第563回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科応用化学専攻 藤田研究室の恒川 英介(つねかわ えいすけ)さんにお願いしました。
本プレスリリースの研究内容は、ペプチドによる立体ジッパー構造の人工構築についてです。本研究グループでは、短いペプチド配列と金属イオンを混ぜることで、金属の自己組織化による精密な「立体ジッパー」構造の人工的な合成を行い、アミロイド線維のように平行型βシート2枚が面と面で密に噛み合う「立体ジッパー」の分子構造を高分解能で観測することに成功しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Eisuke Tsunekawa, Yusuke Otsubo, Yusuke Yamada, Akihito Ikeda, Naruhiko Adachi, Masato Kawasaki, Akira Takasu, Shinji Aramaki, Toshiya Senda, Sota Sato, Satoshi Yoshida, Makoto Fujita,* and Tomohisa Sawada*
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 29, 16160–16165
恒川さんの指導教員で、現在は東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 吉沢・澤田研究室を主宰されている澤田 知久准教授よりコメントを頂戴いたしました!
恒川君は、学部4年の研究室配属時から、ペプチドβシート構造の自己組織化に関する研究に取り組んできました。所属の藤田研究室では、結晶構造解析への情熱に溢れており、どんな新構造も結晶構造によって明らかにされてきましたが、本研究のβシート構造にはかなり苦戦してきました。激しいゲル化や、髪の毛のような細さの針状結晶との格闘を、持ち前の知力、行動力、そして明るさによって恒川君が突破してくれました。βシート2枚の面と面の密な会合の様子を今回論文にまとめることができましたので、皆様ぜひ一度ご覧ください。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
短いペプチド配位子と金属の自己組織化を用いて、平行βシート構造からなる「立体ジッパー」構造を精密に構築することに成功しました。
アルツハイマー病の原因物質とされているアミロイド線維は、ペプチドの作り出す平行βシートの面と面を分子レベルで精密に張り合わせた「立体ジッパー」構造を生体内で形成し、強靭な線維となると考えられています (Nature 2005, 435, 773)。しかし、βシート性のペプチドは無秩序に凝集しようとするため、分子制御が難しく、これまでこうしたジッパー構造を人工的に作ることは困難でした。
本研究では短いペプチドと金属を混合する「フォールディング集合法」 (Chem 2020, 6, 1861.) を利用しました。短いペプチドを用いることで凝集を抑えつつ、金属との自己組織化を用いて会合の方向性をより明確にさせることで、ペプチドを平行βシートからなるナノチューブ構造へ誘起することを可能にしました。その結果、ナノチューブ間に、立体ジッパー構造を精密に構築することに成功しました。この手法を用いるとジッパーを形成するアミノ酸側鎖を自在に変えることができ(論文では計9種類のジッパー構造を示しました。)、向かい合ったβシート間に働く、さまざまな側鎖の「噛み合い型」や「接触型」のジッパー構造のX線観察も実現しました。
本成果で得られたさまざまな様式の立体ジッパー構造をもとに、アミロイド線維などの生体構造について理解を深めるとともに、新たなペプチド性材料の創製に向けた応用が期待できると考えています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
このテーマはB4で研究室配属された当初から取り組んできた思い入れのあるテーマです。テーマのもととなる結晶構造は卒業生の方が残していってくださったものだったのですが、この構造のどこに着目してテーマを広げていくべきか、という点で悩んでいました。当研究室の得意分野でもある、ホスト–ゲスト化学への展開を模索しているうちに、ナノチューブ構造の内部空間ではなく、構造外部のパッキングの仕方(立体ジッパーの部分)に注目していくのもよいのではないかと考えました。結果として多くのジッパー構造の構造解析に成功し、系統的な議論が論文中でできるようになったと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
結晶化とそのX線構造解析です(このテーマにおいてはこれらの作業がウェイトのほとんどを占めていますが)。
本論文で扱った4、5残基程度の短いペプチドでも、錯形成や結晶化の条件パラメーターの一つの違いでゲルへと凝集してしまい、X線観察が困難になります。また、結晶化できたとしても数μm幅の細い針状結晶になり、十分な強度のX線回折データが得られないことがしばしばありました。
SPring-8の放射光設備やKEKのMicroEDチームといった様々な技術や専門家のご協力のもと、何度も測定のトライを重ねることで、多くの結晶構造を見出すことができました。また、研究室のメンバーとの日頃の議論や雑談も励みになったと感じていて、とても感謝しています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
どういった形かはまだ決めかねていますが、「モノづくり」に携わっていきたいです。
私は、自分しか作ったことのない「マイ分子」を設計し、構築できることが、今自分が携わっている自己組織化の科学の醍醐味であると考えています。新しい構造ができる時やそれをX線で確認する時のワクワク感を忘れずに、これからもユニークなモノづくりに興じていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。学会や道端などで見かけたら声をかけてもらえると嬉しいです。
こうしてChem-Stationで自身の研究を紹介できたり、また、最近では国際学会で研究に対するリアクションがもらえたりと、研究を通じて様々な方と対話できるのが新鮮で、貴重な経験ができていると感じています。今回、研究紹介の機会をくださったChem-Stationのスタッフの皆様、ありがとうございました。
最後になりますが、本研究を進めるにあたりご指導賜りました藤田 誠卓越教授、澤田知久准教授(現東工大)を始めとした藤田研究室のメンバーの皆様、さらに測定でお世話になりました山田悠介研究機関講師を始めとするKEKのMicroEDチームの皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前: 恒川英介(つねかわ えいすけ)
所属: 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 藤田研究室
研究テーマ: 配位結合を用いたβシート性ペプチドナノ構造の精密構築
略歴:
2020年3月 東京大学工学部応用化学科卒
2022年3月 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻修士課程修了
2022年4月 同博士課程進学
2022年4月より日本学術振興会特別研究員(DC1)