第594回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 理学院 化学系 八島研究室の齊藤 馨(さいとう けい)さんにお願いしました.
八島研究室ではX線や中性子を用いた”結晶構造解析”によって、セラミックス材料の構造と物性の関係を詳細に解明し、次世代のセラミックス材料開発を目指した研究を進めています. 特に、高温状態での回折実験を行うことで、実際にセラミックス材料が動作する温度で何が起きているかを明らかにしています。 主なテーマとしては、イオン伝導体セラミックスのイオン拡散経路の解明や、バイオセラミックスのプロトン拡散経路の解明、光触媒の特性解明などを行っています. さらに最近では、これまでの研究で培った知見に基づき新材料の探索・設計・開発などを進めています.
本プレスリリースの研究内容は、新しいプロトン伝導体についてです. 本研究グループでは、三次元的に不規則化した本質的な酸素空孔を持つペロブスカイトにドナードーピングを行うという、従来の戦略とは全く異なる材料設計戦略により、中低温域で高プロトン伝導を示す新物質BaSc0.8Mo0.2O2.8を発見しました. さらに、中性子回折データを用いた結晶構造解析と第一原理分子動力学シミュレーションにより、この物質の高いプロトン伝導度の要因を明らかにしました. この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています.
Kei Saito, Masatomo Yashima*
Nat Commun 14, 7466 (2023)
研究室を主宰されている八島 正知教授より齊藤さんについてコメントを
齊藤馨君は,東京工業大学・理学院・化学系の博士後期課程の優秀な大学院生です.特性の良い新物質の発見はインパクトがあり,新しい分野が切り開かれる可能性を秘めています.しかしながら,新物質を作ろうと試みても,ほとんどの場合は見つからないという茨の道です.齊藤君は,勇猛果敢にこの茨の道を突き進んできました.酸素空孔量が多い新物質を探索する過程でBaSc0.8Mo0.2O2.8を発見し,それが世界最高のプロトン伝導度と高い化学的安定性を示すこと見出しました. 彼のすごいところは,発見だけには飽き足らず,なぜ高い伝導度を示すのか? という根源的理由を探究し,新しい材料設計概念に昇華させたところです.彼が発見した新物質は,いくつかの企業にも興味を持って頂いており,実用化の可能性も十分あります.我々は今後も,既存の材料を改良する延長線上の研究ではなく,「基礎科学から真のイノベーションを起こす!」ことを,目指していきます.
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
新物質のペロブスカイト型酸化物BaSc0.8Mo0.2O2.8を発見し,中低温で世界最高のプロトン伝導度を示すことを見出しました.
プロトン伝導体は,燃料電池など次世代のエネルギー源の中核を担う重要な材料です.一般的なプロトン伝導体の設計戦略は「酸素空孔を含まない酸化物へのアクセプタードーピング」です.ここで,アクセプタードーピングはホストカチオンより価数の低いカチオン(アクセプター)のドーピングのことを指します.しかし,アクセプターはホストカチオンより価数が低いので,有効電荷がマイナスであり,電荷がプラスのプロトンを捕捉してしまう「プロトントラップ」という現象が起きます.プロトントラップが起こると,プロトンが動きづらくなり,プロトン伝導度が中低温で低くなってしまう問題が起きます.そこで,私は“逆転の発想”で「酸素空孔を含む酸化物へのドナードーピング」により,新しいプロトン伝導体を設計し,プロトントラップを抑制すれば,中低温で高いプロトン伝導度を実現できるのではないか,と着想しました.ここで,ドナードーピングとはホストカチオンより価数の高いカチオン(ドナー)のドーピングです.有効電荷がマイナスのアクセプターとは対照的に,ドナーの有効電荷はプラスなので,プロトンと反発し,プロトントラップを抑制できるのではないかと考えました.実際に,新物質BaSc0.8Mo0.2O2.8を合成し,種々の電気化学測定を行うことにより,従来のプロトン伝導体を超えるプロトン伝導度を示すことが分かりました.さらに,中性子回折実験,第一原理分子動力学計算などにより,新物質が高いプロトン伝導度を示す理由を明らかにしました(図).
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
私は2020年度より現在の八島研究室に所属し,色々なイオン伝導性セラミックスを探索してきました.中でも面白いのは「本質的な酸素空孔」を含む酸化物です.ここで,本質的な酸素空孔とは母物質にある酸素空孔のことを指します.最近,我々は本質的な酸素空孔を含むイオン伝導性酸化物をいくつか報告しています(例:K. Saito et al. J. Solid State Chem. 2022, 306, 122733).しかしながら,本質的な酸素空孔を含む酸化物にドナードーピングをする研究例はほとんど無く,本研究で工夫したところです.
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究の方針を思いついたとしても,実際に新物質を合成することは容易ではありません.私自身,アイデアはあっても物質が合成できないということは何度も体験してきました.本研究で,最初は,合成するターゲットがなかなか定まりませんでしたが,実験の試行錯誤と文献調査を繰り返して,酸素空孔のあるBaScO2.5にMo6+ドナーを添加することでペロブスカイト相が安定化されることを発見しました.この時のうれしさは今でも覚えています.
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は“無限”の可能性を秘めた新機能材料の創製とメカニズム解明に興味があります.メカニズムを解明すると,次の新物質を探索する際の新戦略になるので,非常にワクワクする楽しい研究になります.今後も独自のアイデアで新機能材料の創製とメカニズム解明に邁進していきたいと思います.また,発見した材料が社会に役立つことを目指して研究に臨んでいきたいと考えています.
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
新物質の探索は私どもの研究分野の醍醐味だと思っています.誰しも「世界中で自分だけが知っている物質」というのはワクワクすると思います.この記事を読んでいただいた方々に材料科学の楽しさや魅力が少しでも伝わり,材料科学を研究してみたい,あるいは興味が湧いた,と感じていただければ幸いです.
最後まで閲覧していただきありがとうございます. 最後に,本研究の遂行にあたり,多大なご指導を賜りました,八島正知教授に厚く御礼申し上げます.また,有意義なディスカッションや様々なサポートをしていただいた,藤井孝太郎助教および研究室の皆様に感謝申し上げます.また,一端の博士課程学生にこのようなインタビューの機会を与えていただき大変光栄に思っております.このような紹介の機会を与えていただいたChem-Stationのスタッフの皆様に深く感謝いたします.
研究者の略歴
名前:齊藤 馨(さいとう けい)
所属:東京工業大学 理学院 化学系 八島研究室
研究テーマ:新規イオン伝導性セラミックスの創製およびイオンダイナミクスの解明
略歴:
2021/3 東京工業大学 理学部 化学系 学士(理学)
2023/3 東京工業大学 理学院 化学系 修士(理学)
2023/3- 東京工業大学 理学院 化学系 博士後期課程在学
2023/3- 日本学術振興会特別研究員(DC1)