第597回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院総合化学院 有機化学第一研究室(鈴木孝紀研)の張本 尚(はりもと たかし)さんににお願いしました。
鈴木研究室では、
本プレスリリースの研究内容は、ドミノ倒しのようなに最初の反応が進行することで後続の反応が連鎖的に進行するドミノ型反応についてです。このドミノ型反応はグリーンケミストリーの観点からも優れた反応様式で、このドミノ型プロセスをレドックス反応に適用することができれば、従来にない機能をもった分子の開発が可能と考えられますが、これまで実現された例はありませんでした。本研究グループでは、分子構造自体をコントロールすることがレドックス反応への適用成功の鍵を握ると考え、柔軟なジチインビスキノジメタン型分子(SS-BQD)を設計、合成しました。その結果、最初の酸化反応をトリガーとして、酸化されやすい分子構造へと速やかに変化することで、後続の酸化反応が連鎖的に進行することを明らかにしました。この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Domino-Redox Reaction Induced by An Electrochemically Triggered Conformational Change
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Angew. Chem. Int. Ed. 2024, 63, e202316753.
研究を指導された石垣侑祐准教授より張本さんについてコメントを
以前の記事で博士後期課程での活躍を期待したコメントをしていましたが、その期待を大幅に上回る大活躍でした。博士前期・後期課程それぞれを早期に修了し、通常より1年早く張本博士が爆誕しました。短縮修了の一方、その業績は目を見張るものがあり、博士後期課程の間に10報を超える著書・総説の発表をしてきました。2022年には第13回大津会議アワードフェローに選出され、また2023年の8月に開催された「第54回構造有機化学若手の会 夏の学校」では代表幹事を務め、活躍の場を広げてきました。
さて、本研究に関しては、ドミノレドックス反応というところをキーワードに検証実験を重ね、論文(主にイントロ)の大幅な書き直しや査読対応にもめげることなく、素晴らしい成果に結びつけました。特に、これ以上ないほどに創意工夫を凝らした多様なサイクリックボルタンメトリー測定を行っていますので、その努力の結晶をぜひご覧ください。
次の舞台での活躍を祈念しています!!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、分子の構造を巧みにコントロールすることで、ドミノ型のレドックス反応を実現しました。これによって、多電子輸送特性の付与・制御に、分子の動的な構造変化が有用であることを実証できたと考えています。以下にもう少し詳しく説明いたします。
本研究では、レドックス反応に伴って動的な構造変化を誘起するキノジメタン(QD)骨格に着目し、二つのキノジメタンユニットを硫黄原子で架橋したジチインビスキノジメタン(SS-BQD)を二種類設計しました。4-メトキシフェニル体aでは、スペーサーの柔軟性に由来して、二つのQDユニットが折れ曲がり構造Fに加えてねじれ構造(T)をとるように設計されています。折れ曲がり構造Fに比べ、ねじれ構造(T)のHOMO準位ははるかに高く、酸化を受けやすいことから、二つのQDユニットの構造変化をドミノレドックス反応に組み込む狙いです。一方、2-クロロ–4-メトキシフェニル体bについては、アリール基のオルト位塩素の立体反発により、QDユニットが折れ曲がり構造(F)のみをとる比較化合物として設計しました。
まず、折れ曲がり構造(F)のみをとると予想された2-クロロ–4-メトキシフェニル体bのレドックス挙動を調査したところ、理論計算による予測と同様に、折れ曲がり構造(F)のQDユニットに由来する酸化ピークが高電位側に観測されました。これでは、それぞれのQDユニットが独立して酸化されている可能性を否定できないため、この分子bではドミノ型のレドックス反応を実証することは困難です。一方、柔軟な4-メトキシフェニル体aを用 いて同様に室温で調査したところ、大きく低電位側にシフトした酸化ピークが観測されました。この酸化電位の大幅なシフトは、ねじれ構造(T)のQDユニットが酸化されていることを意味します。
