第558回のスポットライトリサーチは、京都産業大学 大学院生命科学研究科(生体膜エネルギー研究室)博士後期課程2年生の中野 敦樹(なかの あつき)さんにお願いしました。
生体膜エネルギー研究室では、ATP動態に関連するタンパク質および生命現象について研究を行っています。ATP合成酵素の回転機構の解明は生化学・細胞生物学・構造生物学・生物物理学など様々な領域に関連したテーマですが、今回中野さんたちの研究グループはクライオ電子顕微鏡を活用し、従来よりも細かなステップでのATP合成酵素FoF1の回転を報告しました。ATPの加水分解反応とは関わっていないと考えられるステップも検出されたことから、分子内のねじれも回転に寄与することが示されたそうです。
本研究の成果はNature Communications誌に掲載され、京都産業大学プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
“Mechanism of ATP hydrolysis dependent rotation of bacterial ATP synthase”
Atsuki Nakano, Jun-ichi Kishikawa, Kaoru Mitsuoka & Ken Yokoyama
Nature Communications, 2023, 14, 4090.
生体膜エネルギー研究室を主宰されている 横山 謙 教授から、中野さんについて以下のコメントを頂いています。
中野君は、Z世代を代表する若者で、スマホやPCをつかった情報収集能力に優れ、まさにクライオ電顕による構造解析にぴったりはまりました。今後、あらゆる研究分野は情報科学とどうやって付き合っていくかが課題であり、彼の様な若者が生命科学研究をけん引していくでしょう。今後の活躍が楽しみです。
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私たちの生命活動のエネルギー源であるATPは、回転分子モーターであるATP合成酵素によって作り出されています(図1)。本研究では、クライオ電子顕微鏡による単粒子解析で、ATP合成酵素がどのように回転しているのかを詳細に明らかにしました。
図1. (a)ATP合成酵素FoF1の構造 (b)一分子観察によるF1-ATPaseの回転モデル
ATP合成酵素は、金ナノ粒子を回転軸に標識して回転を直接観察することより、1回転中少なくとも6個の状態をとることが明らかになっていました。しかし、構造的研究からは、このうちの3つの状態しか確認されていませんでした。 今回の研究では、低/高濃度ATPの2つの条件下で反応中のATP合成酵素をクライオ電子顕微鏡による単粒子解析を行うことで予想された6つの構造に加えて合計18個の回転中の構造を得るこができました。これらの構造からATP結合、ATPの加水分解、ADPとPiの解離に対応してどのように構造変化が起こっているのかを明らかにすることができました(図2)。
図2. ATPの触媒サイクルに対応したF1部分の構造変化
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
クライオ電子顕微鏡による単粒子解析は、3次元クラス分けによって異なる構造を分類し構造決定することが可能です。 今回の研究では、クラス分けを工夫することで、1回転中の複数の構造を分類することができました。これまでの研究では回転中に複数の構造を経ることが分かっていましたが構造としては捉えることはできていませんでした。構造解析の過程でこれまでには見たことのない構造が出てきたときはとても感動しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
試料調製にとても苦労しました。クライオ電子顕微鏡でのタンパク質構造決定のためには、単分散性の高く高純度なサンプルが必要とされ氷中に多数のタンパク質が見えることが必要です。しかし始めた当初は、タンパク質が凝集してしまったり、氷の中に全くタンパク質が見えなかったりで、なかなか構造決定することができませんでした。解決方法はただひたすら条件検討あるのみでした・・・(笑)。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は、生命科学の研究者で直接化学の研究をすることはないかもしれません。しかし、例えばATP合成酵素は、回転力を利用し、ほぼ100%のエネルギー効率でATPを合成する化学的にも非常に面白いタンパク質です。このような様々なタンパク質構造に関する研究を続け、化学にも貢献できればと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただき大変ありがとうございました。
私は学部時代に分子モーターに興味をもったことがきっかけでATP合成酵素の研究を始めました。ATP合成酵素以外にも生体内には、レールに沿って進む分子モーターが存在したり、他にもユニークなタンパク質がたくさん存在します。本記事で少しでもタンパク質に興味を持ってもらえるとうれしいです!
最後に、研究をここまで進められたのは愛猫のまちこの癒しのおかげです。ありがとうございます。
研究者の略歴
中野 敦樹(なかの あつき)
略歴:
2018年3月 京都産業大学 総合生命科学部 卒業
2022年3月 京都産業大学 大学院生命科学研究科 博士前期課程修了
2022年4月~ 京都産業大学 大学院生命科学研究科 博士後期課程
関連リンク
京都産業大学プレスリリース:クライオ電子顕微鏡により捉えたATP合成酵素の回転機構 -ATP合成酵素FoF1は小刻みなステップで回転する。–