第596回のスポットライトリサーチは、東京大学 大学院工学系研究科(山口研究室)修士課程 2年の山口正浩 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を組み合わせた分子光触媒の開発に関する研究です。ポルフィリンは可視光を吸収し活性酸素を発生しますが、発生した活性酸素によりポルフィリンが分解される耐久性面での課題がありました。今回、ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を組み合わせることにより、活性酸素の1種の一重項酸素の生成効率が向上するだけでなく、活性酸素への耐久性が向上することを報告されました。また量子化学計算により耐久性が向上する理由についても明らかにしています。本成果は、J. Am. Chem. Soc. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Porphyrin–Polyoxotungstate Molecular Hybrid as a Highly Efficient, Durable, Visible-Light-Responsive Photocatalyst for Aerobic Oxidation Reactions”
Yamaguchi, M.; Shioya, K.; Li, C.; Yonesato, K.; Murata, K.; Ishii, K.; Yamaguchi, K.; Suzuki, K. J. Am. Chem. Soc., 2024, 146, 4549-4556. DOI: 10.1021/jacs.3c11394
研究を指導された鈴木康介 准教授から、山口正浩さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
山口正浩君は2022年4月にM1として研究室に加わりました。彼は学部4年生の時に、私が参画したJSTさきがけの研究総括である関根泰先生(早稲田大学)の研究室で、計算化学を用いたポリオキソメタレートの特性解明に関する興味深い研究を行っていました。彼の持つ知識やスキルを活かした研究ができないかと考え、この研究テーマを設定しました。初めは計算化学を中心に研究してきた彼が実験化学に適応できるか心配もありましたが、そんな心配は杞憂に終わり、この2年間で材料合成、触媒反応、構造解析などの実験技術を次々に習得して、素晴らしい研究者に成長しています。私や周りからの提案(無理難題?)を柔軟に取り入れつつ、独自の工夫やアイディアを活かして研究を進めており、また、遊びと研究のメリハリをつけて取り組んでおり、バランス感覚に優れています。一方で、研究室内外での様々な苦労を乗り越えてきたところも見てきたので、先日、彼が「研究楽しいです」と言ってくれたときは感極まるほど嬉しかったです。今回の研究だけでなく、他にも面白そうな研究の種をいくつか見つけてくれましたので、博士課程に進学後の研究展開が楽しみです。山口正浩君の今後の活躍にぜひご注目ください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を組み合わせた新しい分子光触媒を開発し、その分子光触媒が有機基質の光酸化反応に高い活性と耐久性を示すことを見出しました。
ポルフィリンは、血液中で酸素を運ぶヘモグロビンや光合成を行うクロロフィルの基本骨格であり、可視光を効率的に吸収することができる有機分子です。特に、ポルフィリンは可視光を吸収することで、空気中の酸素分子を活性酸素の1つである一重項酸素に変換することができます。この一重項酸素は化学反応性が高いため、さまざまな化学原料の高付加価値化学品の合成や光がん治療への応用が可能になります。しかし、生成した一重項酸素によってポルフィリン自身が分解してしまうことが課題でした。そのため、高い活性と耐久性を両立した分子性光触媒の開発が望まれていました。
私たちは、ポルフィリンと分子状タングステン酸化物(ポリオキソメタレート)を組み合わせた新しい分子光触媒を開発しました。基質に対してわずか0.003%の分子光触媒の存在下、α-テルピネンを基質として可視光を照射すると、数分間で反応が完了しました(図1上段)。反応系の活性種である一重項酸素を生成する効率は、今回開発した分子光触媒の方がポルフィリン単独よりも高いことが分かりました(図1下段左)。この一重項酸素を効率よく生成できる特性を利用することで、分子光触媒は、様々な有機化合物の光酸化反応に高い活性を示しました。さらに、今回開発した分子光触媒は、これまでポルフィリン光触媒で課題とされてきた耐久性の課題を解決することもできました。ポルフィリン単独に光を照射すると、90%以上のポルフィリンが分解しました。一方で、今回開発した分子光触媒は、同じ光照射条件でほとんど分解せず耐久性が飛躍的に向上していることが分かりました(図1下段右)。