第589回のスポットライトリサーチは、関西学院大学(村上研)の榊原陽太 助教にお願いしました!
村上研究室では、遷移金属触媒や光触媒を用いた新規反応の開発や、多数のアミンを有するポリアミンやカチオン性を有するアンモニウム塩のような反応化学の進展が遅れている含窒素化合物群の合成法開発に取り組んでいます。今回見出したのは、天然に豊富に存在するカルボン酸を出発原料とし、「2分子のカルボン酸の脱炭酸を経る二量化(Kolbe dimerization)」と「脱炭酸・酸化により生じるカルボカチオンとカルボン酸によるエステル化反応(Hofer-Moest reaction)」を光触媒により制御する手法です。これらは電解反応によるカルボン酸の変換反応として有名ですが、高電圧を必要とするためその反応制御は困難でした。一方著者らは、光触媒によるenergy transfer (EnT)とsingle electron transfer (SET)機構を精密に制御することで分岐合成法を確立しました。速度論解析や光触媒の酸化還元電位の比較、コントロール実験などにより反応機構を解析しており、読者にとって大変勉強になる論文に仕上がっています。本報はJournal of American Chemcal Society誌に原著論文として採択され、プレスリリースもされています!
“Switchable Decarboxylation by Energy- or Electron-Transfer Photocatalysis”,
Yota Sakakibara, Kenichiro Itami, and Kei Murakami*, J. Am. Chem. Soc. 2023, ASAP. DOI:10.1021/jacs.3c08691
研究室主催者の村上先生からは、以下のコメントをいただきました。
榊原くんとは、B4から今まで一緒に研究を行ってきました。B4の時から圧倒的な研究力で、一際輝いていました。意欲のある学生さんに「博士に進学しては?」と声がけすることはありますが、「アカデミアで研究をきわめ、教授を目指しては?」とB4学生に伝えたのは彼が初めてです。それからも飛躍的に成長を遂げ、光触媒やラジカル反応を牽引する研究チームのリーダーとなりました(私より詳しいことは言うまでもありません笑)。
今回の研究はアクセプトまでに本当に時間がかかりました。査読者の方のコメントに一つ一つ答え、完成度が上がっていったと感じます。改訂に伴い、実験数も増え、榊原くん以外には完成できないような分厚い内容となりました。この記事を読んでいただいた方の中に査読された方がいるかもしれません。この場を借りて、いただいた建設的なご意見に心より感謝申し上げます。
榊原くんは、私の異動に伴って一緒に関学に来てもらいました。ポスドクを経て、現在助教をつとめています。ポスドク時代の研究は今まさに形になっているところであり、助教としての研究も順調に進展しています。近いうちに皆様にご報告できる予定です。研究室の運営においても、端々に気を配り、学生さんをまとめ上げてくれています。研究力、そして人柄においても素晴らしい人材だと思っています。化学コミュニティの皆様には、彼の頑張りをこれからも温かく見守っていただければ幸いです。
それでは、榊原さんのインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
カルボン酸は天然に豊富に存在し、高い安定性をもつことから有機反応の理想的な出発原料の一つです。そのため古くからカルボン酸やその誘導体を原料とする脱炭酸型反応が数多く開発されています。近年では特に、光触媒を利用した手法が精力的に研究されており、温和な条件下で炭素–炭素結合や様々な炭素–ヘテロ原子結合を構築可能となっています。光触媒を利用した脱炭酸型反応は主に、ラジカル種を活性種にする反応とカチオン種を活性種とする反応に分けることができます。従来の手法ではどちらの活性種が発生するかは、用いる反応剤と添加剤の種類によって決まっていましたが、今回の研究では、同一の出発原料に対して用いる光触媒の種類を変えるだけでこれらの活性種を自在に発生させることが可能であることを見出しました。これにより、同一の出発原料から様々な生成物を作り分ける分岐型合成を達成しました。
Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。
一番印象に残っているのは、生成物が分岐する反応メカニズムを思いついた瞬間です。元々は別の論文(Org. Lett. 2021, 23, 5113.)のアプリケーションとして行った実験の中で生成物が分岐することを発見しましたが、光触媒を変えるだけでなぜ生成物が分岐するのかがしばらく分かりませんでした。いくつか立てた仮説の中で、自分の中で最も納得がいった「光触媒が基質に対して、電子移動を起こす場合とエネルギー移動を起こす場合で生成物が変わるのではないか。」といった仮説のもと、触媒の性質と生成物の選択性の相関を取った結果、思い通りの結果が出て非常に喜んだ覚えがあります。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究の内容に関してでは無いのですが、とにかく論文化するまでに時間がかかってしまったことが一番大変だったなと思います。この記事を書くに当たって実験ノートを見返してみたところ、2020年の1月には生成物が分岐することを見つけていたので論文を通すまでにおよそ4年もかかってしまっていました。最終的になんとかまとめることができたので良かったですが、今回の経験をもとに今後はもっと短期間で論文をまとめていかないといけないなと反省しています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
自分が感じている化学の面白さを一人でも多くの学生に伝えていければいいなと思っています。私自身はたいした取り柄もない研究者ですが、ありがたいことにそんな自分のことを慕って一緒に研究をしてくれる学生に囲まれた環境で研究を続けることができています。一人ひとりの学生と一緒に研究できる期間は限られていますが、その期間の間に有機化学に「ハマる」感覚を伝えることができる化学者になれるよう日々試行錯誤をしています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後に宣伝にはなりますが、関学に村上研が発足しておよそ3年が経ち、関学の学生と行った研究も少しずつ論文としてまとまり始めているので(ChemRxiv 2023, DOI: 10.26434/chemrxiv-2023-bwm63など)、これらの論文も読んで頂けると幸いです。また、村上研の学生はノリが良くて面白い子ばかりなので、学会(飲み会)などで出会った時には是非仲良くしてあげてください。
最後になりましたが、私に有機化学の面白さを教えてくださり、本研究の遂行に当たっても多数のご助言を頂いた村上慧准教授、伊丹健一郎教授、メカニズム解明の実験において助けて頂いた小林洋一教授、永井邑樹助教にこの場を借りて感謝申し上げます。
関連リンク
- 研究室HP:関西学院大学理学部 村上研究室
- 関西学院大学プレスリリース
研究者の略歴
名前: 榊原 陽太
所属: 関西学院大学理学部助教
研究テーマ: 反応化学を基盤とした新奇機能性アンモニウム塩の合成
略歴: 2019年4月〜2022年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2022年3月 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 博士後期過程修了 (伊丹健一郎 教授)
2022年4月~2023年3月 関西学院大学理工学研究科 博士研究員 (村上慧 准教授)
2023年4月~現在 関西学院大学理学部 助教