[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

多環式骨格を華麗に構築!(–)-Zygadenineの不斉全合成

[スポンサーリンク]

(–)-Zygadenineの初の不斉全合成が報告された。ジアステレオ選択的な分子内Diels–Alder反応、続く分子内ラジカル環化による巧みな主骨格の構築と酸化度の調節が本合成の鍵である。

(–)-Zygadenineの全合成

Veratrumアルカロイドは、鎮痛剤や癌抑制剤などに用いられるVeratrum属植物に含まれる天然物群である[1]。構造的特徴として、C-nor-D-homoステロイド骨格(A–D)とピペリジン環(F)から成る多環式骨格をもつ(図1A)。その中でcevanine型に分類されるものは、D–F環が6員環(E)で連結された構造をもつ。生物活性と構造的特徴から多くの合成化学者の標的とされており、verticineや(+)-heilonineが合成されてきた[2]。しかし、高度に酸化されたcevanine類の合成は現在の有機合成化学においても挑戦的である。最近、Storkの長年に渡るgermine (1)の合成研究が報告されたが、あと一歩のところで未完となった[3]。(–)-Zygadenine (2)も高度に酸化されたcevanine型アルカロイドであり、連続する14個の不斉中心をもつため、1と同様に難関天然物として知られる[4]。如何にしてこの複雑な主骨格の構築と酸化度の調節をするかが1の全合成の鍵となる。

今回北京大学のLuo准教授らは、2の初の全合成に向けて、以下の合成戦略を考案した(図1B)。二つのフラグメント3, 4のアミド化と続く立体選択的な分子内Diels–Alder反応を進行させた後、ラジカル環化することで2がもつ炭素主骨格を効率的に構築できると考えた。その後、C17位に導入したヒドロキシ基を足がかりに、立体選択的に酸化することで2を合成できると考えた。

図1. (A) Veratrumアルカロイド (B) (–)-Zygadenineの合成戦略

 

“Enantioselective Total Synthesis of ()-Zygadenine”

Guo, Y.; Lu, J.-T.; Fang, R.; Jiao, Y.; Liu, J.; Luo, T. J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 20202–20207

DOI: 10.1021/jacs.3c08039

論文著者の紹介

研究者:Tuoping Luo (罗佗平)

研究者の経歴:
2001–2005 B.Sc., Peking University, China (Prof. Zhen Yang)
2005–2011 Ph.D., Harvard University, USA (Prof. Stuart L. Schreiber)
2011–2013 Postdoc, H3 Biomedicine Inc., USA (Dr. John Yuan Wang)
2013–2019 Assistant Professor, Peking University, China
2019–    Associate Professor, Peking University, China

研究内容:天然物合成、ケミカルバイオロジー

論文の概要

まず、アミン3を6工程、カルボン酸4を8工程で合成した(図 2)[5]34を混合酸無水物法で縮合した後、昇温すると分子内Diels–Alder反応が進行し5が立体選択的に得られた。Diels–Alder反応における立体選択性について、著者らはDFT計算により望みの5を与える遷移状態が最も活性化エネルギーが低かったと述べている(論文SI参照)。続いて、AIBNとnBu3SnHを用いる分子内ラジカル環化と続くNaBH4によるC11位ケトンの還元をワンポットで進行させ、2の主骨格をもつ6を合成した。その後、6工程でC17位にヒドロキシ基をもつ7へと変換した。

天然物2にC17位ヒドロキシ基はないが、これはD環の立体選択的な酸化とC17位の立体反転の二つの役割を担う。7に対する、C17位ヒドロキシ基を配向基としたΔ15,16-オレフィンの立体選択的エポキシ化と続くTi(III)を用いるエポキシド開裂反応により、C16位の酸化とC14,15位にオレフィンを導入し、ポリオール8を合成した。8の複数のヒドロキシ基を位置選択的に環状アセタール保護し9へ導いた。9にOsO4を作用させることで面選択的なΔ14,15-オレフィンの酸化に成功し、トリオール10を得た。その後、4工程で保護基の調製とC17位の還元と立体反転をし、11を合成した。この後、11工程を経てA環とB環の酸化還元をし、2の全合成を達成した。

図2. (–)-Zygadenineの合成経路

以上、市販化合物から37工程(最長直線工程)で(–)-zygadenineの不斉全合成を達成した。酸化段階の調節には苦労したものの、Veratrumアルカロイドの新規骨格構築法を打ち立てた。

