第567回のスポットライトリサーチは、富山大学大学院 医学薬学教育部薬学専攻 薬化学研究室(井上研究室)の西沖 航平(にしおき こうへい)さんにお願いしました。
井上研では有機化学・分子生物学・物理化学の研究手法を駆使して、生体関連化学および構造有機化学に関連する研究を行っています。本プレスリリースは新奇蛍光プローブの創製と光機能性材料への応用に関する研究成果です。有機蛍光色素は幅広い分野で利用されていますが、有機蛍光色素の多くは水中や固体状態で凝集しやすく、発光効率が低下することが知られています。また、長時間の使用により色素が酸化され、発光特性を失いやすい性質も度々問題になります。そこで本研究グループでは、有機蛍光色素の発光効率、水溶性、安定性を向上させる分子封止法を確立しました。この研究成果は、「Advanced Optical Materials」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Yuki Ohishi*, Kouhei, Nishioki, Yuta, Miyaoka, Keita Serizawa, Souma, Sugawara, Koichiro Hayashi, Daichi Inoue, Munetaka Iwamura, Satoru Yokoyama, Junya Chiba, Masahiko Inouye*
Adv. Optical Mater. 2023, 2301457.
本研究を現場で指揮された大石 雄基助教より西沖さんについてコメントを頂戴いたしました!
本論文で報告した合成法には当研究室では 9年前から着手していましたが、一般性や汎用性を確立するのに難航していました。2019 年から当研究室に加わった西沖君が先輩方の意思を引き継ぎ、パワフルに実験を進めてくれた結果、本成果が見事に完成しました。体育会系の西沖君は井上先生や私が要求する実験を忠実にこなしつつも、自分なりに合成条件や分子の設計の改良を進めてくれました。現在も今回確立した合成法を活かして面白い分子を続々と開発してくれています。今後も西沖君の報告する成果にご期待ください。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回の研究では、蛍光色素を分子レベルで封止した“ロタキサン”と呼ばれる分子を高収率で合成できる汎用的な手法を確立しました。
環状分子の内側に棒状分子が貫通し、棒状分子の末端がストッパーによってキャッピングされた分子群は“ロタキサン”と呼ばれます。私たちの研究室では、色素分子をシクロデキストリン(CD)という環状オリゴ糖の内側に封じ込めたロタキサン型蛍光色素が高い光安定性や優れた CPL 特性を示すことを明らかにしています[1-4]。しかし、ロタキサン型蛍光色素の合成では副生成物が生じてしまう場合が多く、合成収率の低さが課題となっていました。
今回、ククルビット[6]ウリルという環状分子を反応に利用することで、目的のロタキサン型蛍光色素を高収率で合成する手法を確立しました(図2)。本反応では、ロタキサン化に必要な分子が自発的に集合し,遷移金属触媒なしに反応が進行します。
この手法は高い汎用性を備えており、蛍光色素に適した空孔サイズのCDを用いることで、多彩な発光を示すロタキサン型蛍光色素群を構築できました。合成したロタキサン群は水中や固体状態で優れた発光効率を示し(図3)、CDの包接により色素部位の凝集が抑制できていることが確認されました。
さらに、CDが透明な防弾ガラスとして内側の色素部位を外部から保護する役割を果たし、長時間の光照射や求核剤に対する高い安定性を示すこともわかりました。
本研究の成果から、ロタキサン型蛍光色素は有機ELのような固体発光材料から生体イメージングに用いる水溶性色素材料のような医学研究ツールまで幅広い分野での応用が期待できます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
やはり自分たちで作った美しいロタキサン分子に強い思い入れがあります。
