第555回のスポットライトリサーチは、北海道医療大学 薬学部 衛生化学研究室で助教としてご活躍されている山城 寿樹(やましろ としき)先生にお願いしました。第510回のスポットライトリサーチに引き続き、2回目のご登場です!
山城先生らの研究グループは今回、あるマメ科植物から単離された成分であるoxytrofalcatin Cの全合成を達成しました。実はこれまでoxytrofalcatin Cはインドールアルカロイドの一種であると考えられていたのですが、本研究ではその提唱構造が誤りであることを突き止め、天然物の解析データと有機合成の結果を元にoxytrofalcatin Cの真の構造を報告することに成功しています。
本研究の成果はJournal of Organic Chemistry誌に掲載されており、また岡山大学プレスリリースでも成果の概要が公開されています。
“Oxytrofalcatin Puzzle: Total Synthesis and Structural Revision of Oxytrofalcatins B and C”
Kazuma Sugitate, Toshiki Yamashiro, Ibuki Takahashi, Koji Yamada*, Takumi Abe*
Journal of Organic Chemistry, 2023, 88, 14, 9920–9926
DOI: doi.org/10.1021/acs.joc.3c00691
責任著者のお一人である岡山大学の阿部 匠 講師から、山城先生について以下のコメントを頂いています。
山城さんの強みは、コツコツと泥臭く実験を行うことのできる集中力と、後輩の士気を高めながら統率できるリーダーシップ力を兼ね備えていることです。北海道医療大学の山田先生のもと、高橋さんが孤軍奮闘し頓挫したテーマを、岡山大学で杉立さんと山城さんがタッグを組み、ついに真の構造を突き詰めることができました。ねかせておくと熟成して旨味が増すことを今回学んだようです。なお、合成した構造と単離した構造が一発で一致することがベストであることは言うまでもありません。
新天地で山城さんは、周囲を巻き込みながら有機化学をベースに分野横断的な研究に没頭しているそうです。今後のご活躍も期待しています!!
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
インドールやオキサゾールはいずれも窒素原子を含む複素環であり、医薬品や天然物の代表的な骨格です。2010年、Oxytropis falcataより単離されたoxytrofalcatin A–Fは、いずれもN–ベンゾイルインドール骨格を持つアルカロイドであると報告されています。これらのうち、oxytrofalcatin Cはインドール3位にメトキシ基を持つことから、当研究室で開発した極性転換型インドール試薬であるDiMeOIN(2,3-DiMethOxyINdoline)から容易に合成できるのではないかと考えました。
期待通り、oxytrofalcatin Cの提唱構造であるN–ベンゾイルインドール誘導体の合成には成功したものの、その機器分析結果は天然物のものと大きく異なっていました。そこで、天然物の真の構造を決定することとしました。単離論文を精査したところ、oxytrofalcatin類と共に、その前駆体と考えられる鎖状化合物(±)-N-benzoyl-2-hydroxy-2-phenylethylamineが単離されていました。この化合物は、環化する位置によって、インドールまたはオキサゾールを与え得るだろうと考えました。
さらに、2016年、別のグループより単離されたオキサゾールアルカロイドの機器分析データが、oxytrofalcatin AおよびFに類似していることが報告されました。そこで、oxytrofalcatin Cに対応すると考えられるオキサゾール誘導体を合成し、各種機器分析を行ったところ、驚くべきことに、単離論文で報告されているデータと一致しました。これにより、oxytrofalcatin Cの世界初の全合成を達成しました。その後、oxytrofalcatin Cの誘導化によりoxytrofalcatin Bも合成し、各種機器分析を行ったところ、こちらも報告されているデータと一致したことから、これら天然物の真の構造を決定するに至りました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究テーマは、天然物の全合成でしたので、oxytrofalcatin Cがインドール構造ではないと判明したのち、かなりの苦労を強いられました。しかも、oxytrofalcatin Cは相当に単純な構造でしたので、インドール骨格を残して機器分析データと合致するような構造を考えるとどうにも上手くおさまらず、全く違う骨格を候補にするしかありませんでした。その中から、オキサゾールに期待して狙いを定めましたが、やはり一度提唱構造に裏切られているので、合成してみるまではわからないという不安との戦いでした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
何といっても、提唱構造の化合物の機器分析結果がoxytrofalcatin Cと一致しなかった瞬間が難局でした。インドール骨格以外の複素環骨格を考えると言っても、そこに置換基の位置などの組み合わせも含めると、何十種類もの候補が考えられます。そこで、ここは戦略的撤退、一旦手を引き、策を練ることとしました。しばらくして、2010年の単離論文のSI、2016年の論文のSIから、生合成経路の見直しとオキサゾールであることの示唆を得て、すがる思いで合成したところ、無事一致したという経緯があります。
必ずしも攻め続けるばかりが攻略法ではなく、回り道も必要であることを学びました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在も思いは変わらず、やはり誰もやらない、やろうとしないコトにあえて飛び込んでいく研究をしたいと思っています。今回のように、言ってしまえばたかだか芳香環3つの非常に小さな天然物であったとしても、合成してみると「アレッ!?」なんていうこともあります。AI、ビッグデータの時代になりつつありますが、元となるデータが必ずしも正しいとは限りません。間違いを犯すのもヒトですが、正すことができるのもヒトです。相変わらず泥臭く、ヒトらしく研究に携わっていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
当記事をご覧くださりありがとうございます。Chem-Stationに 2度も研究を取り上げていただけること、身に余る光栄です。
本テーマは、一度迷宮入りした天然物の全合成です。タイトルに含まれるpuzzleは、遊戯としてのパズル、難問としてのパズル、謎としてのパズル…意味は多様ですが、どれもこのテーマを象徴するに相応しい表現だったことと思います。その上、インドールだと思っていた化合物が、オキサゾールだった!という点は、これぞまさに、「合成してみるまではわからない」ということです。そのような背景も踏まえ、お時間があればぜひ論文の方もご一読いただければ幸いです。
ただ、時には、本当に答えが出ないものもあるかもしれません。天然物の提唱構造は論文として掲載されているものですから、ある程度機器分析結果に納得がいく構造を提唱されているはずです。それでも提唱構造が間違っている時には、捜査打ち切りとまではいかないにしても、傷の浅いうちに退く必要があります。そうして、また別の角度から、新しい発想を持って挑むことで、解決の糸口を見つけることができるのではないかと思います。
最後になりますが、このような機会を与えてくださりましたChem-Stationスタッフの皆様に感謝申し上げます。そして、本研究の遂行にあたり、終始ご懇篤なご指導を賜りました阿部先生、山田先生、ともにこのテーマを進めてくださった杉立院生、高橋学士にこの場を借りて深く感謝申し上げます。また、経済的なご支援を賜りました日本薬学会長井記念薬学研究奨励金に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:山城 寿樹(やましろ としき)
北海道医療大学薬学部衛生化学研究室
助教
略歴:
2019/03 北海道医療大学 薬学部卒業(指導教員:高上馬希重准教授・金尚永講師)
2023/03 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 博士課程修了(実質指導教員:阿部匠講師)
2023/04〜 北海道医療大学薬学部衛生化学研究室 助教
研究テーマ:アジドインドリンの開発・合成とその応用
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