第598回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学府(平井研究室)博士後期課程3年の森山 貴博 さんにお願いしました。
森山さんの所属する平井研究室では、特に天然物、糖、脂質を元にした、従来よりも生物活性の高い分子や新規機能性分子などの設計・合成・機能評価する研究を展開されています。今回ご紹介するのは、擬糖鎖の連結部位についての触媒的・立体選択的な分岐合成法の開発と、糖鎖連結部が異なることにより生物活性が大きく変化することを見出したという報告です。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Linkage-Editing pseudo-Glycans: A Reductive α-Fluorovinyl-C-Glycosylation Strategy to Create Glycan Analogs with Altered Biological Activities”
Moriyama, T.; Yoritate, M.; Kato, N.; Saika, A.; Kusuhara, W.; Ono, S.; Nagatake, T.; Koshino, H.; Kiya, N.; Moritsuka, N.; Tanabe, R.; Hidaka, Y.; Usui, K.; Chiba, S.; Kudo, N.; Nakahashi, R.; Igawa, K.; Matoba, H.; Tomooka, K.; Ishikawa, E.; Takahashi, S.; Kunisawa, J.; Yamasaki, S.; Hirai, G. J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 2237–2247. DOI: 10.1021/jacs.3c12581
研究を指導された平井剛 教授と寄立麻琴 助教から、森山さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
平井剛 先生
研究室の立ち上げテーマの1つだった「糖鎖配座制御による擬糖鎖創製」が、ようやく形になって発表できました。これを実現してくれた、森山君をはじめとするたくさんの研究室メンバーにまずは感謝したいです。この成果は序章に過ぎず、擬糖鎖がもたらす本当の意味を模索することを今後も継続していくわけですが、その1つをすでに森山君は見つけてくれています。その面白さをここで共有できないのは、森山君にとって心残りかと思いますので、私のコメントとして記しておきます。たまに予想できない変化球を繰り出す天然さもあるけど、この亜流とも言える擬糖鎖研究を深く追求した森山君の能力に、私はシンプルに感動しています。森山君の多大なる貢献に感謝するとともに、今後の活躍に期待します。
寄立麻琴 先生
森山くんは、2019年ほぼ同時に平井研に配属になった学生で、失敗も成功もたくさん見てきました。印象的なのは、うまく行かないときはすぐにやり直して何かしら良い結果を取ってくる強いメンタリティーと独創性があるところです。1報のレポートの中にネガティブデータだけしかないという状況をほぼ見たことがありませんでした。苦手なことに対しても、臆せず突っ込んでいき苦手を克服しようとするメンタリティーも素晴らしいと思っています。
今回の発表論文は紆余曲折あり、いつの間にか指導者としてだけではなく実験者として前線に加わることになってからは、森山くんとは色々ディスカッションして実験を進めました。お互いにメンタルケアもしながら実験していたような気がします笑 博士修了後も大活躍してくれると期待しています。がんばって!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
天然の糖鎖・複合糖質と見た目はそっくりのまま、機能が向上あるいは変化したC-グリコシドアナログ、そんなユニークな機能性分子の開発研究です。天然の糖鎖・複合糖質のO-グリコシド結合の酸素原子を炭素に置換したC-グリコシドアナログは合成が煩雑であり、それらの生物機能はほとんど検証されていませんでした。本研究では、Ni触媒とIr光触媒によるα-フルオロビニル-C-グリコシル化を開発し、従来合成が困難であった2糖や糖脂質型のC-グリコシドを効率的に合成できるようにしました。さらに、フルオロオレフィン基の化学・立体選択的な水素添加により、3種の結合タイプ(CH2-、(R)-CHF-、(S)-CHF-連結型)の擬イソマルトース(2糖)及び擬α-ガラクトシルセラミド(糖脂質)の分岐合成を実現しました。これらは結合タイプによって固有の配座特性をもち、生物活性にも劇的な変化が生じました(図1)。すなわち、CH2連結型擬イソマルトースは天然型の生物活性を高レベルで示し、(R)-CHF連結型擬α-ガラクトシルセラミドは天然型とは逆のアンタゴニスト様の活性に変化しました。糖鎖連結部の編集(Linkage-Editing Pseudo-Glycans)が、新たな生物活性糖鎖創製戦略として有効であることを実証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究のはじまりであるCHF連結型擬イソマルトースの分子自体に思い入れがあります。当初は、CHF連結型擬糖鎖の汎用的な合成法はありませんでした。まず、C-グリコシド結合の炭素原子にフッ素原子を導入する方法として、脱酸素的フッ素化を徹底的に検討したのですが、全く上手くいきませんでした。この解決策として、予めフッ素原子を導入した基質と糖の分子間カップリングを発想し、試行錯誤を経てα-フルオロビニル-C-グリコシル化の開発に至りました。また、苦労して合成したCHF連結型擬イソマルトースに活性がなかったことには、最初はショックを受けました(当初は(S)-CHF連結型は高活性になると予想していました)。しかし、これらの結果から人工分子が魅せる生物活性の面白さに気づき、分子設計に対する新しい考え方を得て、さらに研究を広げていけたので、今思うと非常にラッキーな結果だったと受け止めています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
地味な部分ですが、CHF基の絶対立体配置の決定です。糖化合物はアモルファスになることが多いため、X線結晶構造解析に適した擬イソマルトース誘導体の単結晶の作成には非常に苦労しました。最終的に、結晶化の補助基を付けた誘導体に導いて、再結晶の条件を検討することで、なんとか単結晶(奇跡の一かけら)を作成し、立体を決定できました。その後別法として、酸化開裂により糖鎖構造を分解して既知化合物と合わせる手法や、NMR解析法(1H-1H NOESY、1H-19F HOESY)など、様々なアプローチでCHF基の絶対立体配置の決定が可能であることを実証できました。CHF連結型擬糖鎖というマニアックな分子の立体決定法ですが、これらの情報が誰かの役に立つときが来れば幸いです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学の力で価値ある分子を創り続けていきたいです。卒業後は企業で、皆様に喜んで使っていただけるような医薬品の創製を目指し、向上心と探求心を忘れずに、化学と向き合っていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
グリコシド結合の違いによって、ここまで劇的に生物活性が変化することを私は全く予想できていませんでした。本当に不思議です。独特なアプローチからの研究ですが、ペプチドや核酸とは一線を画す、糖鎖の柔軟な配座特性や生物の分子認識の不思議さを皆様と共有できたら嬉しいです。
最後になりますが、本論文の研究成果は共同研究者の皆様のものです。摂南大学農学部の加藤直樹准教授、医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤純センター長、大阪大学微生物病研究所の山﨑晶教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの越野広雪ユニットリーダー、高橋俊二ユニットリーダー、九州大学先導物質化学研究所の友岡克彦教授をはじめとする全ての共著者に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。また、私の研究活動をサポートして頂いた平井研のスタッフと学生の皆様に深く感謝致します。このような貴重な場を提供して下さったChem-Stationスタッフの皆様に心から感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:森山 貴博(もりやま たかひろ)
所属:九州大学大学院 薬学府 薬物分子設計学分野
研究テーマ:炭素連結型擬糖鎖/複合糖質の合成・ケミカルバイオロジー研究
略歴:
2021年3月 九州大学大学院 薬学府 創薬科学専攻 修士課程修了
2024年3月 同上 博士後期課程修了予定
受賞歴:日本薬学会第143回 学生優秀発表賞