[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

CO2が原料!?不活性アルケンのアリールカルボキシ化反応の開発

[スポンサーリンク]

可視光レドックス触媒による不活性アルケンと二酸化炭素(CO2)とのアリールカルボキシ化が開発された。可視光照射下でのCO2ラジカルアニオンを用いた不活性アルケンの初の1,2-二官能基化反応である。

可視光レドックス触媒を用いたアルケンのカルボキシ化

二酸化炭素(CO2)は、安価で豊富に存在する有用な一炭素源である[1]。CO2を用いた種々の反応が知られる中で、アルケンのカルボキシ化への利用は古くから研究されてきた。近年では可視光を利用した手法も知られるが、利用可能な基質は電子不足アルケンまたはスチレン類が大部分であり[2]、不活性アルケンのカルボキシ化は数例に限られる(図1A)[3]

著者らは、不活性アルケンの低い反応性を克服すべく、反応性が高い一炭素源としてCO2ラジカルアニオンに注目した。CO2ラジカルアニオンを利用した電子不足アルケンのヒドロカルボキシ化は、2021年、JuiおよびWickensらにより同時期に報告された(図1B)[4]。本反応では、硫黄原子ラジカルの水素引き抜きによりギ酸塩からCO2ラジカルアニオンが生じ、電子不足アルケンに付加する。この報告の後、著者らは可視光レドックス触媒存在下CO2からCO2ラジカルアニオンを生成し、不活性アルケンのヒドロカルボキシ化を達成した(図1C)[5]。しかし、CO2ラジカルアニオンを利用する不活性アルケンのカルボキシ化は依然として発展途上にあり、1,2-二官能基化を伴うカルボキシ化は未だ実現されていなかった。

今回、筆者らはCO2ラジカルアニオンのアルケンへの付加後に生じる炭素ラジカルをアレーンで捕捉することで、不活性アルケンのカルボカルボキシ化に成功した(図1D)。分子内ラジカル付加が本反応の鍵である。

図1. (A) CO2を用いた手法 (B)(C) CO2ラジカルアニオンによる活性/不活性アルケンのヒドロカルボキシ化 (D) 本研究

 

“Arylcarboxylation of Unactivated Alkenes with CO2 via Visible-light Photoredox Catalysis”

Zhang, W.; Chen, Z.; Jiang, Y.-X.; Liao, L.-L.; Wang, W.; Ye, J.-H.; Yu, D.-G. Nat. Commun. 2023, 14, 3529–3538 DOI: 10.1038/s41467-023-39240-8

論文著者の紹介

研究者 : Da-Gang Yu (余达刚)

研究者の経歴

2003–2007 B.S., Sichuan University, China (Prof. Xiaoming Feng and Li-Hua Yuan) 

2007–2012 Ph.D., Peking University, China (Prof. Zhang-Jie Shi)

2012–2014 Postdoc, Münster University, Germany (Prof. Frank Glorius) 

2015– Professor, Sichuan University, China

研究内容:CO2利用反応、可視光レドックス触媒、ラジカル化学、新規遷移金属触媒

論文の概要

光触媒fac-Ir(ppy)3(Ir-1)およびチオール(T1)触媒存在下、CO2雰囲気中アルケン1にPhMe2SiHとCs2CO3を加え青色光を照射した。その後の酸処理により対応するカルボン酸2が、アルキル化によりメチルエステル3が得られた(図2A)。基質適用範囲を調査したところ、ベンゼン環に種々の官能基をもつアルケン(1a1e)で反応が進行した。また、5員環(2f)やヘテロ環(3a, 3b)の構築にも成功し、ニ置換アルケンも利用可能であった(2g, 2h)。

