[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

リンを光誘起!σ-ホールでクロス求電子剤C–PIIIカップリング反応

[スポンサーリンク]

プニクトゲン結合(PnB)を利用するクロロホスフィンと有機ハロゲン化合物のクロス求電子剤C–PIIIカップリング反応が開発された。クロロホスフィン上のσホールとアルキルアミンの相互作用により形成される電荷移動錯体が光励起され反応が進行する。

クロロホスフィンと有機ハロゲン化合物のクロス求電子剤C–PIIIカップリング反応

三価のリン化合物は、配位子や有機触媒、農薬、材料などの分野で広く利用されることから、効率的な合成法の開発が化学者の関心を集める[1]。近年、二級ホスフィンや金属リン化合物に代わり、比較的安定なクロロホスフィンを出発物質とする合成法が次々に報告された(図1A)[2]。現在までに、ニッケル/亜鉛を用いた触媒反応が主に研究されてきたほか、シランを用いたラジカル反応なども報告されている。

リンを含む15族元素(プニクトゲン; Pn)の特徴として、原子上の電荷分布の偏りによって生じた正電荷領域(σ-ホール)が、電子供与性分子と非共有結合性相互作用を示すことが知られている(プニクトゲン結合; PnB)[3]。PnBを触媒に応用した初の例として、2018年にMatileらは、三価のアンチモン化合物上のσ-ホールとクロロ基のPnBによって、クロロ基の脱離反応を促進させた(図1B)[4]。また、本論文著者であるChenらは以前、ホスホニウム塩とルイス塩基のPnBを利用し、光誘起電子移動/ラジカル付加を経由した2-インドリノンの合成を報告した(図1C)[5]

今回Chenらは、クロロホスフィンとルイス塩基による電荷移動錯体の形成と光照射によりホスフィニルラジカルを生成し、SET/ハロゲン原子移動(XAT)をともなうクロス求電子剤C–PIIIカップリング反応に着手した(図1D)。ニッケル触媒やシランを用いる先述の合成法と比較して、使用する試薬がクロロホスフィンとルイス塩基のみであるという利便性が特徴である。

図1. (A) 現在のクロス求電子剤C–PIIIカップリング反応 (B) 脱離反応へのPnBの利用 (C) PnBを利用したラジカル反応(D) 本研究

 

“Cross-Electrophile C–PIII Coupling of Chlorophosphines with Organic Halides: Photoinduced PIII and Aminoalkyl Radical Generation Enabled by Pnictogen Bonding”

Tu, Y.-L.; Zhang, B.-B.; Qiu, B.-S.; Wang, Z.-X.; Chen, X.-Y. Angew. Chem., Int. Ed. 2023, 62, e202310764

DOI: 10.1002/anie.202310764

 

論文著者の紹介

研究者: Xiang-Yu Chen (陈祥雨)

研究者の経歴:
2005–2009               B.S., Xiangtan University, China
2009–2014               Ph.D., Institute of Chemistry, Chinese Academy of Sciences, China (Prof. Song Ye)
2014–2016               Postdoc, Institute of Chemistry, Chinese Academy of Sciences, China(Prof. Song Ye)
Postdoc, University of Vienna, Austria (Prof. Nuno Maulide)
2016–2020               Postdoc, RWTH Aachen University, Germany
(Prof. Dieter Enders, Prof. Franziska Schoenebeck, and Prof. Magnus Rueping)
2020–                    Associate Professor, University of Chinese Academy of Sciences, China
研究内容: 不斉触媒および有機金属触媒の開発、フリーラジカル化学

論文の概要

Chenらはまず、クロロジフェニルホスフィンの静電ポテンシャル(ESP)を算出し、P上にσ-ホールが存在することを確認した(図2A左)。続いて、クロロジフェニルホスフィンとN,N,N′,N′′,N′′-ペンタメチルジエチレントリアミン(PMDTA)が形成する錯体の構造最適化では、P–N間の距離がファンデルワールス半径より短く、P上のσ-ホールとNの非共有電子対の間でPnB形成が見られた(図2A右)。そのほか、NCI(non-covalent interaction) plotとQTAIM(the quantum theory of atoms in molecules)による計算結果からも、PnB形成が支持された。

