第573回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院 理学研究科 理学専攻 物質・生命化学領域 有機化学研究室(伊丹研)の石橋 弥泰 (いしばし ひさやす)さんにお願いしました。
伊丹研究室は、カーボンナノリング、ナノグラフェン様分子など、様々な構造を有する芳香族中分子〜高分子の合成を多数報告しています。本プレスリリースの研究内容はカーボンナノリングについてです。本研究グループでは、Active Metal Template (AMT)法という戦略を用いてカテナン構造を形成することで、共有結合を介することなくカーボンナノリングに対し他の大環状分子を簡便に固定化させる「キーホルダー式」手法を開発しました。また、カテナン構造を活かして金属イオンと相互作用させることにより、カーボンナノリングの示すリン光の長寿命化にも成功しました。
この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Hisayasu Ishibashi, Dr. Manuel Rondelli, Hiroki Shudo, Prof. Dr. Takehisa Maekawa, Prof. Dr. Hideto Ito, Prof. Dr. Kiichi Mizukami, Prof. Dr. Nobuo Kimizuka, Prof. Dr. Akiko Yagi, Prof. Dr. Kenichiro Itami
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, e202310613.
DOI:doi.org/10.1002/anie.202310613
本記事のアイキャッチ画像は名古屋大学ITbMの高橋一誠講師により作成されたものです。
指導教員である八木先生と伊丹先生より、石橋さんについてコメントを頂戴いたしました!
伊丹健一郎 先生より
今回の論文の主役である石橋弥泰君は、奈良高専嶋田・亀井研、阪大茶谷研を経て、ドクターコースから私たちの研究室に入ってくれました。茶谷先生からは「聞き取れないぐらい、かぼそい声でしゃべりますが、実験はしっかりとします」とお聞きしていましたが、全くその通りで、難易度の高い合成・測定実験を本当に丁寧に行ってくれました。
今回の研究の発端は5年前に遡ります。2018年に東大農の田野井慶太朗さん、名大ITbMの佐藤綾人君とともにカーボンナノリングCPPのびっくりするような生体関連機能を発見しました。その際、CPPのままだと水に溶けにくい、しかし共有結合的にCPPを修飾してしまうとCPP本来の機能が失われる可能性があるというジレンマに頭を悩ませていました。そのとき、理研CSRSの萩原伸也君(元伊丹研准教授)が、当時研究室の別のチームで合成していたCPPカテナン (Science 2019)のようにしたら目的達成できるのではないかと、合成難易度を全く無視した(笑)提案をしてくれたのがきっかけでした。今回の論文では、合成と九大君塚研との共同で見出した光物性をメインにして、生体関連機能には全く触れていませんが、こちらもいつか披露できる日が来ることを願っています。
話が少し脱線しましたが、今回のCPPカテナンの合成は本当に難しかったです(詳細は石橋君のインタビューに書かれてある通りです)が、石橋君は普通の研究者なら見逃す化合物の生成やその振る舞いを次々と明らかにし、ついにCPPカテナンを意のままに扱えるようになりました。すごいの一言です。今回の論文は石橋君の緻密さがなければ絶対に世に出なかったと断言できます。
決して諦めることなく、緻密に計画をたて、そしてマイペースに研究に打ち込む男、それが石橋君です。そして、決して諦めることなく、緻密に計画をたて、そしてマイペースにPerfumeにのめり込む男、それも石橋君です。私の研究室では毎年忘年会のときに、いろいろな面で頑張った学生をItami Awardとして表彰していますが、シンポジウムでの連続ポスター賞受賞などの圧倒的な研究パフォーマンスに加えてPerfumeに圧倒的な情熱を注ぐ石橋君を讃えて、「Perfumance of the Year」を昨年末おくりました。夢中になるって素晴らしい、好きって素晴らしい、石橋君をみていると本当にそれを感じます。なので、どこかで石橋君を見かけたら、Perfumance石橋と呼んであげてください(笑)。
Perfumance石橋君、今回の論文、本当におめでとう!!益々のPerfumanceを!!!
八木亜樹子 先生より
石橋くんの実験ノートは常に情報量が半端なく、とても詳細かつ美しくまとめられています。密かに日本一なんじゃないかと思っています。かと言って実験数が少ないということは全くなく、茶谷研で培った力を遺憾無く発揮しラボ随一の実験数を誇ります。化学に対して丁寧かつ真摯に取り組む姿勢は素晴らしい上に、今回の論文(ACIE)のfrontispieceに選ばれたカバーアートの作成時にはものすごいこだわりを見せるなど、研究を人に伝えることへの熱意も持ち合わせています。冷静に見えるだけで熱いヤツとはまさに石橋くんのことです。
石橋くんは現在D3で、ラボで過ごすのは残り半年です。この半年間は研究者としてのみならず、人間としても大きく成長する期間だと思います。土壇場を乗り切って、半年後にさらに輝く石橋くんになっていることを心から楽しみにしています。
ちなみに、Perfumeのライブでは人が変わると噂の石橋くんをこの目で確かめることがいまの私の密かな夢です。色々な意味で、私も頑張ります。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
シクロパラフェニレン(CPP)は、ベンゼン環が環状につながった構造をもつ分子です。炭素材料であるカーボンナノチューブの最短部分構造をもち、ユニークな形に由来した特異な電子的・磁気的性質をもつことから、新たな機能性分子として応用展開がなされています。CPPをさまざまな分野で応用するうえで、多くの場合、その用途を実現するための固定化や修飾を行う必要があります。一方で、CPPは歪みをもつ分子であるため、一般的な共有結合を介した化学修飾が難しく、その手法は多段階の化学変換を要するものや、低効率なものに限られていました。また、一般的にはCPPに修飾ユニットを直接連結するため、CPPの構造が変化し、性質を不本意に変化させてしまうという問題がありました。
本研究では、CPPに対しその構造を変化させることなく機能を付与することのできる「CPPカテナン」を合成しました。CPPカテナンは、2,2’-ビピリジン構造をもつ大環状分子(2,2’-ビピリジンマクロサイクル)を配位子として用いたAMT法(Active Metal Template:カテナンを合成する手法の一つ)により合成しました。合成したCPPカテナンにおける[9]CPPの構造は、[9]CPPそのものと同様であり、[9]CPPの光物性がほぼそのまま反映されていることが分かりました。
また、芳香環の変換反応を利用して、2,2’-ビピリジン部位にホウ素官能基やハロゲノ基を導入できることを実証したほか、2,2’-ビピリジン部位で銀イオンに配位することで、これまでにないCPPの金属錯体を合成することに成功しました。合成した[9]CPPカテナンの銀錯体は[9]CPPと同様の波長・形状の吸収・発光スペクトルを示す一方、[9]CPPに比べて極めて長寿命の低温リン光を示すことが分かりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
思い入れがあるのは、[9]CPPカテナンの銀錯体のリン光を測定したことです。元々、錯体を調製したきっかけは、[9]CPPカテナンの単結晶をうまく作れなかったため、結晶性を高めるために検討したことが始まりでした。いくつかの金属種を検討した結果、銀塩を用いた時に錯体の形成を確認し、その単結晶の作成ができました。もちろん、単結晶X線構造解析でカテナンの構造を見ることができた時は非常に嬉しかったのですが、さらに得られるデータがあると思い、その後も銀錯体の光物性や構造特性の調査を続けました。結果、銀錯体は[9]CPPカテナンと比較して蛍光が非常に弱いことが明らかになり、銀錯体は重原子効果により項間交差が起こりやすいのではないかという仮説が立ちました。しかし、当時研究室ではリン光を測定する術をもっていなかったため、九州大学の君塚研究室に訪問させていただき、リン光の測定を行いました。その際に、君塚研究室の方々と議論させていただき、CPPの光物性についてさらに理解を深めることができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
難しかったところは、合成したCPPカテナンの取り扱いと銀錯体の調製です。CPPカテナンは不活性ガス下で遮光保存した場合でも少しずつ2,2’-ビピリジンマクロサイクルが開環し[9]CPPが遊離してしまいます。目安として、1,2ヶ月後には数%程度の分解が確認されています。この原因として、2,2’-ビピリジンマクロサイクルの環サイズが小さいこと、ベンジルエーテル骨格をもつことなどが考えられます。たとえ、遊離した[9]CPPが数%であったとしても、[9]CPPの1H NMRシグナルは一本のシングレットとして観測されるため、非常にはっきりと見えます。したがって、新鮮な状態で使用したい場合は、合成直後すぐに使用するか、使用前に再精製するなどの工夫をしました。
また、銀錯体の調製時にも[9]CPPの遊離が確認されています。この原因は、銀塩がルイス酸として2,2’-ビピリジンマクロサイクルのベンジルエーテル骨格の開裂を促進しているためだと考えられます。したがって作り置きは推奨されないため、NMR測定や吸収・発光測定を行う時は、測定直前に調製するようにしていました。幸い、銀塩の溶液を加えた直後、直ちに錯形成が進行したため、この方法で解決することができました。
今回は、これまでに報告されているカテナン合成法を参考に2,2’-ビピリジンマクロサイクルを使用しましたが、今後は大環状配位子の設計が必要だと考えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は日本のアーティストであるPerfumeが好きです。理由はいくつかあるのですが、そのうちの一つにライゾマティクスが手掛けるPerfumeの近未来的なステージ演出があります。特に2020年に公開された「Imaginary Museum “Time Warp”」は、生放送であったにもかかわらず完璧な仮想空間との融合が実現されており、非常に感動しました。最先端の映像演出を堪能できるのでオススメです(Netflixで見れます)。
話を戻すと、私は何か問題が立ちはだかった時は、ほとんどの場合Perfumeの前向きな姿を見習って取り組んできました。その恩返しとして、私はいつの日か化学を通して、Perfumeをはじめとした多くのアーティストのためになる事ができればいいなと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで読んで頂きありがとうございます。奈良高専に在学していた頃から何度もお世話になったChem-Stationで取り上げていただけることを非常に光栄に思います。この研究は本当に多くの方々に助けられ、改めて人と人の繋がりの大切さを実感しました。もちろん、豊富な知識や経験を身につけることも大事だと思いますが、時には同僚や研究室のメンバーに限らず、他の分野の友人などとの交流も大事だと思います。
最後になりましたが、この研究のきっかけを作ってくださった理化学研究所の萩原先生、分子科学研究所の瀬川先生、合成でお世話になった赤上くん、Manuel博士、X線結晶構造解析でお世話になった周戸くん、リン光の測定でお世話になった九州大学の原田くん、水上先生、君塚先生、いつも活発な議論をさせていただいた前川先生、伊藤先生、八木先生、伊丹先生にこの場をお借りして心より感謝申し上げます。
研究者の略歴
石橋 弥泰 (いしばし ひさやす) 名古屋大学大学院 伊丹研
所属(論文投稿時):名古屋大学大学院 理学研究科 理学専攻 物質・生命化学領域 有機化学研究室
研究テーマ: カテナン形成を鍵とするシクロパラフェニレンの非共有結合的修飾
略歴:
2017年3月 奈良工業高等専門学校物質化学工学科 卒業
2019年3月 奈良工業高等専門学校物質創成工学専攻 修了
2021年3月 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻博士前期課程 修了
2021年4月〜現在 名古屋大学大学院理学研究科理学専攻物質・生命化学領域
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