第554回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院薬学研究科 有機触媒化学研究室(丸岡研究室)の松本 晃(まつもと あきら)特任助教にお願いしました。
丸岡研究室では、有機分子のデザインに基づいた活性種の反応性制御に焦点を当て、これまでにない新たな分子触媒の創製およびそれらを利用した画期的な新方法論の確立を目指し、日々研究を行っています。現在は、種々の結合形成反応へ利用することを目的に多様なラジカル種を穏和な条件で発生させる新たな有機ラジカル発生法の開発に取り組んでいます。
本プレスリリースの研究内容は、リンイリドを用いた新しいワンポットの光触媒反応についてです。本研究グループでは、リンイリドと二種類のアルケンを炭素-炭素結合形成反応によって逐次的に連結し、医薬品などの合成に有用な 1,4-ジカルボニル化合物を迅速に供給する新しい手法を開発しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Akira Matsumoto, Natsumi Maeda, Keiji Maruoka
研究室を主宰されている丸岡啓二 特任教授より松本特任助教についてコメントを
再生可能エネルギーである光や光触媒を用いる新規ラジカル反応の開発は有機合成におけるホットトピックのひとつであり、現在、世界中で数多くの試みがなされ、熾烈な競争が繰り広げられています。私たちのグループも、数年前から新規HAT触媒の設計と共に、光触媒/HAT触媒の組み合わせによる新規ラジカル反応の開発に取り組んで来ました。今回、松本さんは、これまでの研究で養った経験と知識を活かし、独自のアイデアで新規かつ実用性の高い連続光触媒反応を開発してくれました。この研究成果は、まさに松本さんの発想力と課題解決能力の高さを如実に示したものです。今後は、松本さんの研究者として更なる飛躍と、今回開発した手法の新たな展開に期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、ホルミル基によって安定化されたリンイリド(P1)に光レドックス触媒を作用させることで、水素原子移動(HAT)反応剤・求核的炭素ラジカル・求電子的炭素ラジカルという三つの性質を有する多機能性ラジカル前駆体として振る舞うことを明らかにしました。さらに、これらの性質を逐次的に発現させる条件を確立し、ラジカル反応における分子連結素子として利用することで、異なる二種類のアルケンとP1を連結するワンポット連続光触媒反応を開発しました(図1)。
連続反応によって複数の基質と炭素−炭素結合を形成する分子連結素子は、複雑な分子骨格を迅速に構築するための合成ツールとして利用されています。A. B. Smith IIIのシリル置換ジチアンを用いるAnion Relay Chemistryをはじめとして、これまでにいくつもの分子連結素子が開発され、複雑な天然物等の合成に用いられてきました。一方で、これらのほとんどは結合形成過程で高活性な有機金属化学種を用いる必要があるため、官能基許容性等の点で課題を残していました。今回開発した反応は、穏和な条件で進行する光レドックス触媒反応に基づく連続プロセスであり、従来法とは一線を画す高い官能基許容性を示します。さらに、本反応の生成物である1,4-ジカルボニル化合物から多様な複素環への誘導化も可能であることから、医薬品の迅速合成への利用も期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
連続反応の第一段階の条件を発見した経緯が印象に残っています。もともとは私達が以前取り組んだHAT触媒の創製研究の予備段階として、既存のものを含む様々な基質や触媒の反応性を調査していた際に、本反応の第一段階の原型となる結果が得られていました(図2)。ただ、この時はHAT触媒が水素引き抜きを行う機構で反応が進行したものと思い込んでおり、過去の報告例を参考にして基質を過剰量用いていたため、せっかく定量的に得られた生成物を基質と分離することができませんでした。アルデヒドを加えてWittig反応をした後に単離することも考えましたが、あまり新規性を見いだせず、結局この時はお蔵入りにしていました。
その後の連続反応の開発に舵を切るまでの経緯をQ3でお答えしていますが、再びこの反応系に立ち返り、本研究の肝である「リンイリド自身がHAT反応剤として機能する」という事実を明らかにした時には、最初の予備実験から約1年半が経過していました。時間はかかりましたが、別の目的で行った過去の実験が思わぬ形で報われる結果となり、自分にとって学びの多い経験になりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
連続光触媒反応を前提として第二段階の条件を確立するのが難題でした。得られたリンイリドをラジカル前駆体として次の反応に用いるという発想はあったのですが、第一段階と同じ光レドックス触媒(4CzIPN)を用いて反応を進行させる良い条件が見つからず、しばらくの間停滞していました。問題解決のきっかけは、有機合成化学協会誌のReview de Debutというコーナーで記事を書く機会をいただいた事だと思います。個人的に興味のあった「ギ酸塩を用いた二酸化炭素ラジカルアニオンの発生と利用」について書くために関連文献を読み漁っていた時に、リンイリドとギ酸等価体(HX)が反応して得られるホスホニウム塩から強力な一電子還元剤である二酸化炭素ラジカルアニオン(CO2•–)を発生させる手法を思いつきました(図3)。この仮説をもとに行った実験がうまくいったため、反応の連続化を狙うべく第一段階の予備実験の結果を再び掘り起こし、条件の最適化を行っていた時に、HAT触媒や過剰量の基質を必要としない現在の条件にようやく行き着きました。具体的な反応条件や反応機構はぜひ論文で確認してみてください。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
計算化学やAIを利用した反応開発が精力的に行われている昨今ですが、自分は紙にペンで分子を描きながらアイデアを膨らませることが好きで、こういった点に有機化学の魅力を感じています。また、今回の研究もそうですが、自分で仮説を立て、独自の分子や反応を設計し、実験で手を動かして得られた結果を論文にまとめる、という一連のプロセスを経験することで初めて分かる研究の面白さがあると思います。今後はこうした「自分なりの研究の楽しみ方」をより多くの人に見つけてもらえるよう、周りの人を巻き込みながら研究を楽しんでいければと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の連続反応は初めから狙っていたものではなく、別のテーマの実験や執筆活動で得られた知見を応用することで現在の形に仕上がりました。見方を変えれば、他の人が予備実験で同様の結果を得ていても、今回のような結論には至らなかったと思いますし、そのまま日の目を見なかった可能性さえあります。自分を含む多くの読者が「独創的な研究とは何ぞや」と考えたことがあると思いますが、自身の知識や経験を可能な限り反映させるつもりで研究に取り組めば、おのずと自分の色の付いた研究になるのでは、ということを今回の研究で感じました。
本研究を進めるにあたり、各種測定実験等を根気強く行ってくれた技術補佐員の前田夏実さん、そして、自由に研究できる環境や研究者として成長する機会を与えてくださった丸岡啓二特任教授に心から感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:松本 晃(まつもと あきら)
所属:京都大学大学院薬学研究科 有機触媒化学研究室 特任助教
略歴:
2016年3月 京都大学大学院工学研究科 材料化学専攻 博士前期課程 修了
2019年3月 京都大学大学院工学研究科 材料化学専攻 博士後期課程 修了
2017年3月– 2019年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)
2019年4月– 2020年3月 京都大学大学院薬学研究科 特定研究員
2020年4月– 現在 現職