bergです。この度は2023年7月14日に東京大学本郷キャンパスにて開催された「第30回光学活性化合物シンポジウム」を聴講してきました(→告知記事)。お目当てはもちろんBuchwald教授でしたが、民間企業に就職して以来有機合成のホットな話題に触れる機会がめっきり減ってしまっていたので、そのほかの先生方のご講演も非常に刺激的で新鮮でした。この記事では会の模様を簡単に振り返ってみたいと思います。
当日は梅雨の晴れ間で蒸し暑い一日。はるばる猛暑の日本へ足をお運びいただいた海外の先生方には頭が上がりません。
会場はBuchwald先生を一目見ようと詰め掛けた方々で立ち見が出るほどの盛況でした。コロナ禍もあって長らく実地のシンポジウムはなかなか開催しづらかったと思いますが、やはりこのような場は貴重ですね!
冒頭、金井求教授のご挨拶に引き続き、Yamada-Koga Prizeの授賞式がありました。1995年の創設以来、光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な業績をあげた化学者に毎年授与されてきた賞ですが、2019年を最後に更新が止まっていました。そんな4年越しの授賞に輝いたのが今回の主賓、Buchwald先生でした。受賞の折に基礎研究の重要性を強調されていたのが印象に残っています。日頃営利に直結するかどうかの観点で物事を捉えてしまいがちなので、巨人の肩に乗せていただいていることを忘れないように心掛けたいものです。
ご講演のトップバッターはProf. Darren J. Dixon (University of Oxford) 。” New Catalytic Approaches For Simplifying Complex Molecule Synthesis”と題して、綿密に設計された有機分子触媒を駆使したMadangamineの全合成や、キラルなP(V)中心の化学にまつわるお話を伺いました。
続く田辺三菱製薬の坂槇茂輝先生より「Revolutionary Idea of SGLT2 Inhibitor ~Canagliflozin for Type 2 Diabetes~」についてお話しいただきました。Canaglifrozinは腎臓におけるグルコース再吸収の大半を担うSGLT2の活性を阻害することにより血糖値コントロールに寄与する2型糖尿病の治療薬ですが、その肝となる構造はアリール-C-グリコシドです。この骨格を構築するために当初はリチオ化を用いていたものの、極低温が必要であったり中間体の精製に再結晶が利用不可であったりとスケールアップの障害となる困難を克服できなかったことからターボGrignard試薬、次いでアリール亜鉛試薬を用いた手法へ切り替えたとのエピソードが印象的でした。
次いで名古屋大学ITbMの山口茂弘 教授からは” Main-Group-Rich π-Electron Materials: Design and Application”と題してご講演いただきました。主にホウ素原子を導入した多彩なπ-共役系分子にはじまりそれらの特色ある物性、ひいては分子イメージングへの応用により生きたミトコンドリアを観察するといった夢のあるお話を伺うことができました。
そして迎えた大トリ、Prof. Stephen L. Buchwald (Massachusetts Institute of Technology)からは” Palladium-Catalyzed Carbon-Heteroatom Bond-Forming Reactions for the Functionalization of Molecules Big and Small”と題してお話しいただきました。Hartwig-Buchwaldアミノ化として有名なC-Nカップリング反応に用いられる、いわゆるBuchwald ligandの開発の経緯など、なかなか耳にできない小話をうかがうことができました。RuPhosの名前の由来になった猫のRufusくんのお写真を拝見できたのは猫好きとしてはたまりませんでした。最初の論文投稿がスムーズに受理されなかった逸話も初耳でした。やはり最後まであきらめないことが重要なのだと改めて感じました。
久々にディープな話題に触れることができてあっという間の4時間でした。最後になりましたが、ご講演くださった先生方、ケムステスタッフをはじめシンポジウムをセッティングしてくださったすべての方々、本当にありがとうございました。