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スポットライトリサーチ

-ハロゲン化アルキル合成に光あれ-光酸化還元/コバルト協働触媒系によるハロゲン化アルキルの合成法

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第600回のスポットライトリサーチは、京都大学 化学研究所 大宮研究室の渋谷 将太郎(しぶたに しょうたろう)さんにお願いしました。

大宮研究室では、新触媒・新反応・新機能を有機化学的な研究手法で創りだし、創薬・生命科学研究の未来を切り拓くことを目標に研究を行っています。具体的には、N-ヘテロ環カルベン触媒や有機硫黄光触媒のような有機触媒を独自の手法でデザインし、これらを用いることで、一電子移動を伴うラジカル反応を能動的に制御し、分子変換反応を開発しました。また、ラジカル反応を核酸誘導体の化学修飾に応用することで、創薬・生命科学研究における新たなケミカルスペースの開拓に繋げています。さらに、ラジカルが生じる有機ホウ素化合物を独自にデザインすることで、これまで実現困難であったアセチルコリンのような生物機能分子のケージド化法を開発し、ケミカルバイオロジー分野に貢献しています。

本プレスリリースの研究内容は、ハロゲン化アルキルの合成方法についてです。光エネルギーを用いて医薬品や機能性材料およびその合成中間体と知られているハロゲン化アルキルを温和な条件で合成することに成功しました。アルケンからハロゲン化アルキルを温和な条件で合成する手法の開発に成功しました。光照射下、コバルト触媒、光酸化還元触媒と弱酸であるコリジンハロゲン化水素酸を活用することで、従来法とは異なる方法でアルケンに水素とハロゲン原子を導入しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

A Dual Cobalt and Photoredox Catalysis for Hydrohalogenation of Alkenes

Shotaro Shibutani, Kazunori Nagao*, and Hirohisa Ohmiya*

J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 7, 4375-4379

DOI:10.1021/jacs.3c10133

本研究を現場で指揮された長尾 一哲助教と研究室を主宰されている大宮 寛久教授より渋谷さんについてコメントを頂戴いたしました。

長尾先生のコメント:

渋谷くんは大宮研に配属されて6年間、一緒に研究してきました。今回の光/コバルト協働触媒によるアルケンのヒドロハロゲン化反応は渋谷くんの博士研究の集大成とも言える仕事です。フッ素からヨウ素まで入れられる贅沢な反応ですが、それは渋谷くんの緻密な反応条件の精査と反応機構解析の賜物であると思います。機構解析に必要なアルキルコバルト錯体を再現性良く調製できる条件を見出し、反応生成物の追跡まで丁寧に行っていく姿は頼もしく思いました。物事の本質に迫り、理解しようとする彼の姿勢は研究だけでなく、抄録会における俯瞰的な質問にも表れており、研究者としての今後が楽しみです。

他の学生づてに聞いた話ですが、渋谷くんは「後悔しないために博士後期課程に行く」といって進学を決めたそうです。進学理由として、これ以上ないくらい格好良いと思っています。今後企業で研究者として様々な課題にぶつかると思いますが、1つ1つ丁寧に解決していくに違いないと確信しています。

 

大宮先生のコメント:

渋谷くんは、実験は丁寧、そして、決断は大胆な学生さんです。実験の丁寧さは、今回の論文をご覧いただければ一目瞭然かと思います。決断の大胆さは、渋谷くんがM1の夏ごろ、「後悔したくない」ということで、博士後期課程進学をすぱっと決めたことで印象づけられました。D1の冬ごろ、私の京都大学への異動に伴い、京都大学に転入か否かの選択がありましたが、相談したその場で、転入学を決断したことも印象的でした(他の学生も同じ)。彼に、京都大学に転入することに、不安はないですか?と尋ねました。未来のわからないことで不安がっていても仕方ないですから、と。私自身がとても勇気づけられたことを覚えています。4月から新しい環境です。「丁寧かつ大胆に」そんな仕事ぶりを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ハロゲン化アルキルは、医薬品や機能性材料として我々の暮らしを支えている有機分子の一つです(図1上)。ハロゲン化アルキルを合成する方法として、アルケンにハロゲン化水素を付加させるヒドロハロゲン化反応が知られています(図1下)。この反応では、ハロゲン化水素がアルケンをプロトン化し、生成したカルボカチオンとハロゲン化物イオンが反応することでハロゲン化アルキルを与えます。ハロゲン化水素のもつ高い酸性度はアルケンのプロトン化に必須である一方で、酸性条件で分解してしまう官能基を共存させることができず、供給できるハロゲン化アルキルの骨格を制限していました。