そこで、これらの分子構造とレドックス特性の関係性について詳細に調査したところ、4-メトキシフェニル体aの酸化電位が温度によって連続的に変化することを見出し、ドミノ型のレドックス反応が進行していることを突き止めました。すなわち、一方のQDユニットの酸化反応をトリガーとして、もう一方のQDユニットが速やかにねじれ構造(T)へと変化することで、後続の酸化反応が連鎖的に進行することを明らかにしました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ドミノ型のレドックス反応を駆動するために、折れ曲がり構造Fに加えてねじれ構造Tの寄与を生み出す必要があります。我々が以前に報告したBQD誘導体(電子のやり取りでアセンの分子構造を巧みに制御)では、中性状態やジカチオン状態のQDユニットが折れ曲がり構造Fしかとり得ないため、ドミノ型のレドックス反応を実現することが困難でした。本研究では、剛直なπ骨格の代わりに非平面かつ柔軟なジチイン骨格の導入に基づく立体的特性の変調により、ねじれ構造Tの寄与を生み出すように分子設計を工夫しました。
また、本研究で一番思い入れがあるところは、中性体のレドックス挙動の温度・掃引速度依存性をサイクリックボルタンメトリー(CV)測定により調査した際に,その酸化電位に劇的な変化を観測したことです。こんなレドックス挙動は、どの論文を漁っても見たことがないぞとゾクゾクしましたし,この挙動を解明するためにどのような実験を組み立てていくべきかを必死に考えたことを今でも覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ドミノ型のレドックス反応の実証にあたって、中性体のF-F構造からT-F構造への熱的な活性化、ジカチオンのT2+-F構造からT2+-T構造へのドミノ的な構造変化と続く二電子酸化という複雑な過程について一つずつ検証していくところが難しかったです。実際に、F-F構造からT-F構造への熱的な活性化については、ねじれ構造(T)をとらない比較化合物bを新たに設計したり、中性体の温度可変のCV測定及び1H NMR測定を実施したりと、実験を一つずつ積み重ねることで明らかにしました。また、活性化に続くドミノ過程において、中間のジカチオン誘導体はドミノ過程における過渡的な化学種であるため、様々なレベルの理論計算の実施やレドックス挙動の溶媒依存性の調査することで、十分な証拠を集めることができました。特に、ラボメンバーとのディスカッションによって、研究の質がより一層深化していったことは非常に印象に残っています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
以前のスポットライトリサーチの回答と一貫しますが、私は言語や文化の壁を超えて化学への入り口を提供し、あらゆる人たちに「化学ってこんなにも面白いのか!」と共感してもらえるような研究者になりたいです。人々をあっと驚かせるような分子をつくり、研究活動を通して気付いた化学の面白さや魅力を色々な人に伝えていきたいです。次のステージでも、今まで以上の活躍ができるように力の限りひたすら走り続け、化学のさらなる発展に貢献する所存です!
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
はじめに,研究に関する様々な情報を入手する際に日頃お世話になっているChem-Stationの,スポットライトリサーチに再び取り上げていただき,本当に嬉しく思います。
学生として5年間研究を続けてきて実感したことが二つあります。一つ目に、過去の研究が、現在の研究の思いも寄らないところに結び付いていくということです。その時は意識していなかった・わからなかった部分が、最後には伏線となって回収されていくようなことが多々あります。この先進める研究にも、きっと繋がっていくのだろうと思います。研究活動は想定外の連続だと思いますが、ぜひ自分のペースで走り続けてみてください。
二つ目に、一連の研究を進めるにあたって、身の周りの人のサポートが不可欠だということです。自分一人の力ではなし得なかったことがたくさんあったと実感します。ぜひ、周りの人たちに化学の面白さを共有して、そして感謝の気持ちを伝えてあげてください。
最後に、この場をお借りして、研究生活の土台を築いてくださった鈴木先生、親身になって日頃の研究をご指導してくださった石垣先生,研究への熱意を常に届けてくださった島尻先生、そして、私の研究テーマについて活発に討論していただいたラボメンバー皆様に心より感謝申し上げます。鈴木研で学んだたくさんのことを次のステージでも存分に発揮していきます!
研究者の略歴
張本 尚(はりもと たかし) 研究テーマ:新奇酸化還元系分子の開発 所属:北海道大学大学院総合化学院 有機化学第一研究室(鈴木孝紀研)博士後期課程3年 略歴:2016年3月 桐光学園高等学校 卒業 2020年3月 北海道大学理学部化学科 卒業 2021年9月 北海道大学大学院総合化学院 博士前期課程修了 [有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)] 2024年3月 北海道大学大学院総合化学院 博士後期課程修了 [有機化学第一研究室(鈴木孝紀 研究室)] 2022年10月 第13回大津会議アワードフェロー 2022年4月~2024年3月 日本学術振興会特別研究員DC1