π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換基を非対称にもつπ共役系配位子の利用で環状構造が実現できた。
サンドイッチ化合物の構造
1951年に発見されたフェロセンは、有機金属化学を拓くにとどまらず、今なお研究者の注目を集め、新規構造の開拓とその応用の両面から研究が続けられている(図1A)(1)。フェロセンのように金属原子がπ共役系配位子に挟まれた構造の化合物は、サンドイッチ化合物と呼ばれる。中でも、サンドイッチ構造が重なったマルチデッカー化合物は、直鎖状に伸びた構造からナノワイヤーへの応用が研究されている(2)。一方、マルチデッカー化合物で環状構造を構築するには、マルチデッカー構造を折り曲げなければならず(金属原子と2つのπ共役系配位子のなす角度が180°以下)、未だ報告がない。
以前著者らは、溶解性と立体保護をねらい嵩高い置換基を非対称にもつCotTIPSを用いてマルチデッカー化合物を合成した(図1B)(3)。その結果、TIPS基同士の立体障害により屈曲した構造のマルチデッカー化合物を得た。彼らはこの屈曲角(∠Ct–Sm–Ct = 160°)が正十八角形の内角に近しいことに着目し、CotTIPSを用いれば環状マルチデッカー化合物が構築できると考えた。実際、今回彼らは[MII(thf)3(cotTIPS)]を調製したのち、結晶化することで十八量体からなる環状構造の構築に成功した。この環状マルチデッカー化合物はシクロセンと命名された。
Synthesis and Properties of Cyclic Sandwich Compounds”
Münzfeld, L.; Gillhuber, S.; Hauser, A.; Lebedkin, S.; Hädinger, P.; Knöfel, N. D.; Zovko, C.; Gamer, M. T.; Weigend, F.; Kappes, M. M.; Roesky, P. W. Nature 2023, 620, 92–96.
論文著者の紹介
研究者: Peter W. Roesky
研究者の経歴:
1992–1994 Ph.D., Technical University of Munich, Germany (Prof. W. A. Herrmann)
1995–1996 Postdoc, Northwestern University, USA (Prof. T. J. Marks)
1996–1999 Habilitation, University of Karlsruhe, Germany (Prof. Dr. D. Fenske)
1999–2001 Privatdozent, University of Karlsruhe, Germany
2001–2008 Professor of Inorganic Chemistry, Free University of Berlin, Germany
2008– Professor of Inorganic Chemistry, University of Karlsruhe (currently Karlsruher Institute for Technology), Germany
研究内容: ランタノイド、金、亜鉛、アルカリ土類金属などの錯体の性質解明と触媒への応用
論文の概要
THF中、SrI2または[MIII2(thf)2] (M = Sm, Eu, Yb)に対して[K2(cotTIPS)]を作用させ、アニオン交換により[MII(thf)3(cotTIPS)]を調製した(図2A)。続いて、toluene/THF混合溶液から結晶化させると、[MII(thf)3(cotTIPS)]からTHFが解離し、シクロセンの結晶が得られた。
X線結晶構造解析の結果、得られたシクロセンは想定どおりに十八量体からなる環状構造であることが明らかとなった(図2B上)。SmシクロセンのSm–cotTIPS間の距離は2.2 Å、環の内径は17 Å、外径は38 Åであった。また、Ct–Sm–Ctの屈曲角は正十八角形の内角(160°)をわずかに上回っており、18個のSm原子は同一平面上に存在していなかった。SrおよびEuのシクロセンもSmシクロセンとほとんど変わらない環状構造を構築している。一方、Ybの場合、Ybに一分子のTHFが配位した環状四量体が構築されていた(図2B下)。Yb–cotTIPS間の二種類の配位結合のうち片方は二つの炭素がYbに配位しており、サンドイッチ構造をとっていなかった。Ybの環状四量体構築に関する考察および一連の化合物の光学特性に関する詳細は論文を参照されたい。
続いて、CotTIPSを用いることで環状構造が構築される理由を調査するためにDFT計算を実施した(図2C)。まず、Smシクロセンの部分構造の屈曲角(∠Ct–Sm–Ct)に対する置換基の効果を調査した。置換基をもたないCotでは屈曲せず、置換基がTMS基の場合でも屈曲角は178°と大きな変化はみられなかった。一方、TIPS基ではおよそ160°まで屈曲したため、TIPS基の嵩高さが屈曲構造の構築に必須であることが明らかとなった。また、シクロセンにおいても屈曲角は部分構造からほとんど変化していないため、大きな歪みなく環状構造が構築できる。次に、環構築の各段階におけるギブス自由エネルギーを算出した。鎖状構造ではモノマーが一つ増えるごとに約140 kJ/molずつ安定化する。その際、CotTIPSが回転すると27 kJ/mol不安定になるため、屈曲方向がそろうように鎖状構造が伸長する。さらに、閉環時の安定化エネルギーが322 kJ/molと大きく、十八量体においては環状構造が有利である。以上の理由から、環構築が円滑に進行することが明らかとなった。
以上、嵩高い置換基を非対称にもつπ共役系配位子の利用により環状マルチデッカー化合物であるシクロセンが合成された。今後、置換基や金属種のさらなる検討によりシクロセンの化学の輪が広がることを期待する。
参考文献
- (a) Kealy, T. J.; Pauson, P. L. A New Type of Organo-Iron Compound. Nature 1951, 168, 1039–1040. DOI: 1038/1681039b0 (b) Fischer, E. O.; Pfab, W. Cyclopentadien-Metallkomplexe, ein Neuer Typ Metallorganischer Verbindungen. Z. Naturforsch., B: Chem. Sci. 1952, 7, 377–379. DOI: 10.1515/znb-1952-0701 (c) Wilkinson, G.; Rosenblum, M.; Whiting, M. C.; Woodward, R. B. The Structure of Iron Bis-cyclopentadienyl. J. Am. Chem. Soc. 1952, 74, 2125–2126. DOI: 10.1021/ja01128a527
- (a) Werner, H.; Salzer, A. Die Synthese Eines Ersten Doppel-Sandwich-Komplexes: Das Dinickeltricyclopentadienyl-Kation. React. Inorg. Met.-Org. Chem. 1972, 2, 239–248. DOI: 10.1080/00945717208069606 (b) Kurikawa, T.; Negishi, Y.; Hayakawa, F.; Nagao, S.; Miyajima, K.; Nakajima, A.; Kaya, K. Multiple-Decker Sandwich Complexes of Lanthanide-1,3,5,7-cyclooctatetraene [Lnn(C8H8)m] (Ln = Ce, Nd, Eu, Ho, and Yb); Localized Ionic Bonding Structure. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 11766–11772. DOI: 10.1021/ja982438t
- Münzfeld, L.; Hauser, A.; Hädinger, P.; Weigend, F.; Roesky, P. W. The Archetypal Homoleptic Lanthanide Quadruple-Decker—Synthesis, Mechanistic Studies, and Quantum Chemical Investigations. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 24493–24499. DOI: 10.1002/anie.202111227