第586回のスポットライトリサーチは、大阪大学 基礎工学研究科 水垣研究室の津田 智広(つだ ともひろ)さんにお願いしました。
本プレスリリースの研究内容は、鉄触媒についてです。本研究グループでは、鉄とリンで構成されるリン化鉄ナノ粒子(Fe2P NC)が、200℃以下の低温領域で、ニトリルの水素化反応に高活性・耐久性を示す触媒として機能することを発見し、またFe2P NCを酸化チタン(TiO2)と複合化して作製した触媒を用いたニトリルの水素化により、ポリマー原料や医薬中間体として重要な様々なアミン類の選択的な合成に成功しました。この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Tomohiro Tsuda, Min Sheng, Hiroya Ishikawa, Seiji Yamazoe, Jun Yamasaki, Motoaki Hirayama, Sho Yamaguchi, Tomoo Mizugaki, Takato Mitsudome*
Nat Commun 14, 5959 (2023)
研究を指導された満留 敬人准教授より津田さんについてコメントを
「どう?鉄触媒やらへん??反応行かんけど」「はい!」これで、津田のテーマは決まった。ステキ!津田はグダグダ言わない。「チャンスをもらったら、まず快諾し、どう達成するかは後で考えろ!」リチャード・ブランソンの言葉を思い出す。津田は「とりあえずなんでもやってみる」のハートの持ち主、きっとそのルーツは、出身である徳島の阿波踊り「同じ阿呆なら踊らにゃ損損」にある実践の精神が体中に沁み込んでいるからだろう。「鉄で反応行きました」と津田から報告を受けた時は、飲んでたコーヒーを噴き出しそうになった。驚くような発見をクールに伝えるのが津田スタイル。学科内マラソン大会の覇者でもある津田は、粘り強さも兼ね備える。鉄リン化物の触媒機能を発見するだけでなく、構造解析や、構造-活性相関の解明までしつこく研究を続けることで、成果を論文にまとめ上げた。このやってみんとわからへんという子供心とコツコツとデータを積み上げ解明していく論理性の共存が彼の真骨頂だと思う。津田には更なる飛躍とボロボロの靴を買い替えることを期待している。頑張れ、津田!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
大気中安定な鉄ナノ粒子触媒を開発し、200 ℃以下の温和な温度領域において液相水素化反応に高い活性を示すことを見出しました。
鉄は遷移金属の中で地殻中に最も豊富に存在し、極めて安価かつ低毒性であることから魅力的な触媒材料です。ハーバー・ボッシュ法のように気相反応のような高温・高水素圧下での水素化反応では鉄触媒は活性を示しますが、化学工業で重要な液相水素化反応のようなより温和な温度領域において、鉄は極めて低活性です。また、従来の鉄触媒は、系中に残存する微量の酸素でも容易に酸化され失活してしまうため、触媒の取り扱いや改良が難しいといった大きな欠点があります。したがって、大気中安定で、液相反応条件下でも高活性な新規鉄触媒の開発が強く望まれていました。
私たちは、鉄とリンで構成されるリン化鉄をナノ化したリン化鉄ナノ粒子 (Fe2P NC)を独自開発し(図1a)、ニトリルの水素化反応に高い活性を示すことを見出しました(図1b)。リン化していない一般的な鉄ナノ粒子触媒(Fe NP/TiO2)は、本反応に活性を示さない一方で、Fe2P NCは本反応を促進しました。また、Fe2P NCは従来の鉄触媒とは異なり、大気に安定で取り扱い易く、触媒の改良を容易に行うことが可能です。この特徴を活かし、Fe2P NCをTiO2と複合化すると、Fe2P NCの水素化能が4倍以上に向上することがわかりました。Fe2P NC/TiO2触媒は温和な条件において、様々な種類のニトリルを水素化し、高選択的に第1級アミンへと変換することができます。また、反応後のFe2P NC/TiO2触媒は遠心分離によって反応溶液から容易に分離でき、活性の低下なく再使用することができました。このように、開発したリン化鉄触媒は、大気安定性、活性、及び耐久性を兼ね備えた水素化触媒となることが明らかになりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
「リン化鉄でニトリルの水素化反応やってみて、遊びで」。本研究の始まりは指導教員である満留先生からの一言でした。当時、研究室の先輩がニトリルの水素化反応を効率的に促進させるコバルト触媒を開発されたところでした。私は、鉄でこの反応を進行させる意義を全く理解しておらず、”先輩がやってた反応やけど遊びやし、まぁやってみるか”ぐらいの感覚でした。一度目の検討で反応が少しだけ進行し、結果を淡々と報告したところ、先生がものすごいリアクションをされたことは鮮明に覚えています。鉄触媒の背景を勉強していくうちに本反応が進行することの凄さや、Fe2P NCの高い大気安定性をもつという面白い特性に驚かされるようになりました。本研究が論文に至るまでに、この瞬間は今でも特に鮮烈な記憶として残っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
論文を初めて投稿してから最終的にアクセプトされるまでのプロセスに特に時間と精神を削られました。満を持して投稿した論文がエディターやレフリーの査読によってズタズタにされる現実と何度も向き合うことになり、かなりショックでした。ジャーナルに掲載されることのハードルの高さ、論文における自身の想いと社会的な受け取られ方には大きなギャップがあることを嫌というほど思い知らされました。
何としても論文を通したいという気持ちから、査読コメントすべてに真摯に対応し、論文の構成やデータの見せ方をとにかく工夫しました。共著者との緻密なディスカッションや無数の原稿の修正を経て、ようやくアクセプトに至りました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
新規で始めたテーマが、ここまで大きな成果につながるとは全く思っていませんでした。今回の貴重な経験をもとに、このような研究を通して得られる喜びを再び感じられるよう新しい研究にチャレンジしていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで記事に目を通していただきありがとうございます。今回本テーマをスポットライトリサーチに取り上げていただくことになり、大変光栄に思っております。本記事が将来的に、より魅力的な触媒材料の開発に少しでも役立つことがあれば嬉しい限りです。
この研究は、共著者をはじめとする本当に多くの方々に支えられながらなんとか形にすることができました。研究者というと、黙々と自らのテーマに没頭するイメージがありましたが、特に私のような未熟者は、周囲の人と関わり合い、時には助け合って問題解決に取り組むことが重要だと感じました。
最後になりましたが、研究を優しく見守ってくださる水垣共雄教授、マイペースな私の尻を叩きながら熱心に指導してくださる満留敬人准教授、研究以外のことでも気さくに相談に乗ってくださる山口渉助教、並びに水垣研究室メンバーの皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。また、貴重な研究紹介の場を提供してくださったChem-Stationスタッフの皆様にも厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:津田 智広 (つだ ともひろ)
所属:大阪大学 基礎工学研究科 水垣研究室 博士後期課程 2年
研究テーマ:大気中安定かつ高活性な鉄触媒の開発とその触媒作用に関する研究
経歴:2020 年 3 月 大阪大学 基礎工学部 化学応用科学科 卒業
2020 年 4 月~現在 大阪大学大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻 在学