[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

光とともに変身する有機結晶?! ~紫外光照射で発光色変化しながら相転移する結晶の発見

[スポンサーリンク]

第540回のスポットライトリサーチは、大阪大学理学研究科化学専攻 物性有機化学研究室で博士後期課程三年生の小村 真央(こむら まお)さんにお願いしました。

今回紹介いただけるのは、有機りん光を示しながら、紫外光を照射するとその発光特性を大きく変えながら固液相転移をする結晶の発見です。指導にあたられている谷洋介先生はジケトン骨格を軸に様々な高機能有機りん光材料を開発されていますが(2023年の化学会年会の若手講演にも選ばれて様々な材料をまとめて紹介されていました)、今回は有機りん光+発光変化+光有機融解という盛りだくさんの性質を持った材料を報告されていますChemical Science誌に原著論文として公開され、プレスリリースもされています。また、カバーピクチャーや2023 Chemical Science HOT Article Collectionにも選ばれており、大注目の成果です!

 “Photoinduced crystal melting with luminescence evolution based on conformational isomerisation”,
Mao Komura, Hikaru Sotome, Hiroshi Miyasaka, Takuji Ogawa and Yosuke Tani, Chemical Science 2023, 14, 5302-5308. DOI:10.1039/D3SC00838J

現場の指導に当たられている谷洋介助教からは、以下のようにコメントをいただきました。

小村さんは、大胆に研究を推し進めるパワフルな側面と、慎重かつ丁寧で粘り強い側面をあわせもったスーパードクターです(実際はまだD3ですが)。以下の記事を読んでもらえれば、彼女でなければこの研究は世に出ず、生まれすらしなかったことがよく分かっていただけると思います。実験・評価方法のノウハウもない状態から、ここまでの研究にしてくれたことには感謝しかありません。
実は、光融解を見つけたばかりの頃の動画が残っています。私にその様子をみせながら接眼レンズにスマホをあてて撮影されたもので、2人の興奮した声も保存されていました(笑)。当時は液体状態から固化した固体を見ていたうえに手ブレもありますが、最終的に論文と共に提出した動画では、きれいな結晶が発光挙動を変えながら融解する様子が見事に捉えられています。この動画は、何度目かのリジェクトのあと、私が彼女に「緑に光っているところから融け切るまでを収めた動画をぜひ撮って」とお願いして撮ってもらったものですが、これがどれほど無茶振りだったか、この記事に書かれた苦労を見てるとよくわかります。。
そんな無茶振りにも完璧に応えてくれた小村さん、これからは気を付けますので、自由に一層活躍してくれることを期待しています!

それでは、小村さんのインタビューをお楽しみください! 元気のもらえるインタビューですので、ぜひ多くの学生の方に読んでもらいたいです!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、光を当てることで発光強度や発光色を変えながら融解する結晶を発見し、そのメカニズムを明らかにしました(動画もあります。こちら。ものが融けるという現象は普段の生活でも数多く目にしますが、通常は熱によるものです。一方、ごく一部の有機結晶では光を当てると融ける(光融解)ことが知られています。しかしながら、これまで報告されてきた光融解現象はアゾベンゼンという限られた骨格をもつものがほとんどでした。そのため、分子設計と機能の多様性は大きく制限されており、融解メカニズムには不明な点が多く残されていました。
今回、我々は独自に開発したジケトン骨格をもつ分子が光融解することを発見しました。さらにこの分子は光融解の際に段階的な発光特性変化を伴う非常に稀有な性質を示しました。具体的には、光を当て始めた直後、結晶は緑色に弱く光りますが、照射時間が経過するにつれ光らなくなりました。そしてこの結晶は新たに黄色に光りはじめ、最終的に黄色に光ったまま溶けました。我々は結晶構造解析や量子化学計算、そして以前の研究結果(Chem. Sci., 12, 14363-14368 (2021).)から、この発光色変化と分子の配座変化を対応付けました(図1)。これによって、光によって結晶中で分子がどのように動き、やがて結晶全体が融解するに至ったのかを明らかにしました。本研究成果は光融解する有機結晶の機能および設計を大きく拡げるものであり、新たな光応答性材料の開発につながるものだと考えています。

図1 紫外光照射時における(a)結晶の発光スペクトル変化、(b) 緑色発光(515 nm)と黄色発光(575 nm)それぞれの強度変化と分子配座の対応

 

Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。

今回の現象は、指導教員である谷洋介先生が蛍光顕微鏡に取り付ける新しい分光装置を買って下さり、それを私が試しに使った時に偶然見つかったものでした。固体サンプルに光を当てながら観察すると、発光スペクトル変化と視界に違和感があったため、何度もじっくり観察し、融解と発光変化が起こっていることに気が付きました。当時は今ほど測定環境が整っていなかったため、段ボールで部屋の窓をふさいだ真っ暗な部屋の中、スマホを顕微鏡の接眼レンズに押し当てて、何とか現象を撮影しようとしたことを覚えています。今では顕微鏡にカメラを装着するためのアタッチメントや、フィルター、暗幕などを整えて頂いたので、測定がずいぶん楽になりました。
また、測定装置のバックグラウンド、サンプルの結晶性、発光強度などの問題があり、結晶サンプルの緑色発光に当初は気が付いていませんでした。ようやく結晶の変化の全貌が見えたのは共同研究者である宮坂先生、五月女先生のご協力により、宮坂研の分光装置で測定して頂いた時のことでした。あの時の測定がなければ今頃全然違う論文になっていたのだろうなと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