本反応では、アセトニトリル中、PMDTA存在下、クロロホスフィン1と有機ハロゲン化合物2に対して青色光を照射すると、クロスカップリング体3(or 3′)が得られた(図2B)。本反応は、アルキル基、アリール基、ピリジル基などを有する2に適用でき、対応する三価のリン化合物3a, 3b, 3′c, 3′dを与えた。また、天然物であるコレステロールから誘導されたアルキルクロリド2eでも反応が進行してリン化合物3eを得た。

機構解明実験に基づき、次の推定反応機構が提唱された(図2C)。まず、PnBによって形成するクロロホスフィン1とPMDTA (4)の電荷移動錯体(CTC)の光誘起電子移動により、ホスフィニルラジカル5とアミノアルキルラジカルカチオン7が生じる。生成した5は二量化してジホスフィン6を与える。一方で、7の脱プロトン化により生じたα-アミノアルキルラジカル8と、有機ハロゲン化合物2のXATにより炭素ラジカル10が生成する。最後に、10とジホスフィン6のSH2反応を経てクロスカップリング体3′を与える。

図2. (A) σ-ホールおよびPnBの計算結果 (B) 基質適用範囲 (C) 推定反応機構

 

 以上、P上のσ-ホールとアルキルアミンのPnBを利用したクロス求電子剤C–PIIIカップリング反応が開発された。σ-ホールの利用が、今後の反応開発における新たな切り口となることが期待される。

参考文献

  1. (a) Guo, H.; Fan, Y. C.; Sun, Z.; Wu, Y.; Kwon, O. Phosphine Organocatalysis. Chem. Rev. 2018, 118, 10049–10293. DOI: 10.1021/acs.chemrev.8b00081(b) Ni, H.; Chan, W.-L.; Lu, Y. Phosphine-Catalyzed Asymmetric Organic Reactions. Chem. Rev. 2018, 118, 9344–9411. DOI: 10.1021/acs.chemrev.8b00261(c) Rojo, P.; Riera, A.; Verdaguer, X. Bulky P-Stereogenic Ligands. A Success Story in Asymmetric Catalysis. Coord. Chem. Rev. 2023, 489, 215192. DOI: 10.1016/j.ccr.2023.215192
  2. (a) Ager, D. J.; East, M. B.; Eisenstadt, A.; Laneman, S. A.Convenient and Direct Preparation of Tertiary Phosphines via Nickel-Catalysed Cross-Coupling Chem. Commun. 1997, 24, 2359–2360. DOI: 10.1039/a705106i (b) Budnikova, Y.; Kargin, Y.; Nédélec, J.-Y.; Périchon, J. Nickel-Catalysed Electrochemical Coupling Between Mono- or Di-chlorophenylphosphines and Aryl or Heteroaryl Halides. J. Organomet. Chem. 1999, 575, 63–66. DOI: 10.1016/S0022-328X(98)00963-2 (c) Le Gall, E.; Troupel, M.; Nédélec, J.-Y. Nickel-Catalyzed Reductive Coupling of Chlorodiphenylphosphine with Aryl Bromides into Functionalized Triarylphosphines. Tetrahedron 2003, 59, 7497–7500. DOI: 10.1016/S0040-4020(03)01180-3 (d) Sato, A.; Yorimitsu, H.; Oshima, K. Radical Phosphination of Organic Halides and Alkyl Imidazole-1-carbothioates. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 4240–4241. DOI: 10.1021/ja058783h (e) Nowrouzi, N.; Keshtgar, S.; Jahromi, E. B. Ligand-free Palladium Catalyzed Phosphorylation of Aryl Iodides. Tetrahedron Lett. 2016, 57, 348–350. DOI: 10.1016/j.tetlet.2015.12.018 (f) Jin, S.; Haug, G. C.; Nguyen, V. T.; Flores-Hansen, C.; Arman, H. D.; Larionov, O. V. Decarboxylative Phosphine Synthesis: Insights into the Catalytic, Autocatalytic, and Inhibitory Roles of Additives and Intermediates. ACS Catal. 2019, 9, 9764–9774. DOI: 10.1021/acscatal.9b03366 (g) Cheng, R.; Li, C.-J. Csp3–PIII Bond Formation via Cross-Coupling of Umpolung Carbonyls with Phosphine Halides Catalyzed by Nickel. Angew. Chem., Int. Ed. 2023, 62, e202301730. DOI: 10.1002/anie.202301730
  3. (a) Scheiner, S. The Pnicogen Bond: Its Relation to Hydrogen, Halogen, and Other Noncovalent Bonds. Acc. Chem. Res. 2013, 46, 280–288. DOI:10.1021/ar3001316 (b) Breugst, M.; Koenig, J. J. σ-Hole Interactions in Catalysis. Eur. J. Org. Chem. 2020, 34, 5473–5487. DOI: 10.1002/ejoc.202000660(c) Mahmudov, K. T.; Gurbanov, A. V.; Aliyeva, V. A.; Resnati, G.; Pombeiro, A. J. Pnictogen Bonding in Coordination Chemistry. Coord. Chem. Rev. 2020,418, 213381. DOI: 10.1016/j.ccr.2020.213381
  4. Benz, S.; Poblador-Bahamonde, A. I.; Low-Ders, N.; Matile, S. Catalysis with Pnictogen, Chalcogen, and Halogen Bonds. Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 5408–5412. DOI: 10.1002/anie.201801452
  5. Liu, Q.; Lu, Y.; Sheng, H.; Zhang, C.-S.; Su, X.-D.; Wang, Z.-X.; Chen, X.-Y.Visible-Light-Induced Selective Photolysis of Phosphonium Iodide Salts for Monofluoromethylations. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 25477–25484. DOI: 10.1002/anie.202111006
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 第39回ケムステVシンポ「AIが拓く材料開発の最前線」を開催しま…
  2. 今年はキログラムに注目だ!
  3. 最も引用された論文
  4. YMC-DispoPackAT 「ケムステを見た!!」 30%O…
  5. 和製マスコミの科学報道へ不平不満が絶えないのはなぜか
  6. アイルランドに行ってきた①
  7. 糖鎖を直接連結し天然物をつくる
  8. 「溶融炭酸塩基の脱プロトン化で有用物質をつくる」スタンフォード大…

注目情報

ピックアップ記事

  1. サイアメントの作ったドラマ「彼岸島」オープニングがすごい!
  2. 水 (water, dihydrogen monoxide)
  3. 研究倫理問題について学んでおこう
  4. 藤田 誠 Makoto Fujita
  5. 発明対価280万円認める 大塚製薬元部長が逆転勝訴
  6. 東大薬小林教授がアメリカ化学会賞を受賞
  7. 反応機構を書いてみよう!~電子の矢印講座・その2~
  8. ストーク エナミン Stork Enamine
  9. あなたはどっち? 絶対立体配置
  10. 周期表の形はこれでいいのか? –上下逆転した周期表が提案される–

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

そこのB2N3、不対電子いらない?

ヘテロ原子のみから成る環(完全ヘテロ原子環)のπ非局在型ラジカル種の合成が達成された。ジボラトリアゾ…

経済産業省ってどんなところ? ~製造産業局・素材産業課・革新素材室における研究開発専門職について~

我が国の化学産業を維持・発展させていくためには、様々なルール作りや投資配分を行政レベルから考え、実施…

第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」を開催します!

こんにちは、Spectol21です! 年末ですが、来年2025年二発目のケムステVシンポ、その名…

ケムステV年末ライブ2024を開催します!

2024年も残り一週間を切りました! 年末といえば、そう、ケムステV年末ライブ2024!! …

世界初の金属反応剤の単離!高いE選択性を示すWeinrebアミド型Horner–Wadsworth–Emmons反応の開発

第636回のスポットライトリサーチは、東京理科大学 理学部第一部(椎名研究室)の村田貴嗣 助教と博士…

2024 CAS Future Leaders Program 参加者インタビュー ~世界中の同世代の化学者たちとかけがえのない繋がりを作りたいと思いませんか?~

CAS Future Leaders プログラムとは、アメリカ化学会 (the American C…

第50回Vシンポ「生物活性分子をデザインする潜在空間分子設計」を開催します!

第50回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!2020年コロナウイルスパンデミッ…

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP