第548回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院農学研究科 食品生物科学専攻 生命有機化学分野(入江研究室)の鈴木 総一郎(すずき そういちろう)さんと卒業生の黒岩 秀崇(くろいわ ひでたか)さんにお願いしました。
入江研では、天然物および創薬に関する研究を行っており、具体的には天然物由来の新規抗がん剤の分子設計や抗HIV活性をもつ多環性テルペノイドの全合成研究、アミロイドβオリゴマーの化学合成と新規治療薬の開発などについて取り組んでいます。本プレスリリースの研究内容はランシラクトン Cについてで、本研究グループではペリ環状反応を駆使したドミノ[4+3]付加環化反応を開発することにより、ランシラクトン C の提唱構造の完全化学合成(全合成)に成功しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Total Synthesis and Structure Revision of (+)-Lancilactone C
Hidetaka Kuroiwa, Soichiro Suzuki, Kazuhiro Irie, Chihiro Tsukano
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 27, 14587–14591
指導教員である塚野千尋 准教授より黒岩さんと鈴木さんの研究についてコメントを
本研究は、黒岩秀崇君が開始し、鈴木総一郎君が完成させた研究
です(私も実験の一部を担当いたしました)。 新しい合成法の開発、全合成、生合成を考慮した構造改訂と再度の 全合成による検証と長い道のりでしたが、 面白い結果が多数得られました。多くの方に本研究を知っていただ くことができればと嬉しく思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究はペリ環状反応と三員環の特性を最大限に活かした全合成研究です。ランシラクトン類はサネカズラ属植物Kadsura lancilimbaから単離されたトリテルペンで、いずれも5/6/7員環縮環構造をとっており、2つの第4級炭素を含む5か所の連続した不斉点、不飽和7員環を有していることが特徴です(図1)。また、ランシラクトン類のうちランシラクトンC (1) にのみ強い抗HIV活性 (EC50 3.0 μM) が報告されていますが、その活性発現機構は不明です。我々は、特にランシラクトンCの不飽和7員環構造が抗HIV活性に重要な部分構造であるかどうかを検証する目的で、本化合物の全合成研究に着手し、約4年間かけて全合成を達成しました。特筆すべきポイント(新規性)は以下の3点です。
(i) ドミノ[4+3]付加環化反応による不飽和7員環構築の構築法の開発
(ii)9,10位の開裂したシクロアルタン骨格を有する天然物の初の全合成
(iii)電子環状反応を含む生合成を想定することによる構造改訂
以下にそれぞれについて簡単に説明いたします。
(i) ドミノ[4+3]付加環化反応による不飽和7員環構築の構築法の開発
合成標的1には不飽和7員環構造が含まれるため、その新規合成法を開発しました(スキーム1)。我々の研究以前の不飽和7員環の代表的な合成法としてBuchner反応と電子環状反応による環拡大が挙げられますが、これはほとんどの場合、分子内反応として利用されます(b)。一方、本研究では、シクロプロペンAと脱離基を有するジエンBのDiels-Alder反応によってCを得た後、単離することなく脱離反応と電子環状反応を連続して行うことにより、不飽和7員環Eを構築する新規ドミノ合成法を開発しました(a)。これは分子間反応により中間体Dを発生させる点でBuchner反応と相補的な方法となるものと期待されます。具体的には、次の(ii)で合成したアセトキシジエン7と別途合成した光学活性なシクロプロペン8をDess-Martin ペルヨージナンで処理すると酸化により不安定で反応性の高い9が生じ、直ちに7とDiels-Alder反応が起きます(スキーム2、3段目)。付加体10は電子的にも立体的にも有利な遷移状態を経て生じ、これを酸処理すると不飽和7員環12aが優先して得られました。
(ii) 9,10位の開裂したシクロアルタン骨格を有する天然物の初の全合成
核間位に2つのメチル基を有する5/6員環縮環構造の構築から合成を開始しました。1977年にReuschらによりWieland-MiescherケトンからBirch条件で本構造を合成する方法が報告されていましたが、研究室で液体アンモニアを利用できなかったため、ヨウ化サマリウム(SmI2)を用いる方法を検討しました。種々検討した結果、0℃でメタノールを添加した条件が分子内シクロプロパン化に最適でした。得られた2aと2bの混合物を塩基性条件で処理してシクロプロパン環を開裂し、続いてケトンを還元して目的化合物3を合成することに成功しました。次に3から誘導したオレフィン4をエン反応によりホモアリルアルコール5へと立体選択的に変換しました。この際、2,6-tert-ブチル-4-メチルピリジン(DTBMP)の添加が効果的でした。化合物5の接触水素化は4:1のジアステレオ選択性で進行し、シリル基の除去後にジアステレオマーを分離して、6を得ました。この一連の変換は段階的ではありますが、Wieland-Miescherケトンの不斉中心から、ランシラクトンCの4つの連続した不斉点(2つの第4級炭素を含む)の構築に成功しました。化合物6から5工程でアセトキシジエン7を合成し、上記(i)で説明したドミノ[4+3]付加環化反応で、不飽和7員環12a を構築しました。最終的に、12aから7員環の置換基の変換と右上のラクトンユニットを導入してランシラクトンC (1) の全合成を達成しました。これは、9,10位の開裂したシクロアルタン骨格を有するトリテルペンの初の全合成となり、関連類縁体の合成に発展可能です。
(iii) 電子環状反応を含む生合成を想定することによる構造改訂
残念ながら合成したランシラクトンC(1, 提唱構造)の1H, 13C NMRデータは天然物の報告値とは一致せず、構造改訂が必要であることが明らかになりました。各種スペクトルデータと推定生合成経路(スキーム3)を考慮することにより、ランシラクトンCの7員環構造をベンゼン環とする修正構造15を真の構造と予測しました。単離グループはランシラクトンCがランシラクトンA, Bから生合成中間体13のβ脱離を経て生じるものと推測しましたが(A経路)、我々は、中間体13が電子環状反応により14を生じた後、3員環が開裂して15になるものと推測しました(B経路、ここでも電子環状反応!)。実際にこの修正構造を全合成して各種スペクトルデータを文献値と比較したところ、ランシラクトンCの真の構造は15であることが明らかになりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
(鈴木さん)
共同研究者である黒岩秀崇さんがドミノ[4+3]付加環化反応を開発し、ランシラクトンC(1, 提唱構造)の全合成を達成したところ、提唱構造に誤りがある可能性が判明しました。そこで私は、報告されているデータと合成品 (1) のデータを解析するとともに、ランシラクトンBからの生合成経路を推測することにより修正構造を複数考えました。それらの中で、置換基の配置などを考慮し、最も可能性の高い構造の合成に着手しました。得られた化合物のNMRスペクトルデータと旋光度が天然物のものと一致したときはとても嬉しかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
(黒岩さん)
ランシラクトンC(1, 提唱構造)の全合成で苦労したのは、酸化度の高い不飽和7員環構造をいかに効率よく合成するかというところです。今回検討したドミノ[4+3]環化付加反応はこれまで報告例がなく、本当にこの合成法を実現可能かどうかがわかりませんでした。そこで、本反応を効率よく検証するため、まずはモデル化合物を用いて試行しました。種々の条件検討により、AのようなシクロプロペンとBの構造を持つジエンとの組み合わせにより所望の7員環構造を合成できることを発見しました。
また、5つの連続した不斉中心の構築についても、7員環を持たないモデル化合物で合成経路を検討・構築し、それを全合成に応用しています。モデル化合物を使って条件検討することにより、原料合成の負担を軽減し、効率よく合成経路を探索することができ、結果として修士までの3年間で提唱構造(1)の全合成を達成することができました。
(鈴木さん)
ランシラクトンCの修正構造の合成の過程で判明したのですが、修正構造のスチレン部分は酸に不安定で、あと1工程で全合成達成という場面で化合物を全量失ってしまったことがありました。そのときは夢にまでランシラクトンCが出現するほど落ち込みましたが、このときの構造的な不安定性の知見や、もう一度作り直すことにより実験技術が向上したことは今になってはとても良い経験だったと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
(鈴木さん)
今回のランシラクトンCの全合成のように、今まで作ることができなかった・作られてこなかった化合物を自身の手で作り出せたときはとても感動しました。このときの感動を糧にして今後も様々な天然物の全合成研究に取り組みたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
(鈴木さん)
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
このような記事の執筆は初めてで不慣れな部分が多々ありましたが、今回のランシラクトンの研究を取り上げていただきとても嬉しく思います!
最後にこの場をお借りして、ご指導をいただいている入江先生、塚野先生、そして共同研究者の黒岩さん、生命有機化学分野のメンバーに感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:鈴木 総一郎(すずき そういちろう)
所属:京都大学大学院農学研究科 食品生物科学専攻 生命有機化学分野
研究テーマ:Lancilactone Cの合成化学的構造改訂、生薬植物由来トリテルペンの不斉全合成
経歴:
2021年3月 東京理科大学理工学部応用生物科学科 卒業 (中島将博准教授)
2023年3月 京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻 博士前期課程 修了(入江一浩教授、塚野千尋准教授)
2023年4月- 京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻 博士後期課程 在学(入江一浩教授、塚野千尋准教授)
2023年4月- 京都大学大学院教育支援機構プログラム 奨励研究員
名前:黒岩 秀崇(くろいわ ひでたか)
経歴:
2020年3月 京都大学農学部食品生物科学科 卒業 (入江一浩教授、塚野千尋准教授)
2022年3月 京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻 博士前期課程 修了(入江一浩教授、塚野千尋准教授)
2022年4月- 化学系メーカーに勤務