第570回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院工学研究院 応用化学部門 高分子化学研究室(佐藤研究室)の江部 陽(えべ みなみ)さんにお願いしました。
佐藤研究室では、分岐構造や環状構造を有する特殊な高分子の合成法や刺激応答性、導電性を有する機能性高分子の開発, 複数の異なるポリマーが化学的に結合したブロック共重合体の合成と相分離挙動の解析,機能性を有する環境低負荷の高分子材料の創製とその応用を行っております。
本プレスリリースの研究内容はリング分子に軸分子が貫通したロタキサンについてです。これまで知られている主なロタキサンはリング分子が比較的小さい分子化合物からできていますが、リング分子が高分子からできた巨大なロタキサンは分子量や構造を制御することで形状を自在に調節でき、様々な用途に応じた機能の発現が期待できます。本研究グループはこれまでに、一分子に複数のリング構造をもった環状高分子(多環状高分子)を簡便かつ精密に合成する手法の確立を行ってきました。この手法を使うことで、リングの数や大きさを自由に設計した多環状高分子を合成することが出来ます。そこでこれらの環状高分子をロタキサンのリング分子に応用し、リング分子と軸分子の両方が高分子となった巨大なロタキサン(マクロロタキサン)の合成を行いました。
この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌、および北海道大学プレスリリースに発表されました。
Minami Ebe, Asuka Soga, Kaiyu Fujiwara, Brian J. Ree, Hironori Marubayashi, Katsumi Hagita, Atsushi Imasaki, Miru Baba, Takuya Yamamoto, Kenji Tajima, Tetsuo Deguchi, Hiroshi Jinnai, Takuya Isono, Toshifumi Satoh
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202304493
研究室を主宰されている佐藤 敏文 教授より江部さんについてコメントを頂戴いたしました!
江部 陽君は修士課程から私の研究室に入り、多環状高分子の合成と機能化に関する研究に取り組んできました。始めから「新しい多環状高分子の合成」という非常に難しいテーマに取り組みましたので、苦戦した時期がありましたが、根気強く研究に取り組んでくれました。今回の研究成果についても、実験誤差を限りなく少なくするため、実験条件の微調整を何度も繰り返してくれました。強い忍耐力とハードワークで素晴らしい成果をあげ、江部君が筆頭著者として作成した高分子同士のロタキサン(マクロロタキサン)に関する論文です。ぜひ多くの皆様に読んでもらえたらと思っています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回プレスリリースを行った論文では、環状高分子の存在下で線状高分子両末端の架橋反応を行うことにより、環状高分子がもつ巨大なリングをロタキサンの形で取り込んだネットワークポリマーが合成できることを報告しました。
環状分子(Wheel)の中に軸分子(Axle)が通り抜けたロタキサンは、軸分子両端のかさ高い構造の存在によって環状分子と軸分子が独立して運動できる構造をもった超分子です。特に、軸分子が高分子となったポリロタキサンは応用研究が盛んに報告されており、注目すべき研究分野です。しかし、これまでに知られている(ポリ)ロタキサンは環状分子=小分子化合物として認識されていました。
一方、今回の報告で命名した「マクロロタキサン」は軸分子だけでなく環状分子も高分子からできた巨大なロタキサンです。マクロロタキサンは、環状高分子と線状高分子を混合した擬ロタキサンの状態で、線状高分子同士を網目状に化学架橋させて合成しました。本報告では、複数のリングをもった多環状高分子を使うとマクロロタキサンが形成されやすいことを実験的に確かめました。これにより、リングの大きさと個数を制御することで構造を自在に調節できるマクロロタキサンの合成に成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本論文最大のポイントはマクロロタキサンをはじめて系統的に合成できた点です。環状高分子をロタキサンの形で取り込むアプローチとして、環状高分子の存在下でネットワークポリマーを合成する手法を取りました。新しいモノを作ったときにありがちですが、マクロロタキサンが実際に合成できたことを実験的にどうやってわかりやすく証明していくかが重要でした。色々と試した結果、蛍光標識分子であるピレンを環状高分子へ導入することで、環状高分子がロタキサンの形でネットワークポリマーに取り込まれていることを確認できました。暗室に籠りながら蛍光を発するサンプルを観察し、このことを確認できたとき、隣にいた磯野先生(当研究室・准教授)と喜び合ったのは今でも印象深い思い出です。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
Q2.にも共通していますが、本論文のカギとなるのは、マクロロタキサンができていることを実験的に証明することです。まず苦労したのは、再現性良くネットワークポリマーを合成する手法の確立です。ネットワークポリマーの根幹である架橋反応がばらついてしまうとマクロロタキサンの形成割合にも影響しかねないので、何か月、何百枚もレシピや作業工程を工夫しました。
次に骨の折れた作業は、ロタキサンの形で取り込まれる環状高分子の割合を定量的に確かめる実験でした。この実験ではネットワークポリマー中からロタキサンになっていない環状高分子を取り除かなければならないので、溶媒で何日も洗い出す必要がありました。そのため、ネットワークポリマーを作り始めてから実験結果がわかるまでに最短でも3週間必要で、作業が地味な割に時間がかかりました。共著者の曽我さんに協力してもらい、根気強く実験を繰り返すことで環状構造とロタキサンとして取り込まれる割合の系統的なデータを得ることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
本論文では、複数のリングをもった多環状高分子を使うことでロタキサンのリングのバリエーションが広がることを報告しました。また、私自身、初めての筆頭著者論文にも関わらずマクロロタキサンという世の中になかったモノを創出する経験を積むことができました。このような機会に恵まれたのも、さまざまな構造の環状高分子を合成するノウハウを築かれた当研究室の佐藤先生、磯野先生、先輩方のもとで研究することができたからであると確信しています。今後は学位取得に向けて研究に邁進していくことはもちろん、このような研究者としての喜びを後輩達に味わってもらえるように、新たな研究の芽を広げていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回、博士課程学生としてスポットライトリサーチで研究を取り上げていただく機会をいただき、またとない貴重な経験であることを光栄に思っています。
先輩から実験を引き継いだ当初は、環状高分子を混合したネットワークポリマーを漠然と合成していただけでしたが、先生方から「環状高分子が本当にロタキサンを作っているのか確かめる必要性がある」と助言いただいたことで、目の前にある高分子材料の素性を知りたい!と思うようになりました。実験がうまく進まず何度も辛いと思いましたが、振り返ると自分の手で失敗した経験がなければ成功に結びつくディスカッションや新しいアイデアは生まれなかったと自信を持って言えます。今後も成功に結びつく失敗を繰り返しながら、泥臭くも立派な研究者になれるよう成長していきたいです。
最後に、本研究の花を咲かせるにあたりご指導いただいた佐藤先生、磯野先生をはじめ、お世話になっている先生方、JST CRESTの共同研究者の皆様、研究室メンバーの皆さんに御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:江部 陽(えべ みなみ)
所属:北海道大学 大学院総合化学院 高分子化学研究室(佐藤研究室) 博士2年
研究テーマ:ネットワークポリマー中におけるマクロロタキサンの合成と高分子材料への応用
略歴:
2020年3月 新潟大学工学部化学システム工学科 卒業
2022年3月 北海道大学大学院総合化学院 修士課程修了
2022年4月~ 同博士後期課程在学中
2023年4月~ 日本学術振興会特別研究員DC2