皆様Chemという雑誌をご存知でしょうか。2016年に発刊された化学ジャーナルで、発刊元はCell Press。そうCNSのCellを発行している出版社です。
Cell Pressは満を持してこの化学ジャーナルをはじめ、2021年のインパクトファクターは25.892と、Nature、Scienceに次ぐインパクトファクターを叩き出しています。つまり化学業界でもCNS(CはChem)と呼べるぐらい、代表的なジャーナルとなっていますが、意外にもそんなに人気は上がっていない気がします。その1つの理由としては、昨今のジャーナル誌の高騰により、国内のほとんどの大学が購読しておらず読むことができないことが挙げられます。
実は代表の研究室も、論文を1つ、ショートレビューを1つ出しており、論文審査のときの丁寧なレビューにかなり評価が高いです。そして、オープンアクセスになっている論文もあり、購読していなくても読めるものもあります。というわけで、最近発表された論文をいくつか本記事で紹介してみたいと思います。
カルボラン触媒が芳香環のハロゲン化反応を加速する?
Kona, C. N.; Oku, R.; Nakamura, S.; Miura, M.; Hirano, K.; Nishii, Y. Aromatic Halogenation Using Carborane Catalyst. Chem 2023. DOI: 10.1016/j.chempr.2023.10.006. (オープンアクセス)
まずは有機化学分野から1つ。大阪大学の、西井先生・平野先生らによる報告です。タイトル通り、カルボラン触媒による芳香族化合物のハロゲン化反応を発見し、それを報告しています。
カルボランは、ホウ素と炭素からなる多面系のクラスターで、熱力学的に安定な化合物であり、その求電子性や立体的に嵩高い特徴を利用して新しい触媒のプラットフォームとして注目されています。
今回は、カルボランをチオメチル基で置換したチオメチルカルボランを合成し、古典的な反応である芳香族ハロゲン化反応に効果的なハロゲン化剤として利用したということです。反応性が高いだけでなく、その立体的な嵩高さを利用して、立体障害の少ない位置、すなわちパラ選択的なハロゲン化も達成しています。また、比較的反応性の低い不飽和アルケンやアルキンとも反応しないのも特徴となっています。
ニトロアレーンの特異な変換法
Sánchez-Bento, R.; Roure, B.; Llaveria, J.; Ruffoni, A.; Leonori, D. A Strategy for Ortho-Phenylenediamine Synthesis via Dearomative-Rearomative Coupling of Nitrobenzenes and Amines. Chem 2023, 9 (12), 3685–3695. DOI: 10.1016/j.chempr.2023.10.008. (オープンアクセス)
もうひとつ有機化学から。ドイツアーヘン大学のLeonori教授等による報告です。光照射下、ニトロアレーンにアミンを作用させると、フェニレンジアミンが得られます。上記の図をみると、ニトロ基が脱離基になってアミンが置換しているようにみえます。ただ、ニトロ基由来のアミノ基がオルト位にあるんですね。ここで、全く違う反応機構じゃないかと気づいた人は正解。Leonori教授は、最近アルキルホスファイト存在下、光照射するだけでニトロ基から一重項ナイトレンを発生できることを報告、この化学を使っていくつかの論文を報告しています。そのシリーズの一つで、ニトロ基から一重項ナイトレンがでるんですね。その一重項ナイトレンとアミンが以下のように反応して、生成物が得られるわけです。
芳香族アジドからはありましたが、ニトロアレーンから反応が進行させることができたのがミソですね。まだまだ単純な条件の組み合わせにも無限の可能性を感じます。
ポリマーの局所配列の違いを認識する配位高分子
Manna, B.; Asami, M.; Hosono, N.; Uemura, T. Decoding Polymer Chains via Gated Inclusion into Flexible Nanoporous Crystals. Chem 2023, 9 (10), 2817–2829. DOI: 10.1016/j.chempr.2023.05.041.
お次は、無機化学、MOF分野から1つ。東京大学の植村先生らによる報告です。関係ないですが研究室のホームページかっこいいですね。
植村研究室で行われている、「ナノ空間でみわける」という研究のひとつで、様々な高分子をMOFの細孔に導入する科学を展開しています。今回の論文ではポリマーの局所配列の違いを認識する配位高分子の例を実証しています。
ポリマーの局所配列の認識は、生物化学分野では極めて重要で、ペプチド鎖やDNA鎖の配列がタンパク質や生物の性質を決定します。合成高分子では、合成方法はかなり研究されていますが、できたポリマーの局所配列を認識することはほとんどやられていません。NMRの観測ではどうしても平均的な情報が主に得られます。植村先生らは、このポリマーの局所配列の認識のためにMIL-88B(Fe)に着目しました。MIL-88Bは2つの特徴があり、第一にMOFの細孔内に配位可能な金属イオンが残っているため、ピリジンなどの配位が可能です。第二に、細孔内に分子が導入されると、細孔が開く性質(ブリージングやゲートオープンと呼ばれる)があるため、ゲスト分子が入ったかどうかを、粉末X線回折を調べることで間接的ながら簡便に評価出来ます。
結果については論文を読んでいただきたいところですが、合成高分子で局所配置(の有無、若しくは割合)を認識し、検出することに成功しています。これはさらに多様な生体若しくは合成高分子の局所配列の認識に利用できると期待されます。
MOFの最近の進展
Wang, W.; Chen, D.; Li, F.; Xiao, X.; Xu, Q. Metal-Organic Framework-Based Materials as Platforms for Energy Applications. Chem 2023. DOI: 10.1016/j.chempr.2023.09.009.
最後は、同じくMOFに関してですが、原著論文でなくミニレビューですね。中国SustechのXu教授らによるレビューです。中国Sustechはいい研究者が揃ってますね。日本もOISTなどありますが、日本も皆が知っているような研究者を集めて新しい大学をつくったら重しいかも知れません。
Chemには端的にまとまっていて見たいレビューがいくつかあります(本学も購読していないのでなかなかみれないですが)。
さて、本レビューの内容です。
エネルギー問題に関する技術は近年重要性を増しています。このレビューではそのようなエネルギー問題に関する用途としてガス貯蔵、電池、スーパーキャパシタ、光/電気化学エネルギー変換などのエネルギー貯蔵・変換用途におけるMOFベース材料の進歩について概観し、MOFの利点をまとめています。最後に現状と課題、そして将来の方向性に関する展望について述べられています。水素吸蔵については、DOEの目標値とYaghiの先駆的な仕事に続いて新材料探索、粉体の構造制御、コンポジット化などの最近の仕事が紹介されています。
例えば、
HER触媒としては、他の貴金属触媒が小さな過電圧で利用できます。それに対抗するためには導電性カーボンなどを単体として用いる必要があります。また最近では金属種を複数用いることで、局所的な電子構造を変調させ、活性を向上・最適化させる研究も行われています。またナノ粒子とのハイブリッド化などの例も紹介されています。
また、水の光分解による水素製造については、本多・藤島の例や森らの例が報告された後、最近の研究例が報告されています。MOF-COF不均一フレームワーク、C60を埋め込んだNU-901などが紹介されています。MIL-125-NH2にMoO3/V2O5を複合化した例では、MOF光触媒のエネルギーバンドのベンド構造が報告されています。これは光電荷分離を行う上で重要な知見です。
最後に、伝導性、安定性、構造の精密制御が実際には大変なこと、費用、複合材料の研究では基礎的な研究がほとんど為されていないこと、前駆体として用いた場合にも詳細な構造解析などが為されていないこと、など、現状の課題が説明されています。
全体としてはMOFの最近の進展をオーバービューし、前向きに紹介しつつ、課題についても明確に語られているため、とくに電気化学を志向する配位高分子の研究者にとって非常に勉強になるレビューであると言えるでしょう。
4つの論文を紹介しました
というわけで、レベルが高いがなかなか読まない、Chemから試しに4つの論文を紹介してみました。
反響が良ければ、Chemに嘆願して定期的に紹介します。ケムステスタッフには様々な分野の研究者がいますので、各分野1つぐらいの注目論文でしたら簡単に紹介できると思います。
いまいちでしたら、この記事だけになるかもしれません(苦笑)。
なお、Cell Pressには論文図表等使用許諾を得て利用しています。ご協力いただきましてありがとうございました。