第546回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院薬学研究科 バイオ医薬品化学分野の西山 健太郎(にしやま けんたろう)さんにお願いしました。
バイオ医薬品化学分野では、京都大学と国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の連携に基づき、京都大学大学院薬学研究科・薬学部と医薬基盤研究所において研究を推進しています。薬学研究科での創薬有機化学分野との連携を通じ、蛋白質工学と有機合成化学の技術を利用することで、従来型の抗体医薬品を超えた新たな機能を創出するための分子創製技術を研究しています。また、医薬基盤研究所でのプロジェクト間連携を通じて、バイオ医薬品の作用メカニズムを調べ、これを次世代創薬につなげるための基礎研究を進めています。
本プレスリリースの研究内容は、抗原をテンプレートとした化学反応についてです。本研究グループでは、医薬基盤研究所の独自技術である『エピトープ均質化抗体パネル』と呼ばれる技術を利用して、特定の蛋白質の複数の異なる部分(エピトープ)を抗原として認識する抗体を複数取得しました。これらの抗体のうち、結合する抗原の場所が近接した抗体を2つ用い、それぞれに互いに反応する官能基を修飾しました。そしてこれらの抗体が抗原に結合した際のみに特定の化学反応が進行することを明らかにしました。
この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
A Proximity-Induced Fluorogenic Reaction Triggered by Antibody‒Antigen Interactions with Adjacent Epitopes
Kentaro Nishiyama, Hiroki Akiba, Satoshi Nagata, Kouhei Tsumoto, Haruhiko Kamada, Hiroaki Ohno
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, e202306431
指導教員の秋葉宏樹 助教と大野浩章 教授より西山さんについてコメントを頂戴いたしました!
秋葉先生
西山君は、私たちの分野が京都大学大学院薬学研究科と(国研)医薬基盤・健康・栄養研究所の連携分野として開設された際に、最初に1人飛び込んできてくれた第一期生です。まだほとんど更地、しかも最初は私と二人きりという研究室に彼が入った矢先に新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言があるなど、数々の苦難を乗り越え、研究が軌道に乗り出した段階で今回の発表にいたりました。抗体コンジュゲート分子の取得に至るまでの細かい条件検討や、評価系の開発など、西山君の昼夜を惜しまない努力の成果が実りました。新しい創薬研究につながる技術を開発するにあたって、序章となるコンセプト論文がこの研究です。彼の研究のさらなる発展に期待しています!
大野先生
この度はChem-
Stationで西山君の研究成果をご紹介いただき、 誠にありがとうございます。 西山君と秋葉先生の努力が素晴らしい形になったことを大変嬉しく 思っております。
西山君が所属するバイオ医薬品化学分野では、有機化学の力を活かして、 抗体をはじめとするバイオ医薬品に新たな機能を付与することを目 指して研究を行っております。今回の成果は、 バイオ医薬品化学分野の第一弾の研究成果で、医薬基盤・健康・ 栄養研と京都大学薬学研究科の強みが発揮されたことによって実現 されたものです。 西山君がバイオ医薬品化学の新しい分野を切り開く研究者として、 一層飛躍することを心から願っております。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
特定の分子間相互作用を鋳型(=テンプレート)として反応性官能基同士を近接させ、部位特異的に化学反応を進行させる手法はテンプレート反応と呼ばれ、生体内での薬物合成や分子検出などへの応用が期待されます。今回の研究では、抗原抗体相互作用のみを鋳型とした初めてのテンプレート反応として、BATER(biepitopic antigen-templated chemical reaction)を実証しました。この手法を応用すれば、生体内の狙った抗原を化学反応の場として利用できると期待されます。
BATERの実証にあたって私たちは、同じ抗原の隣接したエピトープと相互作用する抗体ペアを用いれば反応性官能基が十分に近接すると考えました。私たちの研究グループでは2型TNF受容体(TNFR2)の様々なエピトープと相互作用する抗体を有しており、その中でもTR92とTR109という抗体ペアは、隣接したエピトープと相互作用します。これらの抗体のFab(antigen-binding fragment)に反応性ユニットをコンジュゲートし、抗原との相互作用に依存した反応を試みました。