実験面で言うと単結晶サンプルの獲得です。この分子は過冷却液体状態が非常に安定なので、合成後はまず過冷却液体が得られます。しかし、過冷却状態が解けて得られる微結晶粉末自体は(おそらく結晶性が足りなくて)緑色の発光を示しません。なので、緑色発光を観測しようとすると単結晶レベルのサンプルを必要とします。この単結晶作成条件の検討自体も大変でしたが、条件自体も面倒なうえ同一条件でもうまくいったりいかなかったりするのでサンプルの確保が大変でした。なぜか過冷却液体では一度も上手くいかなかったのですが、固化して得た微結晶を溶媒に溶かし、その溶液をゆっくりと冷却することで単結晶を作ることができました。しかしながら、この過冷却液体は安定すぎて(例えばつついたりしても)数か月間固化しませんし、せっかく作った単結晶サンプルは分光測定後に融解してしまうので、常にサンプルの残量に怯えながら結晶を仕込んで実験していました。
論文執筆段階では、研究の最推しポイントの選定に一番苦労しました。この分子は沢山の特異な性質を示していて、どこを一番強調するかによって書き方がかなり変わってきます。実際、その選択を間違えたのが一番原因だったと思うのですが、査読にすら届かず、エディターリジェクトを何度も食らう羽目になりました。最終版は本文の大幅な変更だけでなく、タイトルまで変わったので、何度も相談に乗ってくださった先生方には感謝しています。アクセプトまで時間はかかりましたが、結果的に表紙(inside)や2023 Chemical Science HOT Article Collectionに選ばれた時は本当に嬉しかったです

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

アカデミアで働くことを志望しており、今は学振の結果待ちですので、これから私はどこに辿り着くのかなとドキドキしています(笑)。私は幸いにも人や環境に恵まれ、学部から博士まで毎日楽しい研究生活を送れたのですが、何をしていても楽しかったがゆえに、未だに自身が真に成し遂げたい化学が何であるかを完全には掴みきれていません。最近ようやくやりたいことの方向性は見えてきたので、これからも色々なところで経験を積んで自身の化学を築きたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最初に決めた研究目標に向かって邁進するのも大切ですが、ほんのちょっと寄り道して色々試してみるのも大事だと思います。案外、寄り道した先にも楽しいことが待っているかもしれませんし、そうやって生まれたサブテーマが、メインテーマが上手くいかない時の心の支えになったりもします。特に学年が低いうちは気楽に実験する時間も体力も沢山あると思いますから、面倒くさがらずなんでも試してみることをお勧めします。たとえ望みの結果が出なくても、自分の頭で考えて創意工夫を凝らしたことは決して無駄にはなりません。
最後になりますが、本研究の遂行にあたり、五月女光先生,宮坂博先生、小川琢治先生、谷洋介先生には大変お世話になりました。この場を借りて感謝いたします.特に五月女先生にはお忙しい中、急な測定のご対応や、論文に対する様々なご意見を頂き、非常にお世話になりました。そして、このような光栄な機会を下さったChem-Stationスタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

関連リンク

  1. 研究室HP:大阪大学理学研究科化学専攻 物性有機化学研究室
  2. プレスリリース(日本語):光を当てると融けて光る結晶を発見―有機結晶の融解メカニズムを解明―
  3. 光を当てると融けて光る結晶を発見

研究者の略歴

Profile:

名前: 小村 真央(こむら まお)
所属: 大阪大学理学研究科化学専攻 物性有機化学研究室(旧 小川研究室)
専門: 有機りん光材料
略歴:
2019年 大阪大学理学部化学科 卒業
2021年 大阪大学理学研究科化学専攻博士前期課程 修了
2021年-現在 大阪大学理学研究科化学専攻博士後期課程 在学
2022年-現在 日本学術振興会特別研究員(DC2)

spectol21

投稿者の記事一覧

ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

関連記事

  1. 乙卯研究所 研究員募集 2023年度
  2. ケムステV年末ライブ & V忘年会2021を開催します…
  3. シンクロトロン放射光を用いたカップリング反応機構の解明
  4. 有機合成化学協会誌2022年1月号:無保護ケチミン・高周期典型金…
  5. ノーベル週間にスウェーデンへ!若手セミナー「SIYSS」に行こう…
  6. リニューアル?!
  7. ロタキサンを用いた機械的刺激に応答する効率的な分子放出
  8. 2010年人気記事ランキング

注目情報

ピックアップ記事

  1. シーユアン・リュー Shih-Yuan Liu
  2. カラス不審死シアノホス検出:鳥インフルではなし
  3. アメリカの大学院で受ける授業
  4. 吉岡里帆さん演じる「化学大好きDIC岡里帆(ディーアイシーおか・りほ)」シリーズ、第2弾公開!
  5. 生体分子を活用した新しい人工光合成材料の開発
  6. 第17回 研究者は最高の実験者であるー早稲田大学 竜田邦明教授
  7. 第96回―「発光機能を示す超分子・ナノマテリアル」Luisa De Cola教授
  8. ニッケル錯体触媒の電子構造を可視化
  9. 生涯最高の失敗
  10. 巻いている触媒を用いて環を巻く

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー