bergです。この度は2023年8月4日(金)に国立研究開発法人 産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター、およびオンラインにて開催された「第97回 触媒化学融合研究センター講演会」を聴講してきました。この記事では会の模様を簡単に振り返ってみたいと思います。
演題と講師の先生方は以下の通りです。
15:00~16:00
◆高原子価第9族金属触媒によるC–H官能基化の進展
<講師>北海道大学大学院薬学研究院 吉野達彦准教授
16:00~17:00
◆金属酵素を誤作動させる分子の開発と高難度物質変換
<講師>名古屋大学大学院理学研究科 荘司長三教授
トップバッターの吉野達彦准教授は(→関連記事:「溶融炭酸塩基の脱プロトン化で有用物質をつくる」スタンフォード大学・Kanan研より、ハイブリット触媒による不斉C–H官能基化)現在、北海道大学にて高原子価遷移金属触媒を用いた立体選択的C-H官能基化の研究に精力的に取り組まれています。C-H結合の直截的活性化・官能基化は1993年の村井教授らのビニルシラン挿入(関連記事:村井 眞二 Shinji Murai)の発見以来、有機合成におけるいわば究極の目標として数多くの研究がなされてきましたが、そのアプローチは反応経路の違いから、低原子価金属(Rh(I)など)の酸化的付加によるメタルヒドリド種の形成を起点とするもの、高原子価金属(Pd(II)など)のCMDによるプロトンの脱離を鍵とするもの、σ-bond metathesisを経るものの三種に大別できます。吉野先生はC-H官能基化反応は実質的に対象炭素原子の酸化とみなせるとしたうえで、2番目のCMDプロセスがもっとも理にかなっているという哲学のもと、主にCp配位子を核とするピアノ椅子型の第9族金属触媒の開発を志向されてきました。これらの分野においてはキラルなCp配位子の設計に基づいた反応設計が一般的ですが、吉野先生のグループではキラルアニオン中間体やキラルなLewis塩基の活用、C-H結合切断過程での選択性の発現など数々の独創的な視点で様々な有用骨格の効率的な合成に成功しています。最終的には理論計算をも駆使した配位子設計も行っていきたいとのことで、非常に興味深いお話を伺うことができました。
続いての荘司長三教授(関連記事:荘司 長三 Osami Shoji)は名古屋大学にて、酵素を用いた炭化水素へのヒドロキシ基導入を中心に革新的な分子変換に取り組まれています。シトクロムP450は長鎖の飽和脂肪酸を効率よくヒドロキシ化する重要な酵素ですが、高い基質特異性のためにそのままではベンゼンからフェノールへの酸化などは不可能です。そこで従来、本来の基質以外も反応に供することができるよう変異導入による酵素そのもののチューニング(関連記事:タンパクの「進化分子工学」とは)が試みられており、その業績に対して年のノーベル賞が授与されています(関連記事:シトクロムP450 BM3)。これに対し、荘司先生は高分子化学・超分子化学のバックグラウンドを生かし、酵素を入れ物として(活性錯合体をホスト-ゲスト化合物として)俯瞰することにより、疑似基質(デコイ分子)を取り込ませることにより所望の反応を達成することを着想、炭素差の長さを最適化したパーフルオロアルキルカルボン酸(PFAS)をベンゼンとともに取り込ませることで見事フェノールへの変換を達成します。C-FとC-Hの類似性、そしてC-F結合の圧倒的な安定性に着目した分子設計でしたが、PFASはその生物濃縮と難分解性から生体攪乱物質として規制されるようになっており、奇しくも教授らの発想が実社会でも証明された形となりました。
次いでカルボン酸部位をアミノ酸で修飾し結合定数を高めた第二世代デコイ分子、そもそもフッ素原子を含まないペプチド類を用いた第三世代デコイ分子と、研究を重ねるにつれ反応効率は桁違いに向上、最終的には細胞膜透過性の分子を設計することにより遊離の酵素ではなく生菌を用いたローコストな反応への展開を達成するなど、非常に夢のあるお話を伺うことができました。
民間企業に就職して以来このような最先端の研究に触れる機会がめっきり減ってしまっていたので、今回の講演会は非常に刺激的で新鮮で、あっという間の2時間でした。最後になりましたが、ご講演くださった先生方、シンポジウムをセッティングしてくださったすべての方々に心よりお礼申し上げます。