量子化学計算により、今回開発した分子光触媒は、タングステン酸化物の配位とポルフィリン分子間の相互作用により、ポルフィリン分子の位置が強く固定されることで、高い耐久性を示すことが明らかになりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究で一番工夫した点は、この分子光触媒の構造に起因する高い耐久性を発見したことです。ある程度の触媒反応のデータを取り終えた後、鈴木先生から「この構造だから得られる性質や機能があるといいですね」と言われ、その際は「いやそんな簡単に見つからないでしょ」と内心思っていました。しかし、光照射下での耐久性を検討したところ、分子光触媒の耐久性はポルフィリン単独と比較して顕著に向上していました。これが実験で分かった時、興奮しながらすぐに鈴木先生に報告しにいったのを鮮明に覚えています。また、耐久性の向上の理由についても初めはよく分かっていなかったのですが、文献を調べていくうちに開発した分子光触媒の高い耐久性はその剛直な構造に由来するかもしれないということに気がつきました。そこで、量子化学計算を行い、分子光触媒の高い耐久性はその剛直な構造に起因するということを明らかにすることができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
初めはスルフィドの光酸化反応を行っていましたが、ポルフィリン単独で用いた場合でも反応が進行するため、開発した分子光触媒の優位性をなかなか示せず苦労しました。様々な検討の結果、一重項酸素によるスルフィドの光酸化反応は、ペルオキシド種の中間体を経由してスルホキシドへと変換される反応であるために、一重項酸素の生成が律速段階ではなく、一重項酸素の生成効率が触媒活性に直接効いてこないかもしれないということに気がつきました。そこで、一重項酸素によって中間体を経由せず酸化されることが知られているα-テルピネンを基質として用いることで、開発した分子光触媒の高い一重項酸素生成効率を活かすことができました。
また、分子光触媒の構造決定を行うための単結晶X線構造解析にも苦労しました。分子状タングステン酸化物中のタングステンは電子密度が大きいため、分子状タングステン酸化物のディスオーダー由来である帰属不可能な電子密度が残ってしまっていました。これを解決するために数多くの結晶化条件を検討しました。最終的には、剛直なカチオンであるテトラフェニルホスホニウムを用いることで分子のディスオーダーを抑制し、構造解析を完了させることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
元々自分は、面白いから化学をやりたいというわけではなく、世の中の役に立つための手段として化学を専攻していました。しかし、今回の研究で、開発した複合分子の組成や構造でしか成し得ない触媒特性や機能を目の当たりにし、心から化学が面白いと思えるようになりました。このような恵まれた機会や環境を作ってくださった山口和也 教授と鈴木康介 准教授には感謝しても仕切れないです。今後も誰も想像しなかったような新規複合分子の合成・ 機能の創出を行い、100 年後の人類にも役に立ち、かつ面白いと思われる化学を生み出せる研究者になっていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで記事をご覧いただきありがとうございました。今回、本研究成果をChem-Stationのスポットライトリサーチに取り上げていただくことになり、大変光栄に思っております。自分が早稲田大学の応用化学科出身ということもあり、山口潤一郎 教授が運営されているChem-Stationに載ることが嬉しく、夢のようです。
最後になりますが、本研究を遂行するにあたり日頃から熱心にご指導いただいた山口和也 教授、鈴木康介 准教授、米里健太郎 助教、光物性関連のディスカッションや測定で大変お世話になった本論文の共著者の東京大学 石井和之 教授、村田慧 助教、そして日頃から温かく研究を見守ってくださる両親と弟に深く感謝申し上げます。また、本研究成果を紹介する貴重な機会を提供してくださったChem-Stationスタッフの皆様にも御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:山口 正浩 (やまぐち まさひろ)
所属:東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 山口研究室 修士課程 2年
略歴:
2022年3月 早稲田大学 先進理工学部 応用化学科 卒業 (関根 泰 教授)
2022年4月~2024年3月 東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 修士課程
2024年4月~ 東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 博士課程(予定)