反応機構解明実験として、著者らはギ酸イオンの生成を確認した(図2B)。最適条件では、ギ酸イオンが収率50%で生成した(Entry 1)。この結果は、CO2ラジカルアニオンが反応に関与することを支持している。アルケン1aを加えない条件ではギ酸イオンの収率が向上したが(Entry 2)、これはCO2ラジカルアニオンが反応により消費されないためだと考えられる。一方、窒素雰囲気下で反応させると、1aの有無に依らずギ酸イオンは生成しなかった(Entries 3 and 4)。以上の結果とその他対照実験(本文参照)から、次の反応機構が提唱されている(図2C)[6]。まず、青色光により励起された[IrIII]*(4)がチオラート7を一電子酸化し、[IrII](5)とチイルラジカル8が生じる。この5がCO2を一電子還元しCO2ラジカルアニオンが生成するとともに、[IrIII](6)が再生する。生じたCO2ラジカルアニオンがアルケンにラジカル付加し中間体Aとなった後、アルキルラジカルが芳香環を攻撃し中間体Bを与える。そして、B8との水素移動反応(Hydrogen Atom Transfer: HAT)によって、カルボキシラートが生じるとともにチオール9が再生する。その後、カルボキシラートはプロトン化され生成物2aとなる。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) ギ酸イオンの検出 (C) 推定反応機構

 

