第566回のスポットライトリサーチは、京都大学化学研究所 物質創成化学研究系 有機元素化学領域 (山田研究室)の西野 龍平(にしの りょうへい)博士にお願いしました。
山田研では、有機化学を基盤に様々な新規有機材料の合成と機能開拓に取り組んでいます。本プレスリリースは、典型元素化学による新規物質の開発についての研究成果です。本研究では、フェニルアニオンのアニオン炭素をゲルマニウムに置き換えた「ゲルマベンゼニルアニオン」の反応性を活用することで、種々の分子に単原子ゲルマニウムを導入可能であることを明らかにしました。この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Ryohei Nishino, Norihiro Tokitoh, Ryuto Sasayama, Rory Waterman, and Yoshiyuki Mizuhata
Nat Commun 14, 4519 (2023)
本研究を現場で指揮された水畑 吉行准教授より西野博士についてコメントを頂戴いたしました!
西野さんは私がこれまでに出会った中で、最も「手が早い」研究者です。我々の取り扱う化合物は、その合成に多段階を要し、また分解しやすいものが多いのですが、「あんな基質でこんなことしたいね」と言った数日後には結果が見えてきます。しかしそれも普段のストイックに研究に取り組む姿勢を見れば納得です。その一方で、決して独りよがりにならず、学生、研究室の状況に(私よりも)気を配ってくれています。大変心強い仲間です。
西野さんはコンピューター工学、計算化学にも長けていて、それらを活用しながら多面的な視点で反応・化合物を見ることができます。「人の力」と「AIの力」、それぞれの良さを活かした新たなサイエンスを展開してくれると期待しています。今後のさらなるご活躍を心から応援しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
フェニルアニオンのアニオン炭素をゲルマニウムに置き換えたゲルマベンゼニルアニオンを用いて、「ゲルマニウム単原子」を他の分子に導入できることを示しました。
単原子は分子の最も基本的な構成単位であり、合成化学的に大きなポテンシャルを持っています。特に、骨格形成反応に乏しい(炭素以外の)典型元素化合物においては特に有効と考えられます。近年いくつかの単原子輸送反応が報告されていますが、あくまでもターゲット化合物の反応性の検討として、数種類の有機小分子との反応が行われたのみにとどまっていました。
我々は、フェニルアニオンのゲルマニウム類縁体であるゲルマベンゼニルアニオン(Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 4588.)の研究を進めています。その過程で、臭素置換のケイ素およびゲルマニウム間二重結合化合物との反応により、ベンゼン環内のゲルマニウムが二重結合化合物由来の元素に置き換わるという新奇な反応性に加え、脱離したGe原子が反応系中の別の基質と反応し、ゲルマニウムクラスター化合物を与えることを見いだしました。そして、反応の条件を変えることによる2種類のゲルマニウムクラスター化合物の作り分けだけでなく、中間体のN-へテロ環状カルベン錯体の活用によって、外部の基質に対してもGe原子を渡すことができることを明らかにしました。
得られたゲルマニウムクラスター化合物は、いずれも置換基を持たない”naked”なゲルマニウムを有しています。このような不飽和ゲルマニウムクラスター化合物は、構造や結合状態に関心が持たれているものの、狙って合成することがとても難しい化合物です。現在は、汎用性が高く単離可能なゲルマニウム輸送試剤の開発に着手しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
工夫という程ではありませんが、とにかくできた化合物の単結晶をとってくる、という姿勢が今回の結果に繋がったかと思います。一般的に有機化合物の構造を明らかにするには1H NMRや13C NMRが効果的ですが、今回のようなゲルマニウムクラスター化合物についてはNMRで構造決定することは非常に困難です。そのため、分子の構造を直接決定できるX線結晶構造解析が反応の様子を明らかにする上で強力でした。私が研究を担当した当初は、反応でゲルマベンゼンができていそうだねという事が分かっていた程度だったのですが、反応混合物を再結晶してX線結晶構造解析を行うと、奇妙な構造のGe/C混合クラスターができていることが判明しました。ここからゲルマニウム原子の輸送が起こっていそうだという発想に至りました。他にもX線結晶構造解析によってはじめて明らかになった構造が多くあり、単結晶なしにはまとめ上げることが出来なかったと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
Q2とも関連しますが、一つは単結晶の作製です。化合物ごとに結晶化の癖があり、微妙な蓋の締め具合の違いで単結晶が得られる/得られないということもありました。感覚的なもので表現し難いのですが、その癖に基づいて結晶化条件を調整することで単結晶が得られました。
もう一つは反応機構の提案についてです。計算化学的なアプローチから、大体この経路で行っていそうだということまではすぐにわかったのですが、その裏取りをすることに苦労しました。ここでも、(とにかく)NMRで見えているすべてのシグナルを帰属するということが役に立ったと思います。生成物がわかったので、そこからコントロール実験や追加の計算を水畑先生と相談しながら計画しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今の研究室で研究をさせて頂くにつれ、経験の獲得と共に視野が広がり、いつしか忘れてしまった自分らしさや化学を学んだ理由を見つめながら過ごすことができるようになりました。まだ化学に関わっていたいな、という気持ちで日々過ごしています。どのような形かは分かりませんが、日本から世界に向けて新しい化学をどんどん発信していくことができるような一員になりたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
この研究は頭脳派というよりも気合いで乗り切った面が大きいかと思います。王道なやり方ではないかもしれませんね。
こういうやり方が多いといった傾向はありますが、研究室のメンバーを見ても、色々な人がいます。色々なやり方があることで刺激的で楽しく、さらには新しい視点や発見が得られることもありました。組織のカラー、そして皆の自分らしさを共存させながら研究を進めていけるといいですね。
このような私を拾い、置いて下さっている水畑吉行先生、時任宣博先生、山田容子先生には深く感謝しています。期限的なものもあるのですが、ご恩を成果で報いることが出来れば、と思い日々研究に取り組んでいます。
研究者の略歴
京都大学化学研究所 物質創成化学研究系 有機元素化学領域 (山田研究室)
特定研究員
研究テーマ: 単原子輸送反応・試剤の開発
略歴
2019年 立教大学理学研究科化学専攻 博士課程前期課程 修了
2022年 立教大学理学研究科化学専攻 博士課程後期課程 修了