第549回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 有機合成化学研究室に在籍されていた増田 隆介(ますだ りゅうすけ)博士と安川 知宏(やすかわ ともひろ)博士にお願いしました。
本プレスリリースの研究内容は、電気化学を用いたフロー反応についてです。電極を用いる電気化学的有機合成反応は、反応において電子を直接反応剤として用いる反応であり反応後に副生成物が少ないことから、従来の有機合成反応に比べて廃棄物を削減できるクリーンな反応です。しかしながら、これまで有機金属化合物を用いる電気化学的有機合成反応では、大量の金属廃棄物が副生しておりさらに、Barbier反応の連続フロー反応を実現した例はありませんでした。そこで本研究グループでは、新たな手法で担持した金属を電極として用いる電気化学的フロー反応を開発しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Ryusuke Masuda, Tomohiro Yasukawa,* Yasuhiro Yamashita, Tei Maki, Tomoko Yoshida and Shū Kobayashi*
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 22, 11939–11944
研究室を主宰されている小林修 教授より増田博士と安川博士の研究についてコメントを
SDGs、カーボンニュートラルを実現する持続可能な社会では物質変換が鍵を握るため、有機合成化学はますます重要になります。その中でも私たちは、フロー法を用いる有機合成に注目しています。有機合成は長い間バッチ法で行われてきましたが、フロー法はバッチ法に比べて数々の利点があります。有機光反応に関してはすでに多くのフロー法の研究が行われていますが、今回報告した有機電気反応のフロー法の研究は端緒についたばかりです。私たちのグループでもほとんどゼロから始めた研究でしたが、増田さん、安川さんが果敢に挑戦を続け、今回の成果を得ることができました。両氏は、それぞれ企業、アカデミアと進む道は異なりますが、必ずや将来の日本を支える人材であると確信しています。最後になりましたが、今回の研究のもう一つのポイントは水溶媒の使用です。持続可能な社会においては使うことのできる有機溶媒は限定されるので、その代替として水を溶媒として用いる有機合成化学はますます重要になるでしょう。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
従来、当量以上の金属試薬が必要なBarbier反応を触媒量の亜鉛で実現しました。具体的には、窒素ドープカーボンを担体とする単原子亜鉛種を電極として用いる電気化学的アリル化反応を開発しました。また、本反応系を電解フロー反応に応用することで、従来のアリル化反応に比べ金属廃棄物を大幅に削減することに成功しました。
有機金属試薬を用いる炭素-炭素結合反応は現在の有機合成において必要不可欠な反応であり、多様な反応系が開発され続けている一方で、多くの場合当量の金属試薬を必要とするため多量の金属廃棄物が出ます。また、そのことがフロー反応に応用する際の障壁となります。この問題を解決するために、私たちはオリジナルの不均一系触媒を電極として用いる電解反応をデザインしました。すなわち、亜鉛種を電極に固定化し電気的還元により0価亜鉛を再生できれば、触媒的に反応を行えると考えました。これまで有機電解反応にほとんど用いられてこなかった窒素ドープカーボン担持単原子金属に着目し、亜鉛原子が平均4つの窒素原子に配位した窒素ドープカーボン担持単原子亜鉛種を調製しました。これを電極として用いて、イミンの電気化学的アリル化反応の検討を行ったところ、バッチ反応・フロー反応ともに高収率で進行し、亜鉛種の漏出も大幅に抑えられていることを明らかにしました。また、本反応系で亜鉛は触媒的にリサイクルしていることが分かり、フロー反応では金属廃棄物を最小限に抑えつつ50時間にわたって連続的に目的のホモアリルアミンを合成することができました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
増田博士
電解フロー反応への応用を行ったところです。フロー反応に関して広い知識の蓄積があった小林研においても、電解フロー反応に関する前例はほとんどありませんでした。実際に動かしてみながら、「このパラメーターを動かすとこのパラメーターにも影響して反応の結果がこうなる」と条件検討の基本に立ち返って、最適化条件にたどり着けました。
また、査読・改訂の過程で電極の再使用における活性低下の要因の議論になった際に、明快な答えを出せない中で卒業までの限られた時間で考えられる対照実験を行い実験結果を積み上げたことで、(おそらく)その後のacceptにつなげられたかなと思っています。
安川博士
自分の触媒を捨てて、(既報の)単原子金属触媒に舵を切ったとこです。前の仕事(J. Org. Chem. 2022, 87, 3453.)までは、自分らでオリジナルに開発した高分子を焼成して調製する触媒を使っていましたが、どうしても金属漏出が抑えられませんでした。そこで、担体からの配位がより強固であろう単原子金属触媒(MOFを焼成して調製)の使用を考えました。単原子金属触媒はエネルギー分野のグループが報告済みのものを用いたので、触媒のオリジナリティーはなくなってしまいますが、この手の触媒を有機電解合成に用いる例はなかったので、コンセプトで勝負できると思いました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
増田博士
まず、前の仕事(J. Org. Chem. 2022, 87, 3453.)にもさかのぼってしまうのですが、不均一系触媒をどう電極として用いるかという点です。研究室としても電解反応は初の試みで、またオリジナルの触媒を電極とする先行例も非常に限られているなかで、不安8割楽しみ2割でテーマに着手しました。安川先生と試行錯誤しながら徐々に改良していき、また同専攻で電池材料の研究をされている山田鉄平先生に直接アドバイスを頂く機会などを経て、これでいけそうだなと少しづつ自信が出てきたことを覚えています。
安川博士
もっと広い話で、私が特任助教着任以来スタートさせた窒素ドープカーボン触媒の研究にて、「どうやったらオリジナリティーのある触媒研究になるか?」という問いの答えを出す点です。最初にこの素材に手を出し論文を出した際は、既存の反応のimproveという形ですが、まずは自分の触媒というのを確立しました。この時点では、小林先生からも「まだまだ(窒素ドープカーボン触媒による有機合成を先行していた)Beller教授の後追い研究だな」という評価でした。そこから、フロー反応や不斉反応と、これまでやられていなかった要素を足していき、徐々に触媒の性質も分かってきました。
しかし、不均一系触媒による有機合成をやっていると、
“そもそも触媒を固定化することになんの(学術的な)意味がある?”
