第569回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 東・山本研究室の大見 拓也(おおみ たくや)さんにお願いしました。
本プレスリリースの研究内容は、ペロブスカイト太陽電池の材料として有望視される新しい有機-無機ハイブリッド化合物についてです。ペロブスカイト太陽電池は、低コストでフレキシブルな次世代の太陽電池として再生可能エネルギー普及の一端を担うと期待されています。ABX3の組成を持つペロブスカイト構造を持つFAPbI3はペロブスカイト太陽電池の主要な材料として知られていますが、構造の安定化に150℃以上の高温が必要であり、室温では徐々に発電効率の悪い別の構造に変化してしまうため、耐久性の向上が課題とされていました。本研究では、ペロブスカイトFAPbI3よりも低温で結晶化し
この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Takuya Ohmi, Iain W. H. Oswald, James R. Neilson, Nikolaj Roth, Shunta Nishioka, Kazuhiko Maeda, Kotaro Fujii, Masatomo Yashima, Masaki Azuma, Takafumi Yamamoto
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 36, 19759–19767
指導教員の山本 隆文准教授より大見さんについてコメントを
大見拓也君は私が東工大に着任した次の年に大学院生として入学した、私にとっての第一期生の学生の一人です。東工大に着任した直後の4月に、他大学の4年生として何もない研究室に見学に来てくれたことをよく覚えています。まだ着任直後であったにも関わらず、彼のような優秀な学生が(奇特にも?)私のところで有機-無機ハイブリッドの研究で博士進学したいと申し出てくれたことは、幸運としか言いようがありません。大見君の心意気になんとか応えるべく、ここまで二人三脚で研究を進めてきましたが、こうして彼と、彼の進めた研究を多くの人に紹介できることを心から嬉しく思います。私自身は、元々酸化物の研究者であり、有機-無機ハイブリッド化合物の研究を始めたのは研究人生における大きなチャレンジでした。私と大見君のたくさんの思いが詰まった論文ですので、ぜひ多くの方に読んでもらえたらと思っています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
太陽電池材料として期待されている鉛ハライドペロブスカイト化合物に対して、チオシアン酸イオン(SCN−)という分子性のアニオンを導入することで現れる新しい有機-無機ハイブリッド化合物に着目した研究です。
FAPbI3(FA = CH(NH2)2)に代表される有機-無機ハイブリッドペロブスカイト化合物は、次世代の太陽電池材料として近年大きな注目を集めています。私たちは、ペロブスカイトFAPbI3に含まれるヨウ化物イオン(I−)の一部をチオシアン酸イオン(SCN−)で置き換えた新しい化合物の合成に成功しました。単結晶を使った結晶構造の解析により、ペロブスカイト構造の基本骨格を保ったまま、チオシアン酸イオンがペロブスカイト構造に一次元の穴を開け、その穴(欠陥)が周期的に整列した変わった結晶構造であることを発見しました。チオシアン酸イオンを取り込むことで、ペロブスカイト構造にこのような劇的な変化がもたらされることは、驚くべきことでした。
また、この化合物はペロブスカイトFAPbI3よりも低温で結晶化し、乾燥空気中、室温で安定に存在できることがわかりました。私たちは、この特徴的な穴開きの結晶構造が足場として働くことでペロブスカイトFAPbI3を安定化する効果があると考えており、ペロブスカイト太陽電池の安定性を向上させることにつながると期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
思い入れがあるのは、単結晶の合成とX線回折実験です。有機-無機ハイブリッドペロブスカイト化合物の単結晶は通常、有機溶媒を使ったいわゆる溶液法で合成されます。しかし、本化合物は溶液法で合成することができませんでした。私たちは、研究室で培われてきたノウハウを生かし、酸化物の合成でよく用いられる固相法という手法を使って合成することに成功しました。
そして、合成した単結晶の結晶構造を解明するためX線回折実験を行いました。この単結晶は空気中の湿気により分解してしまうため、何度も合成と測定をやり直したことは非常に思い出深いです。コロラド州立大学の研究者の協力を得て何とか結晶構造を突き止めることができたのですが、その構造を初めて見た時は稲妻が走るような衝撃を受けました。未知の謎が明らかになった瞬間の感動は今でも鮮明に記憶に残っており、一生忘れないと思います。このような体験ができたことは研究者としての財産です。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
新しい物質を合成した時、それにどのような性質があって、どのような構造なのかは誰にもわかりません。今回の研究は、そんな暗中模索の状態からのスタートでした。そのうえ、先述のようなイレギュラーな合成手法を用いていることから、手探りで研究を進めている時期が長かったと思います。頭と手を動かし続け、試行錯誤することで少しずつわかる範囲を広げていきました。未知の領域を開拓することは大きなエネルギーを要しますが、好奇心を原動力にして着実に前進することで困難を乗り越えることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
これからも、研究者として未知の物質探索に邁進していきたいと思っています。今回私たちが発見した化合物は、固相反応を使って合成しました。私は現在、カナダのビクトリア大学へ研究留学に来ており、ペロブスカイトの溶液合成のスペシャリストのもとで研究に取り組んでいます。様々な合成アプローチを身に着けて有用な新物質を見つけ出し、科学技術の発展に貢献することが今の私の目標です。発見した材料が社会の役に立つ日を夢見て、日々研究と向き合っていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで目を通していただき、ありがとうございました。このようなインタビューの機会をいただいたこと大変光栄に感じています。
有機-無機ハイブリッドペロブスカイト材料に関する研究開発は現在も世界中で行われており、著しい成長を見せています。素晴らしいポテンシャルを秘めた材料なので、これからもぜひ注目していただけたらと思います。今回取り上げていただいた研究は、今後もさらに発展させていきたいと考えています。
最後になりますが、本研究の遂行にあたり多大なるご指導を賜り、また素晴らしい研究環境を提供していただいた山本隆文准教授、東正樹教授に厚く御礼申し上げます。加えて、共に研究を進めてくださった共著者の皆様に感謝申し上げます。また、このような紹介の機会を与えてくださったChem-Stationのスタッフの皆様に感謝いたします。
研究者の略歴
名前:大見 拓也(おおみ たくや)
所属:東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 東・山本研究室 博士後期課程二年
研究テーマ:新規有機-無機ハイブリッド化合物の合成