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スポットライトリサーチ

難分解性高分子を分解する画期的アプローチ:側鎖のC-H結合を活性化して主鎖のC-C結合を切る

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第561回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 工学研究科高分子化学専攻 大内研究室に在籍されていた木村太知(きむらたいち)さんにお願いしました。

大内研究室では、高分子の構造を精密に制御する手法の開拓と、構造が精密に制御された「精密高分子」を通じた高分子性の追求を目指して研究を行っています。また、構造制御に基づく新しい高分子材料の開発にも取り組んでいます。

本プレスリリースの研究内容は、ポリマーの分解反応についてです。ビニルポリマーは安定である反面,分解させるのが難しい「難分解性高分子」であり、環境中に廃棄された高分子が分解されずに蓄積し,環境を汚染する問題を抱えています。そのため安定性を維持しながら,使用後に特定の刺激で分解できるような「安定性と分解性を両立する高分子材料」の開発が学術的にも工業的にも求められています。そこで本研究グループでは、アクリルポリマーに対し,共重合によって少量のビニルエーテルを導入し,光(UV)照射による水素原子移動反応(HAT 反応)を行うと,主鎖の炭素-炭素結合の切断を伴ってポリマーが分解することを見出しました。

この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Photocatalyzed Hydrogen Atom Transfer Degradation of Vinyl Polymers: Cleavage of a Backbone C−C Bond Triggered by Radical Activation of a C−H Bond in a Pendant

Taichi Kimura, Makoto Ouchi

Angew. Chem. Int. Ed. 202362, e202305252.

DOI: doi.org/10.1002/anie.202305252

研究室を主宰されている大内 誠教授より木村さんについてコメントを頂戴いたしました!

木村太知さんは私とディスカッションするときはいつもたくさんメモをとっている姿が印象的でした。おそらくメモした内容を見直して次の実験計画をたてていたと思います。一方で,自分の信念もしっかりもっていて,決して私の言いなりに実験するのではなく,自分の主張を組み込んだ実験をしていましたね。今回の研究成果についても,結果が出る前はむしろ私がネガティブな発言をしていたと記憶していますが,木村さんは「こうすれば分解できる」という強い信念を貫いて波及効果のある良い成果をあげたと思います。本研究で側鎖のC-H結合を活性化して主鎖のC-C結合を切断できることを示せたので,このアプローチをさらに発展させて,昨今のプラスチック環境問題の解決にもっと貢献できる研究に取り組んでいければと思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

少量のビニルエーテルを共重合させたポリ(メタ)アクリレートが、水素原子移動反応(HAT反応)によって分解することを見出しました。私達の研究室ではこれまでに炭素―塩素結合や炭素―ホウ素結合の活性化を分解のトリガーとして用いたビニルポリマーのトリガー分解を報告してきました。しかし、これらトリガーとなる結合は特殊なものであることから、よりありふれた結合を用いることはできないかと考え、水素原子移動(HAT)反応に着目し、トリガー結合として炭素―水素(C-H)結合を検討しました。その結果、HAT反応にアクティブな酸素隣接C-H結合を側鎖に有するビニルエーテルをコモノマーとして少量導入したポリ(メタ)アクリレートがHAT反応条件下で分解することを見出しました。反応生成物の構造解析や、溶媒やビニルエーテル構造等が分解に与える影響を調べ、ビニルエーテルの側鎖で生成したラジカル種が、主鎖の炭素―炭素結合の切断を伴いながらより安定な主鎖中のラジカル種に転移することで分解が起こっていることがわかりました。今後、HAT反応の光触媒や分解条件を改良することで、より効率的な分解や幅広いビニルポリマーへの適用が期待されます。

A. HAT 反応によって分子量が低下する様子 B. 側鎖の C-H 結合に対する HAT 反応による分解機構(出典:京都大学プレスリリース

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

有機合成の分野で注目されていたHAT反応をビニルポリマーのトリガー分解に用いることに着目し、側鎖構造のバリエーションが多いビニルエーテルをコモノマーとして用いた点です。研究室ではビニルエーテルのカチオン重合やラジカル共重合は研究されており、様々なビニルエーテルを試すことができる環境にありました。一方でHAT反応については研究室で扱った人がおらず、文献を読んで勉強をする必要がありました。エーテル酸素に隣接するC-H結合は他のC-H結合に比べて活性が高いことを知り、研究室に転がっていたビニルエーテルに注目して研究を始めました。特殊な結合を使うと構造のバリエーションを振るのが大変ですが、様々な構造のビニルエーテルを使えたので、分解挙動に及ぼす影響から分解機構を推定できました。仮説を立てて研究を展開する醍醐味を味わえたと思います

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

HAT反応やビニル−エーテルに着目して研究を始めたものの、しばらくは全く分解挙動が見られず、C-H結合というシンプルな結合の活性化をトリガーとしてビニルポリマーを分解させるのは無理なのではないかと諦め気味になりました。研究室内での研究報告会で、具体的な反応の調製法について質問が出たのを機に、慣習化していた反応溶液の調整法を見直しました。その結果、HAT反応後のGPC曲線が低分子量側にシフトする結果が得られました。自分だけでは視野が狭くなって単純なことを見落とすこともあるので、他の人と議論したり、提案を積極的に取り入れることの重要さを感じました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在は就職し、メーカーで研究員をしています。ポリマー分解について研究してきたこともあり、環境問題については興味があるので、環境負荷の低減に貢献できるような研究や開発に関わっていきたいと考えています。大学の研究室での研究や勉強が理解の助けになることも少なくないですが、勉強し直さないといけないと感じることが多々あります。研究者として学び続けることを忘れず、様々な専門分野を有する人と対話しながら研究に取り組みたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私が大学での研究生活の中で良い研究を進めるために大切だと感じたことは、自分で勉強しながら先生や研究室のメンバーと知見やアイデアを共有し、議論することです。研究室の進捗報告会のみならず、日頃から同期や先輩後輩と研究内容について議論することで、研究に客観的視点が生まれ、研究が良い方向に向かうことを実感しました。より多様な背景や専門分野を持った人が集まる企業での研究においても議論が重要だと感じており、活発な対話の風土がある研究室で研究できたことは大きな財産です。長くなりましたがここまで読んでいただきありがとうございます。この記事が何かのお役に立てば嬉しいです。

研究者の略歴

名前:木村太知(きむらたいち)

所属:京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻大内研究室 (2023年3月修了)

研究テーマ:ラジカル活性化をトリガーとするビニルポリマーの分解

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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