と問われることがあります。勿論新規触媒開発に意味はあるのですが、しばしば査読者からこう一蹴されることがあり、ではなにか不均一系触媒でないとできないことはないか?と考える日々でした。そこで、固定化した金属に直接電気を流して反応を行えれば、何か不均一系触媒ならではの新しい反応が生み出せるのではと考えました。とはいえ、研究室で全く経験のない電解合成は私にとっても挑戦的課題でした(増田君が8割も不安を感じているようには見えませんでしたけど 笑)。
乗り越え方ですが、とにかく見切り発車でスタートしつつも、日々周辺知識をアップデートしていくことでした。研究開始当初は、ほんとにこんなやり方でいいのだろうか??と増田君と困惑する日々でした。一方、自分のグループの学生達と電気化学の教科書や論文を読み漁り、文献紹介セミナーでも電解合成の論文を徹底的に分析しました。徐々に結果が出てきて、論文にまとめる頃には自信を持って世に出せたと思っています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
増田博士
本年度4月から製薬企業で研究職として働き始めました。有機合成を用いる最も複雑な「ものづくり」とも思われる医薬品開発にフレッシュな気持ちでチャレンジしていきたいと思っています。研究室で学んだことはこれからもずっと自分の研究者としての礎となると思うので、それを軸に色々な新しいものづくりに、自分の手を動かして携わっていければと考えています。
安川博士
昨年10月からフランス、パリにて酵素反応の研究を学びに来ています。とりあえずこっちはバゲットが美味しくて中毒になったのと、観光名所が多すぎるのと、休みが異常に多いです。知らない土地・カルチャーでの生活は、色々トラブルや不安もありますが、それらも含めて新しい知識を得るというのは何事にも代え難い経験です。これからも有機化学、触媒の知識を通じて、この世のどこかで化学の進歩に貢献できればと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
増田博士
最後までお読みいただきありがとうございました。まだまだ研究者として未熟な私から(今後の自分へも含めて)メッセージを送らせていただきますと、専門外の分野をフットワーク軽くかじってみることは絶対に損にならないと思います。その分野を深く理解するのは限られた時間の中では厳しいかもしれませんが、新たな環境で研究を始めて新しい分野に触れてみて、何も知らない0の状態と見たことがある聞いたことがあるという1の状態では非常に大きな差があることを実感しています。ググって1番上に出てきたサイトを流し読みする一手間が将来役立つことがあると思います。
最後になりましたが、博士号取得まで6年間にわたり充実した研究環境のもとで熱い指導をいただきました小林先生、新人のB4の時から直接の丁寧なご指導、日々のアドバイス等など数えきれないほどお世話になりました安川先生、研究でお世話になりました共著者の先生方、そして6年間公私にわたり充実した時間を共有させていただいた小林研の皆様に、心より感謝いたします。また、このような機会をくださったケムステスタッフの皆様にも、厚く御礼申し上げます。
安川博士
世界のどこでも、知識欲を満たせるのは研究者の特権だと思っています。博士号はそのための入り口、パスポートみたいなものです。博士取得にせよ、海外留学にせよ、いつからでも遅すぎるということはないので、新しいことに挑戦する気持ちを持ち続けていれば、いずれ自分の糧になると信じています。
本トピックへの挑戦を全力で後押しくださりました小林先生、本触媒の構造解析のキーとなるデータを測定して頂いた吉田先生ならびに牧博士、卒業ギリギリまで実験を粘ってくれた増田君をはじめ、これまで研究成果を積み上げてくれた学生の皆様に、心より感謝いたします。最後になりましたが、このような記事執筆の機会をくださったケムステスタッフの皆様にも厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:増田 隆介(ますだ りゅうすけ)
所属:東京大学大学院理学系研究科化学専攻 有機合成化学研究室(研究当時)
略歴:
2018年3月 東京大学理学部化学科卒業
2020年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程修了
2020年3月 東京大学大学院理学系研究科研究奨励賞(修士)
2023年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士後期課程修了 博士(理学)
名前:安川 知宏(やすかわ ともひろ)
略歴:
2015年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士後期課程修了 博士(理学)
2015年4月-2022年9月 東京大学大学院理学系研究科GSC社会連携講座 特任助教
2022年10月-現在 ESPCI Paris 博士研究員