今回の研究で私は、赤色のロタキサン合成を担当しました。それまでの先輩方の研究で、青色発光と緑色発光を示すロタキサン分子の合成は達成していましたが、「RGB をそろえたいなぁ」という井上先生の一言から、私は赤色発光を示すロタキサンの合成に挑戦することになりました。新しいロタキサンを合成しては発光色に一喜一憂する日々を送っていましたが、サンプル溶液にUVライトを当てて赤色に光った時は、本当にうれしくて先輩に見せて一緒に盛り上がったのをよく覚えています。自分が作ったロタキサンと先輩と後輩が作ったロタキサンの発光写真を一つにまとめたFigureは何度見ても美しいと感じられて、とても満足しています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
様々な色素分子に適用可能な汎用的な合成条件を見つけるのに一番苦労しました。ロタキサン化反応では、各試薬の当量、試薬の入れる順番、反応温度、反応時間、反応濃度など検討項目がたくさんありました。その一つ一つをすべて試すのももちろん大変でしたが、一旦確立した条件が他の軸分子に適用できなかった時は非常に困りました。ただ、それまでのロタキサン合成の経験から、基質の水溶性の低さが問題になっていそうだと感じていたので、カウンターイオンの交換や反応温度を調節することで何とか乗り切ることができました。日頃から反応系中をよく観察していたことが、課題解決のきっかけになりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
生活をより豊かにしてくれるようなモノを化学の力で生み出したいと思っています。化学の魅力は、まだこの世にないものを自分で作れることだと思います。私たちの生活がより豊かになるような優れた機能を持った分子を作ることができたらいいなと思います。また、自分が感じている化学の魅力を誰かに伝えられたらいいなとも思っています。自分は研究室に配属されてから周りの先輩たちの影響で化学への興味がより強まったので、後輩や一般の方々にも化学の面白さを広められるようになりたいなと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回報告した研究は何年も前に卒業された先輩方から続いていた研究です。多くの人の力を借りて論文として形にすることができました。共著者として一緒に論文作成に携わっていただいた皆さんはもちろん、一緒に研究生活を送ってきた先輩、後輩、家族のおかげだと思っています。本当にありがとうございます。これからもたくさん面白く美しい分子を報告していけるようにがんばりたいと思います。
私が井上先生から学んだ教えの一つに「発表は相手に伝わらないと何の意味もない」というのがあります。研究に限ったことではなく、何事においても相手に何かを伝えることで、自分のやってきたことにさらなる価値が生まれると思います。私たちの研究をより多くの人に伝えられる素晴らしい機会を提供してくださったケムステ関係者の皆様には心より感謝申し上げます。
参考文献
[1] Inouye, M.; Yoshizawa, A.; Shibata, M.; Yonenaga, Y.; Fujimoto, K.; Sakata, T.; Matsumoto, S.; Shiro, M. Org. Lett., 2016, 18, 1960-1963. DOI: 10.1021/acs.orglett.6b00420 [2] Yoshizawa, A.; Inouye, M. ChemPhotoChem, 2018, 2, 353-356. DOI: 10.1002/cptc.201700223 [3] Inouye, M.; Hayashi, K.; Yonenaga, Y.; Itou, T.; Fujimoto, K.; Uchida, T.; Iwamura, M.; Nozaki, K. Angew. Chem., Int. Ed., 2014, 53, 14392-14396. DOI: 10.1002/anie.201408193 [4] Hayashi, K.; Miyaoka, Y.; Ohishi, Y.; Uchida, T.; Iwamura, M.; Nozaki, K.; Inouye, M. Chem. Eur. J., 2018, 24, 14613-14616. DOI: 10.1002/chem.201803215研究者の略歴
西沖航平(にしおき こうへい)
富山大学大学院 医学薬学教育部薬学専攻2年 薬化学研究室(井上研究室)
研究テーマ:多彩な発光を示すロタキサン型蛍光色素の開発
経歴
2022年 富山大学薬学部薬学科 卒業
2022年-現在 富山大学大学院 医学薬学教育部 博士課程薬学専攻 所属
2022年-現在 富山大学SPRINGスカラシップ研究学生