2023年のノーベル化学賞は「量子ドットの発見と合成」の業績で、マサチューセッツ工科大学のMoungi G Bawendi氏、コロンビア大学のLouis E. Brus氏、ロシアの研究会社Nanocrystals TechnologyのAleksej I. Ekimov氏の3名に授与されました。
業績やすべての受賞者を当てるまでには至りませんでしたが、ケムステ予想大当たりです!直前に受賞者がリークしたという報道があり(代表が知ったのは15:30ごろ)、本当?と思いましたが、まさかの…そんなことあるんですね。今年は新聞効果のせいかわかりませんが、ほとんどのテレビ局から「日本人が受賞したら出演お願いします!」との連絡がありました。日本人でなくて残念でしたね。
以下、速報として今年のノーベル化学賞の授与対象となった研究と、受賞者の成果を簡単にまとめて紹介します。
量子ドットとは?
教会の窓などで見られる綺麗なステンドグラスは皆さんご存じでしょう。はるか昔の建物に使われていたことからもわかるように、色のついたガラスを作る技術自体は昔からありました。
しかし、この発色の原理が解明され、他の形で我々の生活の中に使われだしてきたのは最近のことでした。その背景にある技術 「量子ドット」が今回のノーベル賞の受賞対象です!
量子ドット (quantum dot) とは、約 10~20 nm 以下の半導体や金属ナノ粒子で、有機小分子や蛍光タンパク質とは異なる光学特性を示す材料です。何が凄いって、その光学特性が単純に粒子サイズで制御できてしまうという点です。
普通の固体材料や分子は、構成要素として何の原子の組み合わせを選ぶか、どのように並べるか、で色や発光の特性が決まります。それゆえ、思ったように光学特性を調節したくなっても(例えばもうちょっとだけ赤くしたい!とか)、原子の相性的に難しかったりします。
ところが、同じ組成の固体でもサイズをナノメートル(10のマイナス9乗、10億分の1メートル)サイズにすると、なんとサイズに応じて色が変わるようになります。これは電子がナノ粒子に閉じ込められることで、取れるエネルギーが離散的になり、光吸収/発光に対応するエネルギー差が結果的に粒子サイズで制御できるためです。大きなサイズになれば閉じ込められた電子のエネルギーが小さくなって低エネルギーの赤色方向に、小さなサイズにすれば電子のエネルギーが大きくなって高エネルギーの青色方向に光学特性を調節できます。この事実は量子化学の考え方が確立された頃、1930年くらいから予測されていたのですが、ナノサイズの粒子を作ることが技術的に難しく、絵に描いた餅状態が50年程度続いていた感じです。今回の受賞は、いわば屏風から虎を出した技術とも言えるかもしれません。
あたかもドットのようなとても小さな粒子に宿る量子性をうまく使った技術ということで、「量子ドット」と呼ばれるようになりました。量子ドットは以下のような発光特性を持つとされます[5]。これらの特徴を活かした代表的な技術が、皆さんの周りにも普及しつつある QLEDテレビに代表される超高画質のモニターですが、その根幹となる発見が本年のノーベル化学賞の対象となりました。
- 超高感度
- 超高精細
- 超長寿命
- 発光色の制御の容易性
- マルチカラーイメージングの可能性
量子ドットの誕生
経験的製法に頼るステンドグラスは、複数の化合物の混合物から作製するものであり、物理化学的な理解はなされていませんでした。受賞者の一人であるEkimovは、1979年にヴァヴィロフ国立光学研究所で働き始め、色ガラスの発色原理の解明に取り組みました。ガラス中に半導体粒子が分散されて色ガラスが発色している事実は当時から知られていました。Ekimovは単一組成のコロイド粒子分散ガラスを作製することで、原理解明に踏み込むというアプローチを取りました。試行錯誤の末、塩化銅を利用したガラスで作製温度を系統的に変化させたとき、吸収スペクトルの系統的な相関があることを見出しました[1]。構造解析も駆使することで、ガラス中の塩化銅粒子サイズを1.7~30 nmの範囲で制御でき、対応する形で吸収スペクトルも変化していることがわかりました。ガラス中に分散されたナノ粒子の“大きさ”によって吸収スペクトルが決まっているという、単純ながら驚きの真実が明らかになったのです。
Ekimovらの研究対象がガラス中のナノ粒子だったのに対し、Brusらはより精密にコントロールできる溶液系に取り組んでいました。Brusがこの分野に足を踏み入れた背景には、先駆者であるHengleinの存在がありました。もともと半導体コロイドの研究を行っていたHengleinは、半導体コロイドが4~12 nm程度に成長するに従って発色変化することを見出しており、粒子サイズと色が相関していることを仮説として既に持っていました。Brusはこの観測結果に興味を持って実験的な検討を進め、溶液中での色とサイズ依存効果を示すとともに、半導体の有効質量と誘電分極から測定された色変化を説明する理論まで構築したのです[2]。なお余談ですが、当時、ガスタンクのレギュレーターを交換しようとして有毒なH2Seガスを大量に吸い込み、病院で一夜を過ごす羽目になったそうです。みなさん、実験に夢中になってもいいですが、くれぐれも安全には気をつけましょう。
Brusらは最初期の論文で、このナノ粒子をして “small, crystalline, CdSe particles”と表現しています。この捉え方が、「量子ドット」という言葉が産み出される下地になったと言えるでしょう。
量子ドットの合成
半導体の合成条件がそろえば勝手に成長する成長を制御し、ナノメートルサイズでの粒子を合成するのは並大抵のことではありません。このあともBrusらをはじめとして多くの研究者が合成法を工夫してきました。凝集を防ぐために逆ミセルを利用したり、ナノ粒子表面を不活性別の層で覆う“コア・シェル粒子”を作製することで安定させたりなど多くの技術が開発されました。しかし、良質のナノ結晶をサイズを揃えて合成することが難しく壁として立ちふさがり、なかなか応用の扉は開きませんでした。
そんな中、Bawendiにより新たな進展がもたらされます。Bawendiは低温の溶液を高温の溶液に急速に打ち込むことで、急激な冷却により初めに細かい結晶核を生成させ、その後に成長させることで非常に良質のナノ粒子をサイズを揃えた形で合成できることを見出しました[3]。多くの化学者が膝を打ったこの方法は“ホット・インジェクション法”と名付けられ、ナノ粒子合成のスタンダードの一つとなっています。
これにより応用可能性が一気に拡がり、今では量子ドット発光体を利用したQLEDディスプレイや、自在に光特性を制御できる特徴を活かしてバイオイメージングや太陽電池の応用まで拡がっています。将来的にはフレキシブル・エレクトロニクス、小型センサー、太陽電池の薄型化、暗号化量子通信など、様々な未来的応用にもつながっていくでしょう。
以上、簡単ではありますが、本年のノーベル化学賞について解説しました。我々の生活を幅広く豊かにしていく技術開発に関わった受賞者を初めとする研究者の方々に敬意を表し、本稿を結びたいと思います。おめでとうございました!
なお、SNSを使った予想企画の当選者に関しては後日ご連絡差し上げます。
※挿絵はノーベル賞財団提供、ノーベル化学賞2023解説資料より引用・改変
参考文献
- Ekimov, A. I.; Onushchenko, A. A. “Quantum size effect in three-dimensional microscopic semiconductor crystals”, JETP Lett, 1981, 34, 345–349.
- Rossetti, R.; Nakhara, S.; Brus, L. E. “Quantum size effects in the redox potentials, resonance Raman spectra, and electronic spectra of CdS crystallites in aqueous solution” J. Chem. Phys. 1983, 79, 1086-1088. DOI: 10.1063/1.445834
- Murray, C. B.; Norris, D. J.; Bawendi, M. G. “Synthesis and characterization of nearly monodisperse CdE ( E = S, Se, Te ) semiconductor nanocrystallites”, J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 8706-8715. DOI: 10.1021/ja00072a025
- “量子ドット”, 湯川博, 馬場嘉信, 再生医療, 2014, 13(2), 168-169.
- Efros, A. L.; Brus, L. E. “Nanocrystal Quantum Dots: From Discovery to Modern Development.” ACS Nano 2021, 15, 6192–6210. doi:10.1021/acsnano.1c01399