以上、CO2ラジカルアニオンを利用した不活性アルケンのカルボカルボキシ化が開発された。今後、不活性アルケンの官能基化の更なる発展が期待される。

参考文献

  1. (a) Lu, X.-B.; Ren, W.-M.; Wu, G.-P. CO2 Copolymers from Epoxides: Catalyst Activity, Product Selectivity, and Stereochemistry Control. Acc. Chem. Res. 2012, 45, 1721–1735. DOI: 1021/ar300035z (b) Liu, Q.; Wu, L.; Jackstell, R.; Beller, M. Using Carbon Dioxide as a Building Block in Organic Synthesis. Nat. Commun. 2015, 6, 5933–5947. 10.1038/ncomms6933 (c) He, M.; Sun, Y.; Han, B. Green Carbon Science: Efficient Carbon Resource Processing, Utilization, and Recycling towards Carbon Neutrality. Angew. Chem., Int. Ed. 2022, 61, e202112835. 10.1002/anie.202112835
  2. (a) Cao, Y.; He, X.; Wang, N.; Li, H.-R.; He, L.-N. Photochemical and Electrochemical Carbon Dioxide Utilization with Organic Compounds. Chin. J. Chem. 2018, 36, 644–659. 1002/cjoc.201700742 (b) Yeung, C. S. Photoredox Catalysis as a Strategy for CO2 Incorporation: Direct Access to Carboxylic Acids from a Renewable Feedstock. Angew. Chem., Int. Ed. 2019, 58, 5492–5502. 10.1002/anie.201806285 (c) He, X.; Qiu, L.-Q.; Wang, W.-J.; Chen, K.-H.; He, L.-N. Photocarboxylation with CO2: An Appealing and Sustainable Strategy for CO2 Fixation. Green Chem. 2020, 22, 7301–7320. DOI: 10.1039/D0GC02743J (d) Fan, Z.; Zhang, Z.; Xi, C. Light‐Mediated Carboxylation Using Carbon Dioxide. ChemSusChem, 2020, 13, 6201–6218. 10.1002/cssc.202001974 (e) Cai, B.; Cheo, H. W.; Liu, T.; Wu, J. Light‐Promoted Organic Transformations Utilizing Carbon‐Based Gas Molecules as Feedstocks. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 18950–18980. DOI: 10.1002/anie.202010710 (f) Ye, J.-H.; Ju, T.; Huang, H.; Liao, L.-L.; Yu, D.-G. Radical Carboxylative Cyclizations and Carboxylations with CO2. Acc. Chem. Res. 2021, 54, 2518–2531.
  3. (a) Morgenstern, D. A.; Wittrig, R. E.; Fanwick, P. E.; Kubiak, C. P. Photoreduction of Carbon Dioxide to Its Radical Anion by Nickel Cluster [Ni33-I)2(dppm)3]: Formation of Two Carbon–Carbon Bonds via Addition of CO2 to Cyclohexene. J. Am. Chem. Soc. 1993, 115, 6470–6471. DOI: 10.1021/ja00067a096 (b) Takahashi, K.; Sakurazawa, Y.; Iwai, A.; Iwasawa, N. Catalytic Synthesis of a Methylmalonate Salt from Ethylene and Carbon Dioxide through Photoinduced Activation and Photoredox-Catalyzed Reduction of Nickelalactones. ACS Catal. 2022, 12, 3776–3781. DOI: 10.1021/acscatal.2c01053
  4. (a) Hendy, C. M.; Smith, G. C.; Xu, Z.; Lian, T.; Jui, N. T. Radical Chain Reduction via Carbon Dioxide Radical Anion (CO2). J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 8987–8992. DOI: 10.1021/jacs.1c04427 (b) Alektiar, S. N.; Wickens, Z. K. Photoinduced Hydrocarboxylation via Thiol-Catalyzed Delivery of Formate Across Activated Alkenes. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 13022–13028. DOI: 10.1021/jacs.1c07562
  5. Song, L.; Wang, W.; Yue, J.-P.; Jiang, Y.-X.; Wei, M.-K.; Zhang, H.-P.; Yan, S.-S.; Liao, L.-L.; Yu, D.-G. Visible-Light Photocatalytic Di- and Hydro-Carboxylation of Unactivated Alkenes with CO2. Nat. Cat. 2022, 5, 832–838. DOI: 1038/s41929-022-00841-z
  6. Hydrocarboxylation of unactivated alkenes using CO2 radical anions generated from formate was also reported very recently, see: Alektiar, S. N.; Han, J.; Dang, Y.; Rubel, C. Z.; Wickens, Z. K. Radical Hydrocarboxylation of Unactivated Alkenes via Photocatalytic Formate Activation. J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 10991–10997. DOI: 10.1021/jacs.3c03671
  7. (a) Zhang, J.; Li, Y.; Zhang, F.; Hu, C.; Chen, Y. Generation of Alkoxyl Radicals by Photoredox Catalysis Enables Selective C(sp3)–H Functionalization under Mild Reaction Conditions. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 55, 1872–1875. DOI: 1002/anie.201510014 (b) Chen, W.; Liu, Z.; Tian, J.; Li, J.; Ma, J.; Cheng, X.; Li, G. Building Congested Ketone: Substituted Hantzsch Ester and Nitrile as Alkylation Reagents in Photoredox Catalysis. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 12312–12315. DOI: 10.1021/jacs.6b06379 (c) Jiang, M.; Li, H.; Yang, H.; Fu, H. Room‐Temperature Arylation of Thiols: Breakthrough with Aryl Chlorides. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 56, 874–879. DOI: 10.1002/anie.201610414
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 【2分クッキング】シキミ酸エスプレッソ
  2. 鉄触媒によるオレフィンメタセシス
  3. リンと窒素だけから成る芳香環
  4. 第98回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Pa…
  5. 第3回慶應有機合成化学若手シンポジウム
  6. スルホンアミドからスルホンアミドを合成する
  7. ニッケル触媒でアミド結合を切断する
  8. 「坂田薫の『SCIENCE NEWS』」に出演します!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 幾何学の定理を活用したものづくり
  2. 第17回 研究者は最高の実験者であるー早稲田大学 竜田邦明教授
  3. 砂糖から透明樹脂、大阪府立大などが開発に成功
  4. 統合失調症治療の新しいターゲット分子候補−HDAC2
  5. オープンアクセスジャーナルの光と影
  6. 独メルク、医薬品事業の日本法人を統合
  7. トリフルオロメタンスルホン酸2-(トリメチルシリル)フェニル : 2-(Trimethylsilyl)phenyl Trifluoromethanesulfonate
  8. 114番元素と116番元素の名称が間もなく決定!
  9. 交響曲第6番「炭素物語」
  10. オルガネラ選択的な薬物送達法:①細胞膜・核・ミトコンドリアへの送達

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP