第593回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)博士後期課程3年の夏 康 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、非常に安定で触媒活性の高い金ナノ粒子触媒の開発に関する研究についてです。サイズの小さな金ナノ粒子は高い触媒活性が期待されますが、溶液中で金ナノ粒子同士が集合しやすいために、安定性と触媒活性の両立には課題がありました。そこで、有機溶媒中で金属酸化物ナノクラスターを保護剤として用いた合成法を用い、非常に高い安定性と触媒活性の両立させた金ナノ粒子触媒の開発を報告されました。本成果はNature Communications 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Ultra-stable and highly reactive colloidal gold nanoparticle catalysts protected using multi-dentate metal oxide nanoclusters”
Xia, K.; Yatabe, T.; Yonesato, K.; Kikkawa, S.; Yamazoe, S.; Nakata, A.; Ishikawa, R.; Shibata, N.; Ikuhara, Y.; Yamaguchi, K.; Suzuki, K. Nature Communications, 2024, 15, 851. DOI: 10.1038/s41467-024-45066-9
研究を指導された鈴木康介 准教授から、夏さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
夏康君はM1から私たちの研究室に加わり、金属ナノ粒子と金属酸化物クラスター(ポリオキソメタレート)からなる複合材料に関する研究をスタートさせました。この2つの無機材料を組み合わせることで新しい触媒反応やエネルギー変換を実現できると期待して始めた研究でしたが、研究室にとって新しい試みであり、合成や分析の過程で多くの困難に直面しました。夏君は、金属酸化物クラスターによる修飾とカーボンへの担持によって安定化させた金ナノ粒子触媒の開発(ref 1)に続いて、今回は溶液中でも安定な金ナノ粒子触媒の開発を実現してくれました。夏君は常に新しい研究のアイディアを考案して、次はこのような取り組みを考えてみた、またこのような可能性が考えられないかと、私のところに頻繁に来て議論をしています。これからも新しい道を切り拓く可能性がある大胆な発想と挑戦する気持ちを大事にして欲しいと思います。
この研究を通してさらに成長した夏君の今後の活躍に期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
金は安定で反応性に乏しい金属とされてきましたが、サイズを小さくすることで優れた触媒作用を示します。しかし、小さな金ナノ粒子は溶液中で集合しやすいため、高い安定性と反応性を両立できる技術の開発が求められています。
本研究では、有機溶媒中で金属酸化物ナノクラスター(ポリオキソメタレート)を保護剤として用いることで、優れた触媒活性を示す3ナノメートル程度の小さな金ナノ粒子を合成し、溶液中で触媒反応を行う条件においても安定に保持できる技術を開発しました。この金ナノ粒子の合成には、水とトルエンを混ざらない溶媒として用いる2相系システムを用いました(下図)。金イオンと金属酸化物ナノクラスターを水に溶かした後、相間移動剤(テトラオクチルアンモニウム)を加えてこれらをトルエン中に移動させました。このトルエン溶液に還元剤を加えることで、金属酸化物ナノクラスターで保護された金ナノ粒子を合成することに成功しました。
この金ナノ粒子は、触媒反応を行う条件においても極めて安定であり、空気中に豊富に存在する酸素を酸化剤として用いたアルコールなどの有機化合物の酸化反応に優れた触媒特性を示します。また、保護剤として用いる金属酸化物ナノクラスターの構造や電荷数を変えることで、金ナノ粒子の電子状態や触媒特性を制御することができます。この技術を用いることで、金以外にもさまざまな金属のナノ粒子を合成することができます。本成果は、金ナノ粒子を利用した環境に優しい化学反応プロセスの開発、資源循環やエネルギー変換を実現する触媒、センサー、エレクトロニクスなど幅広い応用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究で思い入れがあるところは、金ナノ粒子の保護剤として用いた金属酸化物ナノクラスターが溶液中でどのような状態で存在しているか、それが金ナノ粒子とどのように相互作用しているかを様々な分析法を駆使して確認したことです。当初は、金属酸化物ナノクラスターの構造解析法としてよく用いられる質量分析や結晶化などを試みましたが、溶液中に過剰量のテトラオクチルアンモニウムが存在するため、これらの方法は成功しませんでした。そこで、東京都立大の山添誠司先生と共同でSPring-8において溶液中のX線吸収微細構造(XAFS)解析を行い、ラマン分光法と赤外分光法による分析結果と合わせて議論をすることで金属酸化物ナノクラスターの構造を詳細に確認しました。また、本学の石川亮先生と共同研究を行う機会をいただき、ADF-STEM測定により金ナノ粒子の表面に存在する金属酸化物ナノクラスターを観察することができました。さらに、ゼータ電位、STEM-EDS、XPS、量子化学計算などを利用することで、総合的に構造解析を行うことができました。以上の一連の結果に基づいて、この興味深い合成戦略によって開発した安定な金ナノ粒子触媒を自信を持って発表することができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究内容よりも、査読過程が私にとって最も難しかったところです。この研究は当初は別の論文誌に投稿したのですが、残念ながら掲載に至らなかったため、Nature Communicationsに再投稿しました。2人の査読者がこの研究を高く評価してくれた一方で、1人の査読者からはとても多くの実験を要求されました。今考えてみると公平な意見であり、とても勉強になるコメントも多かったのですが、当時はかなりがっかりしました。以前から卒業後も大学で研究を続けたいことを先生方に相談していたのですが、その時は落胆して別の進路を考え始めました(鈴木先生と山口先生にはすぐに止められました、笑)。最終的に、鈴木先生の根気強いご指導のもと、34ページにわたるレスポンスレーターを書き上げ、このレビュアーからも安定な均一系金ナノ粒子触媒が拓く新しい触媒反応の可能性を高く評価していただくことができました。この経験は私にとって非常に重要であり、今後の科学研究に「Big heart」を持つよう教えてくれました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学研究への関心が高く、大学2年生の頃からメソポーラス材料、ナノカーボン、メカノケミストリー、触媒科学などの研究に取り組んできました。現在は金属ナノ粒子-ポリオキソメタレート複合材料に深く関わり、この興味深く、まだ発展途上の研究分野を更に発展させたいと考えています。博士課程修了後は、材料と触媒分野に専門の技術を持つ海外の研究グループで研究と学びを積み、日本に戻って大学でのポジションを見つけたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
この記事を読んでいただきありがとうございます。この記事が、金属ナノ粒子-ポリオキソメタレート複合材料の分野に、より多くの才能ある研究者を惹きつけることを願っています。また、興味がある方はぜひ我々のAngewandte Chimieの総説論文をご覧ください(Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202214506)。
私の考えでは、研究のやり方は様々で、先輩と協力して大きな仕事をすることもあれば、個人で研究し、その後共同研究を探すこともあります。完璧な方法はありませんが、自分に合った方法を探すことが重要で、特に新しいことに挑戦する最初のうちは、精神的な強さを保つことが大切です。
最後に、研究者同士のつながりや親睦を深めることも重要であり、インターネットや学会での交流など、できる限り積極的に行うべきだと最近思っています。学会などで見かけた際には声をかけていただけると嬉しいです。
研究者の略歴
名前:夏 康(シャー カン、XIA Kang)
所属:東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 山口研究室 博士後期課程 3年
研究テーマ:機能性ポリオキソメタレート修飾を用いた新奇な金属ナノ粒子系材料の触媒設計に関する研究
略歴:
2015年9月~2019年6月 上海交通大学 工学部 化学工学科
2018年3月~2018年8月 早稲田大学 先進理工学部 交換留学(Master Kong Dream Scholarship)
2019年10月~2021年9月 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 修士課程(MERIT-WINGS)
2021年10月~ 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 博士課程 (JSPS DC2)
関連リンク
- 論文リンク:
1) 不均一系触媒の開発:K. Xia, T. Yatabe, K. Yonesato, T. Yabe, S. Kikkawa, S. Yamazoe, A. Nakata, K. Yamaguchi, K. Suzuki, “Supported anionic gold nanoparticle catalysts modified using highly negatively charged multivacant polyoxometalates”, Angew. Chem. Int. Ed. 2022, 61, e202205873.
2) 総説論文:K. Xia, K. Yamaguchi, K. Suzuki, “Recent advances in hybrid materials of metal nanoparticles and polyoxometalates”, Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202214506. - プレスリリース