有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。
学会シーズンですね。筆者も先日京都で開かれたIKCOC-15を大いに楽しみました。
今月号は英文特別号です!毎年のことながら非常に豪華な著者陣による論文の大集合ですので、ぜひご覧ください。全てオープンアクセスです。
今回も、会員の方ならばそれぞれの画像をクリックすればJ-STAGEを通してすべてを閲覧することが可能です。
Preface (巻頭言):Enthusiasm, Guiding the Way to Universal Catalysts?
今月号のPreface (巻頭言)は、Max-Planck-Institut für KohlenforschungのProf. Benjamin Listによる巻頭言です。タイトルには?(ハテナ)とありますが、私はピリオド(確信)に感じました。必読です。
Accounts (総説・総合論文)
Rapid Alternating Polarity as a Unique Tool for Synthetic Electrochemistry
川又 優、Phil S.Baran (The Scripps Research Institute)
川又先生、Baran先生らが近年精力的に検討している電極の極性を迅速に変化させる交流電解(rAP)の有用性について、1)イミドカルボニル還元、2)Birch型還元、3)Kolbe反応などの実例をもとに、わかりやすく解説された優れた総説です。本電解手法は、既存の合成試薬/手法では実現困難だった変換を大スケールで実施可能であり、今後、合成戦略の新たな選択肢の一つに加わることが期待されます。
Use of Emerging C–H Functionalization Methods to Implement Strategies for the Divergent Total Syntheses of Bridged Polycyclic Natural Products
千成 恒1,2、Richmond Sarpong1 (1University of California—Berkeley, 2北里大学大村智記念研究所)
架橋多環式テルペノイド群は、その複雑な炭素骨格と多数の酸素官能基を有するため、世界中の合成化学者を今でも魅了し続けています。複雑天然物の全合成において世界的に著名なRichmond Sarpong教授の研究室に約3年半留学された千成恒先生(現・北里大)は、留学中に多数の複雑な架橋天然物を合成されました。本論文はその仕事の集大成を綴ったものです。是非ご一読を。
Development of Homogeneous PNP-Ruthenium Complexes (Ru-MACHO family) for Hydrogenation of Esters and Beyond
皆さんは“Ru-MACHO”という触媒をご存じでしょうか? PNPの三座配位子がRu中心をガッチリとつかみ、“マッチョ”の名に相応しい構造をしていますが、定圧下でエステルの触媒的水素化反応を可能にした新世代の水素化Ru触媒です。本論文では、触媒開発の経緯から機能の向上、水素化反応だけにとどまらない反応開発まで、読み応えのある総合論文となっています。
Divergent Transformation of Carboxylic Acids through Photocatalytic Decarboxylation with Hypervalent Iodine Reagents
榊原陽太1、伊丹健一郎2、村上 慧1 (1関西学院大学理学部、2名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所)
カルボン酸は、遍在する官能基の一つであり、カルボン酸を起点とした多様な合成反応は魅力的である。著者らは超原子価ヨウ素試薬と光触媒作用を基盤にしたカルボン酸の変換反応を開発しており、本総合論文では著者らの反応設計のコンセプトがまとめられている。
Synthesis of Structurally Diverse Polycyclic Arenes Using Tandem Oxidative Ring Expansion Strategy
金鉄男1、寺田眞浩2(1東北大学理学研究科巨大分子解析センター、2東北大学大学院理学研究科)
本総合論文は、東北大学の金先生らが進めているタンデム型1電子移動反応による様々なp拡張縮環骨格の構築について詳細に解説されています。有機エレクトロニクスの発展に伴い、新たな機能性材料の可能性を秘めた多環式アレーンからなるp拡張縮環骨格を有する化合物は近年注目を集めており、その効率的な骨格構築法の確立は喫緊の課題です。様々な環サイズの骨格構築、酸素、硫黄などのヘテロ原子を含む骨格構築など独自の戦略による合成手法を紹介しています。
The Search for Inhibitors of the Ubiquitin-proteasome System from Natural Sources by Cell-based Screening in Reporter-expressing Cells
人羅勇気、塚本佐知子(熊本大学大学院生命科学研究部附属グローバル天然物科学研究センター)
ケミカルバイオロジー研究の原点、ここにあり。人羅先生、塚本先生が執筆された本原稿は、ubiquitin-proteasome systemを対象とした阻害剤探索に関するサイエンスのエッセンスが集約された内容になっています。有機化学を本格的に勉強し始めた学生にも「優しい」内容になっていますので、是非、ご一読ください。
Nitrogen Functionalization with N-(Fluorosulfonyl)carbamates
橋本卓也(千葉大学大学院理学研究院、千葉大学国際高等研究基幹、理研)
単純な有機分子へのアミノ基(-NH2)の導入は重要な分子変換です。様々な窒素官能基導入剤が知られてはいますが,望みのC-N結合形成とアミノ基への容易な変換を同時に実現するのは簡単ではありません。本論文では,この問題を解決する反応剤として著者らが最近開発したN-(フルオロスルホニル)カルバメートの設計と応用が紹介されています。既存の反応剤では難しかった様々なアミノ化反応から,有機合成における試薬デザインの醍醐味が伝わる内容です。
Recent Progress on Metallo-Supramolecular Polymers and the Electrochromic Devices Fabrication
樋口昌芳(物質・材料研究機構)
本論文は、物質・材料研究機構(NIMS)の樋口先生が推進している「メタロ超分子ポリマー」について最近の研究成果をまとめたものです。ポリマーの特徴と基礎的な性質からスタートし、異種イオンの配列制御法、高次構造をもつ超分子ポリマー(ナノシート、ハイパーブランチポリマー)への展開、色調が変化する窓ガラス(スマートウインドウ)の開発まで、ボトムアップ型に記載されています。基礎研究から一気通貫で開発まで至っており、多くの研究者に夢を与えるような一稿だと思います。
Synthetic Element Chemistry based on Precise Designs of Reagents and Transition States
平野圭一1,2、内山真伸1,3(1東京大学大学院薬学系研究科、2金沢大学医薬保健学域、3信州大学先鋭材料研究)
「高配位ホウ素、ケイ素化学の温故知新」
高配位のホウ素やケイ素の反応化学は研究され尽くしているように思われがちですが、今回筆者らは、これらの化学種の新しい反応性を見出し、ホウ素やケイ素上の置換基によってこれを制御できることを実験と量子化学計算のインタープレイによって示しました。特にアルキンのトランス選択的なホウ素化反応やシリル化反応を新たに開発し、遷移金属触媒を用いる関連反応とは相補的な有機ホウ素およびケイ素化合物の合成手法の確立と、機能材料の高効率合成への応用に成功しています。
Novel Estrogen Receptor Inhibitory Mechanism for Halogen-containing Endocrine-disrupting Chemicals Discovered by Computer Simulation
松島綾美(九州大学大学院理学研究院)
ビスフェノールA は、ポリカーボネートやエポキシ樹脂の合成に利用されていますが、その毒性が指摘され、様々な誘導体が代替として利用されています。本総合論文では、主にハロゲン原子を含む次新世代ビスフェノール類のエストロゲン様作用(内分泌かく乱作用)に関する最新の知見がまとめられており、化学製品の開発に関わる研究者にとって必読の内容です。
これまでの紹介記事は有機合成化学協会誌 紹介記事シリーズを参照してください。