第568回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 稲木研究室に在籍されていた白倉 智基 (しろくら ともき)さんにお願いしました。
稲木研究室では、有機化合物や高分子材料のレドックス(酸化還元)化学、特に電極電子移動を鍵ステップとした有機合成法(有機電解合成)を基盤として有用な機能分子・高分子の創製を行っています。
本プレスリリースの研究内容は、共有結合性有機構造体(COF)の合成方法についてです。本研究グループでは常温・常圧の温和な条件で電気化学的に酸を発生させ、この電解発生酸(Electrogenerated Acid: EGA)を触媒としてモノマーの縮合反応を行うことにより、多孔質有機材料の合成と、電極上での薄膜化を一段階で達成しました。この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Tomoki Shirokura, Tomoki Hirohata, Kosuke Sato, Elena Villani, Kazuyasu Sekiya, Yu-An Chien, Tomoyuki Kurioka, Ryoyu Hifumi, Yoshiyuki Hattori, Masato Sone, Ikuyoshi Tomita, Shinsuke Inagi
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, e202307343
研究室を主宰されている稲木 信介教授より、白倉さんについてコメントを頂戴いたしました!
今回の白倉君の研究成果は、いわゆる電解発生酸を触媒としてCOFを合成し、同時に電極上への析出(固定化)に成功したことです。研究室の新規テーマでありながら、修士課程の2年間で手法を確立し、優れた成果を出してくれました。白倉君の能力と言えばそれまでですが、白倉君の研究に対する姿勢を思い返すと、必然であったとも言えます。
①とにかく対応が早い:アドバイスを受けたらすぐに実践し、密に情報共有してくれました(一日に何往復もする日も・・)。
②測定・データ収集に貪欲:多角的に説得力のあるデータを収集するため、学外での測定依頼含め妥協せず追求しました(多くの先生方にお世話になりました)。
③ディスカッション大好き:M2の秋に学会が対面で開催されるようになった時のこと、「対面の学会発表ってめちゃ楽しいですね!」と目を輝かせていたのが印象的です(学会での受賞多数)。
などなど、わかってはいるけどなかなか実践できないこともありますね。以下のインタビューを見るとやはり苦悩もあったようですが、うまくモチベーションを保ちストイックに打ち込んでいたようです(私にとっては楽しく印象的な2年間でした)。企業でもスケールの大きい仕事をしてくれるでしょう。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
共有結合性有機構造体(COF)に関して、電気化学反応による新規合成手法を開発し、電極上に薄膜として得ることに成功しました。COFは、ゼオライトやメソポーラスシリカ、金属有機構造体(MOF)に次いで開発された比較的新しい多孔質材料であり、特有の物性や材料設計の自由度の高さからガスの吸着・分離材料や触媒、電極材料などへの応用が期待されています。
稲木研究室では電気をトリガーとした有機/高分子反応を得意としています。本研究では、電解発生酸(EGA)として機能する分子を電解酸化することで電極近傍の酸性度を局所的に制御し、COFの合成反応に繋げることを着想しました(図1)。既存のCOFの合成法では、高温高圧下での合成法や酸触媒を用いる手法が一般的ですが、生成したCOFが不溶・不融なバルク状粉末として得られるため、成型/加工が難しいという課題がありました。本手法では、COFの合成に電解反応を応用し、常温・常圧の温和な条件下にて電極近傍に電解発生酸を作り出し、その後の縮合反応にて形成したCOFが電極上に析出することで、薄膜状の多孔質材料を一段階で得ることに成功しました。さらに、合成に使用するモノマー分子の種類を変更することにより、様々な骨格のCOFを合成できることも明らかになり、拡張性にも優れることが分かりました。
このように、電極上へのCOFの直接固定化を実現した本手法は、電極材料やセンシング材料等のデバイスに応用する際のプロセス技術として有望であると期待できます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
電極表面で反応が進行する様子を可視化することです。本研究は、”電極近傍で発生した電解発生酸をCOFの合成に利用する”という新たな合成方法を提案するものであり、電解発生酸が電極表面で局所的に酸として機能することを示す必要がありました。酸の発生を示す手法に関して文献調査を行いましたが、試薬の溶媒への溶解性や電位をかけることを考慮すると、本系に適用できる手法はありませんでした。研究を進めるためにも、”身の回りにあるものは全て試してみよう!”という精神から、研究室にあったpH指示薬やpH試験紙を用いてトライしました。種々の検討の結果、本系にも利用できることが分かり、酸として機能する様子を可視化することに成功しました(図2)。進め方に行き詰まった際には、身近な場所から一度見つめ直してみることも有効であると実感しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
合成条件の選定とCOFの固体測定です。電解反応は制御可能なパラメータがとても多く、設計の自由度が高いことが魅力ですが、一方で研究者が翻弄されやすくもあります。実際、論文付帯のSupporting Informationにあるように、本系でも数多くの条件について検討を行いました。僅かな変化も見逃さぬよう反応中は常にそばで観察し、無数に増える実験結果に対しては、すぐに過去の結果・状況を参照できるように、全てのデータと実験風景の写真を合わせてインデックスを作って管理していました。
固体測定に関しては、高度な技術を有する多くの方々に協力いただきました。協力先は先生方に紹介していただいたり、HPから調べて連絡させていただいたり、中にはアルバイト先の後輩だったり、、、。あらゆる縁から活発なディスカッションを交わすことができ、合成したCOFを適正に評価することができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在は、完成品メーカーにて電池材料の研究開発に取り組んでいます。完成品メーカーで研究開発することを選んだ背景には、大学時代に出会った多くの研究、研究者が影響しています。学内での研究や学会、国際論文を読むことを通して、世界を大きく変える可能性を秘めた技術が各所で研究されていることを知り、これらを見つけ、実用化に導くことのできる技術者になりたいと考えたからです。アンテナを高く持ち、真摯に研究開発に取り組むことで、化学の力を用いて世界中に幸せを生み出していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただきありがとうございました。本成果を得るまでには数多くの失敗を重ねました。失敗続きのハードな日々もありましたが、そんな時は研究室のメンバーと喋ることをモチベーションに毎日大学に通いました。研究室のメンバーと多くの時間を過ごす中で、何気ない会話やメンバーの実験風景を観察することから新たに気づくことも多く、本研究を進めるにあたっても大きな力となりました。研究は一人で黙々と進めるイメージがあるかもしれませんが、多くの人に支えられ、また気づかせていただきながら進んでいくのだと身をもって感じました。
COFの研究はまだまだ発展途上の段階にあり、今後のさらなる展開や実用化に本研究が貢献できれば幸いです。もしこの記事を見て興味を持たれた方がいましたら、ぜひ論文もご覧になってください。
最後になりますが、稲木先生をはじめとした多くの先生方やスタッフの方、研究室のメンバーや周囲の沢山の方々に支えていただきました。この場を借りて感謝申し上げます。そして、このような貴重な機会を提供していただいたChem-Stationスタッフの皆さんに感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:白倉 智基 (しろくら ともき)
所属(当時):東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 稲木研究室
略歴:
2021年3月 信州大学 繊維学部 化学・材料学科 卒業
2023年3月 東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 修士課程修了