheme 1 に示す化合物 23) は DMSO 中で 5 日間静置しても着色が起こらなかったと述べられています。このことから、光分解のは五員環の二重結合に起因することが示されました。

図2 THQ 誘導体 1 の溶液中での光安定性

論文[1]より引用

さらに注目すべきは、5661118 で見られた MSN/CD44 間のタンパク質間相互作用阻害活性が、化合物3では全く観察されなかったという結果にあります。筆者らが行った TR-FRET アッセイの結果からは、3 が不活性であるばかりでなく、5661118 の溶液中での凝集や非特異的な阻害メカニズムの存在、アッセイ系のリードアウトに関する干渉といった、PAINS としてありがちな特徴が示唆されています。

化合物ライブラリ中の THQs

論文の筆者らが調査したところ、THQs は、HTS やその他の低分子スクリーニングで用いられる複数の化合物ライブラリに含まれていることが判明しました。これは大規模なHTS に限らず、小規模 (1,000 化合物未満) の場合でもしばしば直面する問題とのことです。また、いわゆる in silico スクリーニングの場合にも注意が必要です。小規模なスクリーニングでは化合物の数が少ないため、PAINS のヒットが大きく取り上げられがちとなります。また三環系の THQs はさまざまなライブラリに偏在しているため、完全に除去することは困難であると筆者らは主張しています。さらに今回の論文では取り上げていないものの、フェノタイプベースのアッセイにおいても同様に THQs の存在には気をつけるべきだとしています。

合成中間体として微量残存する反応性のイミン中間体 (Scheme 1 の 1 工程目の化合物など) がアッセイ系に影響を及ぼす可能性も指摘されており、そのことも含めて THQs はスクリーニング中のライブラリから除外されるのが望ましい、それでも買い手がいればベンダーは THQs を供給し続けるであろうため、創薬研究者は PAINS の存在を認識し、優先度を下げるべきだと筆者らは述べています。スクリーニング用化合物が主に DMSO 溶液として提供されることも問題で、THQs の分解と単離不可かつ複雑な混合物の生成を促進することとなり得ます。

おわりに

著者らは結論として、THQs を創薬スクリーニングや Hit-to-Lead 研究に利用しないこと、また研究者が PAINS の存在を認識することの重要さを主張しています。偽陽性化合物の創薬展開に時間とリソースを費やすことはまさに悲劇的であり、創薬業界はこのサイクルを止めることが皆に利益をもたらすだろうとして、本論文は締められています。

とりわけアカデミアではヒット化合物が見つかるとそれだけでプレスリリースや論文化を行いがちですが、ライブラリやスクリーニングに関わるケミスト達が目を光らせ、拙速にならずバイオロジストと協働してバリデーションを行う必要があると考えられます。そして PAINS への注意を促していくため、偽陽性となった化合物の構造を積極的に発表していくようなキャンペーンの展開も国や世界を挙げての創薬に必要なのではないでしょうか。

参考文献

[1] F.M. Bashore, J. Annor-Gyamfi. Y. Du, V. Katis, F. Nwogbo, R.G. Flax, S.V. Frye, K.H. Pearce, H. Fu, T.M. Willson, D.H. Drewry, A.D. Axtman. “Fused Tetrahydroquinolines Are Interfering with Your AssayJ. Med. Chem, 2023, 66(21), 14434–14446, DOI: 10.1021/acs.jmedchem.3c01277.

[2], J.B. Baell,, G.A. Holloway, “New substructure filters for removal of pan assay interference compounds (PAINS) from screening libraries and for their exclusion in bioassays.” J. Med. Chem. 2010, 53 (7), 2719− 2740, DOI: 10.1021/jm901137j.

[3] G. F. Krainova, Yu. B. Vikharev, L. V. Anikina, E. V. Sivtseva, V. A. Glushkov, “Synthesis and neurotropic activity of substituted 5-dialkylaminoacetyl-3a,4,5,9b-tetraydro-3H-cyclopenta[c]quinolines”, Pharm. Chem. J, 2009, 43, 606-609. DOI: 10.1007/s11094-010-0362-4.

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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