図1. 身の回りにあるハロゲン化アルキルと従来の合成法

本研究では、アルケンからハロゲン化アルキルを温和な条件で合成する手法の開発に成功しました。光照射下、コバルト触媒、光酸化還元触媒と弱酸であるコリジンハロゲン化水素酸を活用することで、従来法とは異なる方法でアルケンに水素とハロゲン原子を導入しました(図2)。コリジンハロゲン化水素酸を変更することでフッ素からヨウ素まで網羅的に導入することができます。本研究により供給できるハロゲン化アルキルが拡張され、医薬品や機能性材料の迅速かつ高効率合成に繋がることが期待されます。

図2. 光エネルギーを用いたアルケンのヒドロハロゲン化反応

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究の有用性や斬新さをうまく見せるために、基質の選定や機構実験の欄を充実させるように工夫しました。本反応の出発物質と生成物だけを見ると、有機化学を学んでいる人なら誰でも知っているであろう、「アルケンのヒドロハロゲン化反応」となんら変わらないものです。その上で差別化するために、「本反応は何がすごいのか、従来法とどう違うのか」ということに焦点を当て、研究を進めていきました。

基質の選定については、なるべく色々な官能基を盛り込むように選びました。従来法の問題点として、官能基許容性の低さを挙げていたため、その問題を解決していることを示す必要がありました。特に従来法では不可能であろう「酸性条件下で分解する官能基」はいくつか適用例を示しました。天然物や医薬品の骨格も許容できたため、本反応の有用性をうまく見せることができたと感じています。

機構実験については、従来法のようなイオン反応とは異なり、一電子移動の化学で本反応が進行することを示唆して、本研究の斬新さを示しました。反応機構を明らかにするために様々な実験を行いましたが、大きな流れとしては、「イオン反応ではなく一電子移動であることを暗示する実験」→「反応中間体を用いた実験」→「結合形成の形式を示唆する実験」といった流れで実験を行いました。機構実験の見せ方を工夫することで、本反応の反応機構をわかりやすく示すことができたかと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

実験手技の点から言えば、生成物の単離が難しかったです。「実験初心者かな?」と思われるかもしれませんが、出発物質のアルケンと生成物のハロゲン化アルキルの間にはRf値の差がほとんどなく、TLCをあげてもほぼワンスポットで見えます。そのため、出発物質のアルケンが少しでも残っていると、生成物の単離に大きな支障をきたすというのが難点でした。解決する手段として、パワープレイではありますが、「出発物質がフルコンバージョンかつ副生成物が一切生じない条件が見つかるまで検討する」という手段を取りました。泥臭い方法ではありますが、この方法が結果的に早くなりやすいという印象を、これまでの研究室生活から感じていました。最終的にコバルト錯体の構造や溶媒、添加物を検討することで、生成物の収率を上げ、単離へと至りました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は博士後期課程まで進学し、長かった大学での研究室生活を終え、企業研究者になる道を選びました。これまでの基礎研究とは打って変わって、より世の中に必要とされているものを創り出す応用研究に携わることになります。毛色は変わったとしても、化学に関わる研究という点ではこれからも変わらないと思っています。より世の中に近い場所で、自分が培ってきた知識や技術を存分に生かし、化学の発展に寄与していきたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私のような若輩者が皆さんに言えることはあまりないのですが、読者は学生の方が多いと思うため、学生の方に向けたメッセージとさせていただきます。学生生活が終わりに近付くにつれて思うことは、「もっと色々やってみればよかった」ということです。これまで国際学会や学生向けコンペなど、色々なことに挑戦してきて、成功や失敗も含めて様々な経験をしてきました。何事にも学ぶことはありますし、やらなければよかったと後悔することはあまりありません。それと同時に、海外の研究室への留学など「もっと色々やってみればよかった」と後悔することも少なからずあります。学生の皆さんは、学生生活の終わりに後悔しないためにも、チャンスがあったらすぐに飛びつくくらいの気持ちでいるのがいいかと思います。「もっと色々やってみればよかった」ではなく、「もうこれで終わってもいい」と思えたら理想的ですね。

最後に、これまでの研究をご指導いただいた大宮さん、長尾さん、支えてくださった研究室の皆さんに感謝します。そして、研究紹介を行う機会を設けていただいた Chem-Station スタッフの皆様に深く感謝いたします。

研究者の略歴

名前:渋谷 将太郎(しぶたに しょうたろう)

所属:京都大学 大学院薬学研究科 薬科学専攻 博士後期課程3年

研究室:大宮 寛久 研究室

研究テーマ:光酸化還元触媒を用いたsp3炭素-ヘテロ原子結合形成反応の開発

関連リンクと大宮研究室のケムステ過去記事

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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