反応の進行を蛍光強度の上昇によってモニタリングするために、3-アジドクマリンとビシクロノニンの間の反応により蛍光“ON”になるクリック反応を用いました。TR92のFabに3-アジドクマリンを連結したTR92-AC1、TR109のFabにビシクロノニンを連結したTR109-BN0、TNFR2の3つを混合したところ、TNFR2抗原非存在下と比べて蛍光強度が大幅に上昇しました。抗原との相互作用によって反応が加速されることが明らかとなり、BATERの実証に成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
タンパク質工学・有機化学・分析化学という様々な分野からのアプローチを組み合わせてBATERの概念実証を達成できたという点です。例えば、当初は抗原として市販されているエタネルセプト由来の二量体TNFR2を用いていましたが、二量体であることに由来してFabと抗原が何対何の複合体を形成するかの解析が難しいという課題がありました。そこで、単量体でも安定に存在できるTNFR2を設計し、用いることで複合体形成の解析を簡便にすることができました。他には、クリック反応により蛍光“ON”になる反応を用いることでBATERの進行を容易に検出できるようにし、蛍光検出器を付けたサイズ排除クロマトグラフィーでTNFR2 + Fab × 2の三者複合体の溶出位置における蛍光強度の時間変化を見ることで、抗原と相互作用している状態で反応が進行していることを示すことができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
自分の研究の価値をわかりやすく伝えるためのストーリーの組み立てが難しかったです。抗原の上でクリック反応が起きていることを示すデータは研究を始めて1年程度で出ていました。しかし、似たような研究を行った報告がほとんどなかったため、成果の伝え方そのものを手探りで切り拓く必要がありました。私にとって3回目の学会発表に向けた要旨を書いているときに、Liuらが提唱したDNAテンプレート反応1)と反応形式が非常に似ているな、ということに思い当たりました。そして、新たなテンプレート反応を開発した、という趣旨で発表を行ったところ反響が良かったため、今回の論文も同様のストーリーになるように補完するデータの収集を行いました。自身の研究をいつもとは違う角度から見てみるのも大事だという教訓になりました。
1) Liu, D. R. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 4848–4870.
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来は、化学を用いて人の命を救うことができる創薬研究者になりたいと考えています。現在、抗体と有機化合物を組み合わせたコンジュゲート分子を用いた研究を行っているため、抗体薬物複合体をはじめとする抗体医薬品の研究開発に携わりたいです。また、抗体医薬品に限らずとも、タンパク質と有機化合物のような性質の異なる分子を組み合わせることで新たな機能を発揮するようなモダリティを開発し、社会に貢献できたらいいなと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究をしていて壁にぶつかることはよくあると思います。私は、然るべき努力をしていればその壁を「時間が解決」してくれると思っています。何度も同じ実験をして傾向をつかむことが解決のきっかけになることもあれば、何気なく話した誰かとの議論がきっかけになることもあれば、そもそもその課題を解決しなくてもよくなることさえあると思います。現在うまくいっていなくても悲観せずに、とりあえず自分ができることをがむしゃらにやってみる、というのも大事だと思います。
最後になりましたが、本研究の遂行にあたり多くのご指導を頂きました大野先生、鎌田先生、秋葉先生、そして多くの議論を交わしてくださいましたバイオ医薬品化学分野および創薬有機化学分野の皆様に感謝申し上げます。並びに、今回このような研究紹介の機会を与えてくださいました、Chem-Stationの皆様に厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:西山 健太郎(にしやま けんたろう)
所属:京都大学大学院薬学研究科 バイオ医薬品化学分野
2021年3月 京都大学薬学部薬科学科 卒業
2023年3月 京都大学大学院薬学研究科 薬科学専攻 修士課程 修了
2023年4月~現在 京都大学大学院薬学研究科 薬科学専攻 博士後期課程
研究テーマ:抗原上反応を利用した抗体低分子化法の開発