bergです。この度は2023年11月8日(水)に早稲田大学 国際会議場にて開催された鳶巣教授のご講演「新反応開発:結合活性化から原子挿入まで」を聴講してきました。この記事では会の模様を簡単に振り返ってみたいと思います。
演題と講師の先生方は以下の通りです。
演者: 鳶巣 守 教授(大阪大学大学院工学系研究科)
題目: 新反応開発:結合活性化から原子挿入まで
場所: 早稲田大学(早稲田キャンパス) 国際会議場 井深大記念ホール
日時: 2023年11月8日(水)15:40-16:40
詳細: https://www.ssocj.jp/event/123symposium-p/
鳶巣教授といえばNiをはじめ、有機金属錯体を用いた反応開発の大御所として著名で、近頃ではカルベン種を駆使した画期的な研究にも取り組まれています。ケムステでも何度も(https://www.chem-station.com/blog/2023/03/scat.html、https://www.chem-station.com/blog/2020/07/yugoka202007.html)ご紹介させていただいていますが、本公演ではご自身の研究の足跡や今後の展望についてご紹介いただきました。
お話のなかでもとりわけ印象深かったのが、アシルシランのC-Si結合への低原子価Pd種の酸化的付加を鍵反応としたカルベン錯体の調製と、続くアルケンへの[2+1]付加環化によるシクロプロパン誘導体の合成反応に関するトピックスでした。アシルシランは比較的安定な有機ケイ素化合物であり、光照射下でのBrook-arrangementを起点としたSchrock型カルベン前駆体などとして合成上有用でありますが、遷移金属種との一般的な反応様式としてはトランスメタル化が支配的であり、酸化的付加は従来起こりえないとされてきました。ところがあるとき鳶巣研究室の学生がPd触媒存在下、一般的には電子豊富なSchrock型カルベンとは反応しないノルボルネンを基質として反応を試みたところ、シクロプロパン化体が得られ、これを契機にPdカルベン錯体の前駆体としての研究に着手したとのことです。このとき鳶巣教授は遷移金属錯体を経由しない既知のカルベン種の付加ではないかと予想されたそうですが、この学生さんはノルボルネンがSchrockカルベンとは反応しないことを示す膨大な文献調査に取り組んだうえ、遮光下での実験をはじめPd種が関与していることを示すためのデータ収集に余念がなかったそうで、周囲の意見を聞きながらも自らの信念に基づいて猪突猛進するバイタリティーの重要性を思い知らされました。学生時代の(今もかもしれませんが)自分の教訓としたい逸話でした。Schrockカルベン種は対応するジアゾ化合物が不安定で単離困難であることから前周期遷移金属のカルボニル錯体への求核負荷など合成法が限られており、アシルシランを経由する本法はきわめて画期的です。くわえてシクロプロパン化体は立体選択性こそ得られないものの求電子剤でトラップすることにより多彩な生成物を与えることから合成上も重要であるとのお話でした。
ほかにもアシルフルオライドを用いた反応開発など、興味深いお話を数多く拝聴することができました。民間企業に就職して以来このような最先端の研究に触れる機会がめっきり減ってしまっていたので、今回の講演会は非常に刺激的で新鮮で、あっという間の一時間でした。最後になりましたが、ご講演くださった鳶巣教授、講演をセッティングしてくださった早稲田大学の山口教授に心よりお礼申し上げます。