第591回のスポットライトリサーチは、京都大学理学研究科 化学専攻 集合有機分子機能研究室の須賀 健介 (すが けんすけ)さんにお願いしました。
本プレスリリースの研究内容は、高分子材料における構造変化の定量化についてです。ひずみ誘起結晶化は、天然ゴムを引っ張った際にも観測される現象のことで、近年では人工の高分子材料を強靭化するメカニズムとして最先端研究において再注目されています。特に強靭な高分子材料を設計するためには、外部からの力がどのようにして高分子鎖一本一本に加わるかということを理解することが重要です。これまでに本研究グループでは、約100pNの力に可逆応答する独自の蛍光Force Probeを開発し、これを高分子材料に組み込むことで、伸長した分子鎖の比率を定量的に解析する手法を報告してきました。そして今回、新たに本研究グループは、高分子鎖の伸長のみならず、続いて発生するひずみ誘起結晶化についても同時並列的に蛍光イメージングで追跡する手法を開発しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Kensuke Suga, Takuya Yamakado, Shohei Saito*
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 49, 26799–26809
研究を指導された齊藤 尚平准教授より須賀さんについてコメントを
須賀君は驚異的なバイタリティをもった鬼才です。どんなスキルでもすぐに吸収するので、私が地道に40歳くらいまでかけて得た多分野の知識やスキルを高速でほぼ習得し終わっています。しかも令和の研究者らしくプログラミングにも非常に強いので、機械学習やMD計算にも手を伸ばしています。最近出会った、若い分子生成AIの共同研究者とも楽しそうに飲んでいました。唯一、英会話だけが未習熟でしたが、コロナ禍が去り海外に行けるようになったので、世界的にも勢いがあるオーストラリアの若き高分子研究者のもとに送り出しました。今後、どんな傑物に育つのか楽しみです。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
プレスリリースを行った論文では、高分子材料を延伸した際における「高分子鎖の張り」と高分子鎖の配向から発生する高分子鎖の「ひずみ誘起結晶化」を同時に観測できる「二重蛍光レシオイメージング」の手法の開発を報告しました。
ひずみ誘起結晶化は例えば天然ゴムを引っ張った際に観測され、高分子の破断強度を増加させる自己補強メカニズムとして古くから研究が行われています。最近ではひずみ誘起結晶化を利用することで非常に強靭なゲルが開発され、注目を集めています[1,2]。
一方で分子Force Probeはからみ合った高分子鎖中にはたらくナノスケールの力の分布(ナノ応力集中)を理解するために用いられる便利な化学ツールです。我々の研究グループで研究されている二重発光性の羽ばたく分子FLAPを用いたレシオメトリック蛍光イメージングにより、ピンと張られた高分子鎖の時空間分布に関する定量分析が可能となっています[3,4]。
今回の研究では、高分子フィルムの延伸によって発生するFLAPの構造平面化(青から緑への蛍光色変化を伴う)に加え、高応力下でのひずみ誘起結晶化の発現に伴って緑から黄色への蛍光応答を観察しました。2段階目の蛍光スペクトル変化のメカニズムを調べたところ、ひずみ誘起結晶化によって緑色の蛍光が散乱され、短波長領域での自己吸収が促進されたためであることが解明されました。この鮮明な2段階の蛍光スペクトル変化により、ポリマー鎖の伸長とひずみ誘起結晶化の進み具合を、1回の引張試験で同時・定量的にマッピングし、モニタリングすることができました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
延伸下での蛍光寿命測定を工夫して行いました。
メカニズム解明の終盤でエキシマー発光の可能性を否定するために、緑色(525 nm)と黄色(575 nm)の蛍光が同じ化学種由来であることを示す必要がありました。蛍光寿命解析により検証ができそうですが、装置セットアップや高分子の構造緩和の影響もあり、室温で高分子試験片の延伸状態を維持しつつ蛍光寿命測定するのは困難でした。そこで延伸された高分子を液体窒素中でガラス転移点以下に凍らせ、高分子鎖の動きを止めることで、延伸状態での異なる波長帯の蛍光寿命を比較測定できました。
また、この研究の過程で有機合成のみならず、光化学、高分子化学、高分子物理の知識・技術を身に付けて成長できたため、研究過程全般に思い入れがあります。最終的に、数センチメートルサイズの高分子試験片に導入された数ナノメートルサイズの分子を用いて、数百ナノメートルに及ぶ現象(ひずみ誘起結晶化に伴う光散乱)を調べる、というスケールを超える研究ができたことに満足しています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
二段階目(緑→黄)の蛍光色変化のメカニズム解明です。
別のプロジェクトのためにFLAPを高分子に多めにドープしたことがこのテーマの始まりです。予想外にも、高分子の延伸の終盤で、
当初はメカニズムの見当が全くつかなかったのですが、仮説を立てつつ、FLAPのドープ濃度依存性、延伸同時吸収スペクトル測定、延伸下での蛍光寿命測定などの検証実験とスペクトルの解析を五月雨式に進めました。最終的にこれらのピースがはまるように、緑→黄の蛍光色変化がひずみ誘起結晶化の発生に連動していることを突き止めました。それまで参加経験のなかったレオロジー討論会でもポスター発表し、専門家からのアドバイスを参考にしながらひずみ誘起結晶化の高温での融解現象についても調べ、メカニズムの説明に自信をもてるようになりました。
最初に現象を発見したのはM1の冬でしたが、メカニズムを完全解明して論文の形になったのはD2の秋と、長丁場の戦いでした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学技術を基盤として、入口や出口、基礎や応用といった枠組みにとらわれず、自分だけの世界を切り開いていきたいと思います。
齊藤尚平先生の下で光/刺激応答性分子の研究に取り組む傍ら、B4時代には構造有機化学の大須賀篤弘先生、D2以降は有機反応化学の松永茂樹先生の研究を同じ研究室で見てきました。さらに、留学先での高分子重合や3Dプリンティングに関するCyrille Boyer先生の研究にも携わる機会を得ました。また、齊藤先生の計らいにより、内田幸明先生、鍛冶静雄先生、渡辺豪先生、寺山慧先生、隅田真人先生といった、液晶や計算科学の分野で著名な専門家との議論の場にも参加しました。
これら多岐にわたる経験を活かし、自分だけが成し得る独自の研究を推進し、人類の科学の進歩に寄与したいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
全ての基本は温故知新であると思います。「鶏口牛後」や「百聞は一見に如かず」などの故事成語を参考に、自らの研究スタイルを追求したいと考えています。また、マズローの欲求階層説によれば、研究活動は自己実現および自己超越の段階に位置づけられると思われます。つまり、基本的な欠乏動機の欲求を満たした上で、より高度な研究に集中できると考えています。今後は、自分ならではの研究スタイルを築き、自己実現を果たし、さらには自己超越の境地に到達するために努力を続けます。
最後になりますが、このような研究紹介の機会を提供してくださったChem-Stationの皆様、そして日々研究に関して議論を交わしてくれる集合有機分子機能研究室のメンバーの皆様に感謝の意を表します。特に、私の興味に基づいて自由に研究を進めることを許してくれる齊藤尚平先生には、心からの感謝を申し上げます。
参考文献
[1] C. Liu, N. Morimoto, L. Jiang, S. Kawahara, T. Noritomi, H. Yokoyama, K. Mayumi, K. Ito, Science 2021, 372, 1078–1081.
[2] T. Fujiyabu, N. Sakumichi, T. Katashima, C. Liu, K. Mayumi, U.-I. Chung, T. Sakai, Sci. Adv. 2022, 8, eabk0010.
[3] R. Kotani, S. Yokoyama, S. Nobusue, S. Yamaguchi, A. Osuka, H. Yabu, S. Saito, Nat. Commun. 2022, 13, 303.
[4] T. Yamakado, S. Saito, J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 2804–2815.
研究者の略歴
須賀 健介 (すが けんすけ)
所属:京都大学理学研究科 化学専攻 集合有機分子機能研究室 博士2年
研究テーマ:分子技術を基盤としたマルチスケールな高分子物理への貢献・計算機を用いた分子物性予測および狙いの物性をもつ分子の設計
略歴:
2020/03 京都大学理学部 卒業
2022/03 京都大学大学院理学研究科 修士課程修了 (齊藤尚平 准教授)
2022/04 – 現在 京都大学大学院理学研究科 化学専攻 博士後期課程 在学中
2022/04 – 現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2023/09 – 2024/03 University of New South Wales 客員研究員 (Prof. Cyrille Boyer)