参考文献

  1. Dirks, M. L.; Seale, J. T.; Collins, J. M.; McDougal, O. M. Review: Veratrum Californicum Alkaloids. Molecules 2021, 26, 5934–5953. DOI: 3390/molecules26195934
  2. (a)Kutney, J. P.; Cable, J.; Gladstone, W. A. F.; Hanssen, H. W.; Torupka, E. J.; Warnock, W. D. C. Total Synthesis of Steroidal Derivatives. V. The Total Synthesis of Veratrum Alkaloids. 1. Verarine. J. Am. Chem. Soc. 1968, 90, 5332–5334. DOI: 10.1021/ja01021a083 (b) Kutney, J. P.; Fortes, C. C.; Honda, T.; Murakami, Y.; Preston, A.; Ueda, Y. Synthetic Studies in the Veratrum Alkaloid Series. The Total Synthesis of Verticine. J. Am. Chem. Soc. 1977, 99, 964–966. DOI: 10.1021/ja00445a060 (c) Cassaidy, K. J.; Rawal, V. H. Enantioselective Total Synthesis of (+)-Heilonine. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 16394–16400. DOI: 10.1021/jacs.1c08756 (d) Masamune, T.; Takasugi, M.; Murai, A.; Kobayashi, K. C-Nor-D-Homosteroids and Related Alkaloids. IX. Synthesis of Jervine and Related Alkaloids. J. Am. Chem. Soc. 1967, 89, 4521–4523. DOI: 10.1021/ja00993a048 (e) Johnson, W. Summer.; DeJongh, H. A. P.; Coverdale, C. E.; Scott, J. William.; Burckhardt, Urs. Synthesis of Veratramine. J. Am. Chem. Soc. 1967, 89, 4523–4524. DOI: 10.1021/ja00993a049
  3. Stork, G.; Yamashita, A.; Hanson, R. M.; Phan, L.; Phillips, E.; Dubé, D.; Bos, P. H.; Clark, A. J.; Gough, M.; Greenlee, M. L.; Jiang, Y.; Jones, K.; Kitamura, M.; Leonard, J.; Liu, T.; Parsons, P. J.; Venkatesan, A. M. Synthetic Study toward Total Synthesis of (±)-Germine: Synthesis of (±)-4-Methylenegermine. Org. Lett. 2017, 19, 5150–5153. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b02434
  4. Kupchan, S. M. Zygadenus Alkaloids. VII. On the Structure of Zygadenine. Am. Chem. Soc. 1956, 78, 3546–3547. DOI: 10.1021/ja01595a083
  5. (a) Guo, Y.; Guo, Z.; Lu, J.-T.; Fang, R.; Chen, S.-C.; Luo, T. Total Synthesis of (−)-Batrachotoxinin A: A Local-Desymmetrization Approach. J.  Am. Chem. Soc. 2020, 142, 3675–3679. DOI: 10.1021/jacs.9b12882 (b) Watanabe, Y.; Morozumi, H.; Mutoh, H.; Hagiwara, K.; Inoue, M. Total Synthesis of (−)‐Batrachotoxin Enabled by a Pd/Ag‐Promoted Suzuki–Miyaura Coupling Reaction. Angew. Chem., Int. Ed. 2023, 62, e202309688. DOI: 10.1002/anie.202309688

 

Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. Carl Boschの人生 その6
  2. ヘテロ環、光当てたら、減ってる環
  3. 快適な研究環境を!実験イス試してみた
  4. 有機合成化学協会誌2022年6月号:プラスチック変換・生体分子変…
  5. 有機合成化学協会誌2018年10月号:生物発光・メタル化アミノ酸…
  6. Tattooと化学物質のはなし
  7. 水から電子を取り出す実力派触媒の登場!
  8. 祝ふぐ!新たなtetrodotoxinの全合成

注目情報

ピックアップ記事

  1. 有機合成化学協会誌2018年1月号:光学活性イミダゾリジン含有ピンサー金属錯体・直截カルコゲン化・インジウム触媒・曲面π構造・タンパク質チオエステル合成
  2. 有機強相関電子材料の可逆的な絶縁体-金属転移の誘起に成功
  3. 田辺三菱 国内5番目のDPP-4阻害薬承認見通し
  4. ワンチップ顕微鏡AminoMEを買ってみました
  5. 北エステル化反応 Kita Esterification
  6. 換気しても、室内の化学物質は出ていかないらしい。だからといって、健康被害はまた別の話!
  7. 有機ケイ素化合物から触媒的に発生したフィッシャーカルベン錯体を同定!医薬品に欠かせないβ-ラクタム合成を安全かつ簡便に
  8. ギー・ベルトラン Guy Bertrand
  9. デヴィッド・エヴァンス David A. Evans
  10. 【書籍】合成化学の新潮流を学ぶ:不活性結合・不活性分子の活性化

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP