[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

室温固相反応で青色発光物質Cs₃Cu₂I₅の良質薄膜が生成とその機構の研究から特異な結晶構造の起源を解明

[スポンサーリンク]

第536回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの辻 昌武(つじ まさたけ)特任助教にお願いしました。

本プレスリリースの研究内容は、新規発光材料についてです。研究の背景として有毒な鉛を含まない銅系ヨウ化物は、大きなバンドギャップ、p型導電性、優れた光吸収・放出特性により、フォトニクスや透明エレクトロニクスの分野で注目されています。本研究グループでは、室温でヨウ化セシウム(CsI)とヨウ化銅(CuI)の粉末を混ぜるだけで、高効率で青色発光する蛍光体Cs3Cu2I5が生成することを見出し、この現象を利用して良質な薄膜の室温形成に成功しました。さらに、高効率発光の起源となっている銅イオン周囲の特異な構造の生成機構を解明しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Room-Temperature Solid-State Synthesis of Cs3Cu2I5 Thin Films and Formation Mechanism for Its Unique Local Structure

Masatake Tsuji, Masato Sasase, Soshi Iimura, Junghwan Kim*, and Hideo Hosono*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 21, 11650–11658

DOI:doi.org/10.1021/jacs.3c01713

指導教員だった元素戦略MDX研究センターの細野秀雄栄誉教授より辻特任助教についてコメントを頂戴いたしました!

2018年にCs3Cu2I5という結晶が極めて高い量子効率で青色発光することを見出しました。CuI3という3角形とCuI44面体がつながった構造がCsによって隔離されており、擬ゼロ次元発光中心と見做せることがそのオリジンであるは分かったのですが、なぜこんな変わった配位が安定に形成されるのかはずっと理解できませんでした。今回の辻君の室温固相反応によるこの結晶相の生成の発見とそのモデルによりやっとスッキリと理解できました。いろいろな可能性を示唆する興味深い成果だと思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

2018年に当研究グループが開発した高効率青色蛍光体Cs3Cu2I5 (以降CCI 、2018年Advanced Materials [1])は有毒な元素を含まず、発光の量子効率が90%を超え、化学的にも安定という特徴を有するため、フォトディテクター・シンチレーター・青色EL素子用途への応用で近年注目されています。これらの特性はCuI3三角形とCuI4四面体が結合した[Cu2I5]3−二量体の発光中心がCs+イオンによって孤立している特異な構造が起源です(図1)

図1 CCIの結晶構造(赤:セシウムCs、青:銅Cu、緑:ヨウ素I)と銅周辺の局所構造

本研究ではCsIとCuIの薄膜が室温で固相反応し、CCIや類似化合物の黄色蛍光体CsCu2I3の高品質な薄膜が合成できたことがきっかけとなり、CsIの結晶中の隙間を相互拡散したCu+イオンが占有することでCCIの結晶構造が説明できることを見出しました(図2)。

図2 CuIとCsIの相互拡散に基づくCCIの生成モデル。左図は式に示される欠陥の生成を伴う原子の相互拡散の概略図。ここでVXX原子の格子空孔を示す。右図は欠陥種の生成によるCCIの特異な構造の生成モデル。緑色の立方体はCsIの単位格子(CsCl型構造)を示す。CsI格子中のCsサイトを占めるIイオン(ICs)と空隙を占めるCu+イオン(Cui1およびCui2)によってCCIの特異な構造が生成する。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

もともとは量子井戸を作りたくて始めた研究でしたが、薄膜を作ると次の日には勝手に反応が進んで積層構造が壊れてしまうことに気づきました。CCIの原料であるハロゲン化アルカリは潮解性をもつため、大気中の水分のせいだと思い、学振で購入したグローブボックスを成膜チャンバーに繋げて、大気に触れることなくすべての測定をできるシステムを自作しましたが、それでも反応が止まらず、ようやく室温固相反応という珍しい現象が起きていると確信しました。室温での固相反応を実証して、研究の狙いを絞れたことがこの研究のターニングポイントだったと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

CCIの特異的に高い発光効率が局在化したCuI3三角形をもつ結晶構造に起因していることは2018年から予想はしていましたが、なぜこのような不思議な構造が安定に存在できるのかが長年の疑問でした。室温の反応が見られたことで、CCIと母材のCsIの構造の変化は大きな障壁なく進むはずだと考え、それぞれの結晶構造の共通点と違う点を改めて見つめなおすきっかけになりました。

狙いを絞ってからは急速に研究が加速し、新規発光半導体の探索・合成・薄膜化、第一原理計算を用いた検証など、これまで携わってきた様々な研究の成功・失敗経験がすべて役に立って今回の成果につながったと思っています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

人の役に立ってこその材料なので、社会で実際に使える材料を目指して研究を続けたいです。また、半導体だけにこだわらず、結晶の隙間を活かして面白い材料を今後も探索したいです。

隙間・原子・電子それぞれの相互作用を理解できるように可視化するには計算の利用が不可欠です。しかしながら、現実に即したモデルを立てるには未だに研究者の実験に基づく経験と知恵が必要です。実験者として観察眼を磨いて、観察から見つかった面白い現象を社会の役に立てられるような、柔軟な視野を持った研究者となれるよう邁進していきたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究は些細な変化を見逃さなかったことがきっかけとなって花開いたと思っています。自分にとっては初めての経験でも、異分野の研究者にとっては不思議ではないことも多々あります。逆もまた然りです。観察をして不思議だと思ったことは、思い切って異分野の人とも相談してみてほしいです。

また、苦しいときも順調な時も、支えになるのは家族、指導教員の先生方、そしてなにより切磋琢磨する友人の存在でした。今回の研究を通して、まずは自分を信じて本気で研究に没頭し、時には周りの人と積極的にコミュニケーションをとるのが、研究をより楽しむために重要だと改めて感じました。

最後に、今回の成果は指導教員である細野秀雄先生、金正煥先生、研究室の同期をはじめ、研究室の皆様のご協力のおかげです。皆様に深く感謝いたします。

研究者の略歴

名前: 辻 昌武(つじ まさたけ)

所属(当時): 東京工業大学 元素戦略MDX研究センター 細野秀雄研究室 博士課程3年

所属(現在): 東京工業大学 元素戦略MDX研究センター 特任助教

研究テーマ: 半導体材料中の点欠陥

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 外部の分析機器を活用する方法
  2. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑤:ショットノ…
  3. 光触媒を用いたC末端選択的な脱炭酸型bioconjugation…
  4. 【速報】2016年ノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」に!…
  5. 光レドックス触媒と有機分子触媒の協同作用
  6. マテリアルズ・インフォマティクスにおけるデータ0からの初期データ…
  7. ラジカル重合の弱点を克服!精密重合とポリマーの高機能化を叶えるR…
  8. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」①(解答編…

注目情報

ピックアップ記事

  1. コロナワクチン接種の体験談【化学者のつぶやき】
  2. トリメチルアルミニウム trimethylalminum
  3. 第39回ケムステVシンポ「AIが拓く材料開発の最前線」を開催します!
  4. 製薬業界の現状
  5. シラフルオフェン (silafluofen)
  6. フラーレン:発見から30年
  7. リーベスカインド・スローグル クロスカップリング Liebeskind-Srogl Cross Coupling
  8. 米ファイザー、コレステロール薬の開発中止
  9. 製薬系企業研究者との懇談会(オンライン)
  10. 九大発、化学アウトリーチのクラウドファンディング「光化学の面白さを中高生と共有したい!化学の未来をピカリと照らす!」

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー