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化学者のつぶやき

空気と光からアンモニアを合成

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Tshozoです。

半年前の発表で、実質連続になってしまいますが、アンモニア合成について大きなトピックになり得る成果が出てまいりましたので何としても紹介したいと思っておる次第です。お付き合いください。

Catalytic nitrogen fixation using visible light energy
Yuya Ashida, Yuto Onozuka, Kazuya Arashiba, Asuka Konomi, Hiromasa Tanaka, Shogo Kuriyama, Yasuomi Yamazaki, Kazunari Yoshizawa & Yoshiaki Nishibayashi 

Nature Communications volume 13, Article number: 7263 (2022) 論文リンク

関係リンク:
東京大学プレスリリース, 九州大学プレスリリース, 大同大学プレスリリース日経新聞, 日経XTEch, マイナビニュース をはじめ多数で既に紹介されています
(また本論文はNature Communicationsの”Top 25 Chemistry and Materials Sciences Articles of 2022“にてピックアップされました)

論文要旨

平たい話が、何度もご紹介してきた小学館 ドラえもん33巻 の第3話「地底のドライ・ライト」が想像に極めて近い形で実現した、ということになります。


小学館「ドラえもん」33巻 第3話「地底のドライ・ライト」より(リンク)
話中では光を固めたものになるが、固体化に則してCO2とかの副原料が一切言及していない点がポイント

藤子・F・不二雄氏の漫画から情報科学や飲み薬、小道具については隠喩的なものも含めかなりの部分が実現していたりしますが実はエネルギー関係や物理関係では実現しているものが少ない。そりゃタケコプターとかだいたいが物理法則に反しているため仕方ないのですが、時々そのギリギリをついてくるひみつ道具があり、ドライ・ライトは「原油がいずれなくなる」という危機に対し22世紀がどう対応しているのか、というドラえもんの答えでした。この物質は熱さえ受けなければ常温常圧で地下に貯めておくことが出来る、ということが漫画の中で表現されていた事も後々考えるべきポイントです。

で、これを読んだ大学生の筆者は光を固定化するという新技術が出来ないかと間違った方にベクトルを向け拗らせを先鋭化させて今に至るのですが、そんなことをやらなくても取り扱いやすいエネルギー体であるアンモニアに変換すれば上記のドライ・ライトとほぼ同じように簡単に貯めて、多少習熟はいりますが既存技術によって十分取り扱うことが出来る、と。つまり別に新材料開発とかに銭を割くような無駄遣いは要らんのですよね。

以上で趣旨はご理解いただけたということで、これまでと何が違うか、という点を次に記載します。

技術的な位置づけとこれまでとの違い

現実に市場に出回るほぼほぼ100%のアンモニアは天然ガスから作られます(極一部で石炭から、の例有り)。ただエネルギー媒体として考えた場合、天然ガスからエネルギー的に劣化しているのは一目瞭然(下図)。最新高効率プロセスでも熱力学上の損失で贔屓目に見てもLNGから約40%近くのエネルギーを失うため、4割も価格が高くなるのでは競争力を持たせるのはしんどい(長期間貯蔵性・ハンドリングという利便性は増します)。また最近の侵略行為のため天然ガスも石炭も奪い合いになっていて十年単位での高止まりは当面必至。となると化石燃料由来のアンモニアにエネルギー媒体としての解を求めるのは今後結構ハードルが高いことが予想されるわけです。あ、水●は問題外なので考えなくて結構です。

以前の記事から再掲
左側の棒が天然ガスそのものの燃焼エネルギー、
右側がハーバーボッシュ法後のアンモニアの燃焼エネルギー

一方、実証中のほかの二つのやり方(自然エネルギー電力変換+水の電気分解+低温低圧ハーバーボッシュ法 と、自然エネルギー電力変換+SmI2電解還元+触媒的窒素固定)の方法も開発されていてこれらもドライ・ライトにかなり近いのですが効率やプロセスも複雑なものになりかねない(前者は既存技術の延長線上で出来るという利点あり)。

となると理想的なプロセスとしては光をそのまま材料に変えられる(自然エネルギー光電変換+触媒的窒素固定)ことであるのは理解できるでしょう。今回はそのプロセスを初めて具現化した貴重な例であると言えます。

で、今回の論文の大事な要素として、可視光(≒太陽光、の意味で使います)光電変換、プロトン供給、触媒反応の3つがあります。最後の1個はこれまで述べてきた触媒的窒素固定反応がベースとなっていますが、最初の2個によってこれまでの反応に対し少々異色とも思われる位置づけにあると思われますのでそのへんをポイントとして記載していきます。

太陽光 おさらいなど

第一に、太陽光は本質的に散逸性が高く取扱いの難しいエネルギーです。もちろん総分量は地球上のエネルギーとして最大ですが、散逸しすぎ。集めるには広い土地が要りますし、天気や季節でコロコロ照射量が変わる。一部の界隈が騒いでいるほどいいもんではない明白。それに発生する電力の品質が悪すぎる。

何故なら電力は本来同時同量(=発電と「同時に」「同量で」消費されなければならない、電力業界の大原則)であるべきなのに(注:実際には供給が常に1よりも大きくなるように制御している)、太陽光は天荒次第で供給が大きく変動する。風力もまた然りで、つまり太陽光発電(や風力発電)は単独では極めて低品質な電力しか生み出せないという現実を踏まえる必要があります。この発電に伴う出力の上下動をカバーするのに細かくコントロール出来る火力発電がセットにならなければならないのですが、昨今のヒステリー的な脱炭素の波のため、それすらも憚られ電力事情・電力品質事情はますます悪くなっているのが現実。だいいちこんな品質の悪い電力を直接系統につなぐということがどれだけ無謀か、税金でも注ぎ込まないと対応できないですよね第一印象として。

https://i0.wp.com/www.enecho.meti.go.jp/about/special/shared/img/787g2-2b3u9hgx.png?resize=534%2C293&ssl=1

経済産業省資料による、九州のとある一日内の発電構成変化(リンク:資源エネ庁)
黄色が太陽光などの再エネ発電分だが火力が無いと需要変動に対応できない
あと山林を荒らして無理矢理メガソーラーを作るのはもういい加減止めるべき

またEasy Oilと呼ばれる潤沢な油田は専制国家の元以外にはほぼ無く、また世界的需要は増える一方で価格交渉も負け気味な我が国からすると、現状を維持しつつその松明の主要部分を自分らで作っていく以外、国家存続の道はないとも予想されます。その課題に対しエネルギー体・工業原料・肥料に使用でき大量に貯蔵・運搬出来るアンモニアの低コストな合成が将来的な松明、つまりエネルギーのメインプレーヤーになるというのは科学的にも化学的にも妥当ではないのではないか、と10年以上筆者が主張しているのです。最終的にはあちこちの太陽光や再生エネルギーを全てアンモニアに変換・貯蔵し、その取れ高に応じてエネルギーの消費計画を立てるような形にしなければいけないのではないかと。

で、太陽光。扱いづらいが何とかかき集めなければならない。しかし、繰り返しになりますが照射量が地域でバラバラ、波長が広範に広がっていてエネルギー密度もバラバラ(下図)、こんなに使いづらいものをどう使えるようにするかという外交的・科学的・化学的な問題に直面しますが、今回は科学的な話からいきます。

この図が大前提になる(参考リンク:こちら 世界銀行のプロジェクトから展開されたデータ)
少なくとも地域的に日本に近く、外交が成立つ国と仲良くしてそこでうまくやるのが一番いい
太陽光貧乏国の日本でやるのは山林とのバランスが悪すぎるのと非効率過ぎて不適

graph
地表に降り注ぐ太陽光スペクトル(参考リンク:こちら 非常にわかりやすくお勧め)
一番広い面積部がAM1.5と呼ばれる大気中の太陽光エネルギー分布、
黄土色の部分が結晶シリコンでの変換後の理論エネルギー領域、紫の部分がその現実的な領域

再生エネルギーを活用しようとしている人はこれを見てウンザリするところからが出発点

一般的に使用される結晶Siをベースにした太陽電池理論起電圧は上図のとおり約1.18V程度。これを光電変換が行える光の波長に直すとざっと1100nm。原理上、これ以上のエネルギーでないと発電できないので入射光エネルギーの半分以上最初から捨てることになります。さらにSi特性を加味するとリクツ上で全部の約30%しか使えない(上図の黄土色の部分)。さらに反射、内部抵抗や表面拡散などで差っ引かれて変換効率20%前後で万々歳、というのが現実での相当良い変換レベル(上図の紫色の部分)。しかも某国との関係がアレな状況ですから、今後継続して安いパネルを仕入れることはほぼ無理と考えなければならんですし。そもそも開発の歴史が非常に長い結晶シリコンでも単電池で0.8V程度しか起電圧が出ず、水の電気分解すら起こせないので面積が更に倍とかで投資が捗り、値段は上がり続けることに。第一国内の山をこれ以上潰して何がうれしいのか。こうしためんどくさいエネルギーを電力系統に直結せずに安くどう貯めればいいのか、ということが本当の意味で有効に太陽光を利用する出発点になるのです。

こういう状態を作ること自体、特定の国に限定すべき(個人的意見)
Taihang, China 写真リンク先はこちら(Reddit)

これらに対する技術的な解として変換効率を上げるというのがありますがこれまで色々検討されたものは大面積化出来なかったり耐久性がアレなものばっかり、という印象で集光光学変換以外は正直あまりいい筋でなく、出来た挙句に品質の悪い電力を吐くのではうれしくない。では他に解はあるのか。電池に貯めればという手はありますがかなり値段が高いのと安全性の懸念や供給する国が限られるとか国策による銭が大量に放り込まれているなどがあり、導入には実体としてハードルがある。あと逆説的ですが電気にしかならないので応用が広がらない、という面もあります。

これに対し電池でない形で化学エネルギーに変換して貯める場合は、まず全体的な変換効率として妥当なレベルでなければなりません。ただ一般的に使用される反応経路の場合、電気分解などの形で水素を合成するエネルギーが大半を占めます。加えてここでアンモニアを合成しようとすると昇圧や昇温が必要でエネルギー的にしんどくなる(これを許容+軽減するやり方ももちろんあり、様々なメーカが手掛けています:事例リンク)。

ということでこの化学変換を一発で、できれば水素を介しないやり方でやれると一番いい。更にできれば太陽光「発電」を介さずに化学反応から一発で作れるのがコスト的に一番好ましい。もちろん光電変換というメカニズムとしては同じなのですが、回路抵抗や変換に伴う熱の発生などを最小限に抑えられれば、また出来るだけ可視光の広い範囲で合成が進む=低い波長のエネルギーでも反応が進む系が実証できれば、トータルとして良いのは容易に想像できるでしょう。今回の結果はそこにより近づいた系を実証したことに意義があるわけです。

これまでの化学変換と、今回の成果の位置づけイメージ
オレンジのところを一発で進められる 図は(文献1)より筆者が編集して引用

今回の反応詳細

反応の要旨を書くと下図。触媒反応はこれまでの成果が活かされたものですが、今回付加された右上の光電変換とプロトン供給がキモですね。それ以外にも色を付けたところは重要な部分であると考えられ、それぞれについてコメントを記載してまいります。

図は本論文から筆者が編集して引用

まず右上の円で色付けした部分でポイントとなるのはイリジウム錯体(トリス(2-フェニルピリジナト)イリジウム(III), 通称Ir(ppy))の亜種(ブチルが2個ついている)。Ir(ppy)のグループは特徴のある吸光スペクトルを持ち、また光電変換に必要な波長が2.5eV ≒ 500nm前後と、リクツ的には可視光の半分くらいを変換できる能力がある(ただ実測はだいぶ異なり紫外光付近(≦400nm)から強い吸収帯を持つもよう・下図)のに加え比較的広い酸化数変化にも安定であるためポテンシャル検証のために研究室でよく使用される光電変換錯体と言えます。

Ir(ppy)(dbpy)の吸光スペクトル  本論文SIより引用

この錯体はIrの電子が1価上がっていて還元性がある状態の場合強い電子供与体としてはたらき、その電子1個分が左上の□で囲った部分で触媒のDimer化に使われるところから円環がスタートしたと考えてみます。この円環の後、Ir+錯体が①太陽光入射で正孔と励起電子を得た状態(Ir+*/この状態でIr錯体は強い電子供与性と強い酸化性を同時に持つ状態となる)へ移行し、ここで②ジヒドロアクリジン(acrH2)がIr+*の正孔と反応してプロトンを吐き出し、③還元性の強い電子のみが残ったIr錯体と一緒にアクリジンがプロトン供与体がPCET反応を起こし、窒素が開裂した状態の窒素固定触媒に対しPCETの形でアンモニア化反応が進む、というなんともアクロバティックな部分を担っています。

ここでちょっと機構的に納得しにくいのが②の部分。ステップを詳細にみると、まずIr錯体は対イオンに電子を奪われて+となっている状態で可視光が当たると、励起された高いエネルギーの還元性の高い電子が発生すると同時に強い酸化力を持つ正孔がIrの軌道に発生し起電力を持っている電池のようになるわけですね。で、円環が元に戻るにはまずIr錯体の正孔を酸化される相手に当てて消費しなければならないのですが、この犠牲者になるのがジヒドロアクリジン。要は窒素原子のところにある非共有電子対の一つがぶんどられる。ここまでが下図②。その後中央部の窒素原子と反対側にある水素原子の結合が緩み(=水素との結合に使われていた電子が非共有電子対のところに引き込まれ)外れやすくなり、その水素原子がプロトンとして励起された電子を持ったIrとの相乗効果によるPCETを起こして窒素還元反応が進み(③)、ここで今回の目的である光+空気+プロトン供給体→アンモニア、が達成されるという円環が完成しました。

②部分のイメージ 1電子還元体が発生した際
この反応の中で対イオンであるONfが何と対になっているのかは謎…

上記の右下□部分に至る反応まとめ (文献3)より引用

なお上記の流れで犠牲者となったジヒドロアクリジンは安定なラジカル状態を取ることが知られており、最終的にはこのラジカル化したジヒドロアクリジンは上図の右下の囲みに示すようにラジカル状態になったジヒドロアクリジン同士で結合し、ジヒドロアクリジンダイマーを作ってそこで反応が止まります。

やはりポイントとしては今回このジヒドロアクリジンがIrとの相乗効果でPCET反応を進めることが出来るという点でしょう。Ir錯体が正孔を持つ以上、還元性が高い状態にある窒素固定錯体から電子をぶんどっても仕方ないとも思われるのですが、反応収支でみるときちんと進んでいるあたり、副反応が進みにくいことはかなり奇跡的な気がします。

ただ今回の場合、正孔の方の反応はうまくいっているのですが、還元側の電子が関わる副反応の水素発生がかなり多い(論文参照)。つまり電子がPCETに使われない比率が高い。これはおそらくIr錯体の水素発生過電圧が低い=水素発生が進みやすいためで、ここらへんは下記で述べますが今後どういう光電変換を含めた反応設計にするかで抑制しなければならない点だと考えます。

そしてもう一つのポイントは論文内でも書かれていますが今回の反応の初期状態が熱力学的には進まないレベルからの反応である点です。活性化エネルギーも含めて整理すると、今回の論文の熱力学的エネルギーの関係性は下図のようになります(あくまでもイメージ)。

つまり、歴史的に初めてアンモニアより下のエネルギー位から窒素固定反応を進めることが出来た、と。これは反応経路で消費されるエネルギーが従来より有利になり得ることを示しています。なお上図では簡単のためΔaとΔb(夫々、ジヒドロアクリジンを基底状態から合成するエネルギーと、それを活性化するための光電変換のエネルギーとを表現・今回は)を低めの数値として表現していますが、この二つが他の経路よりも高い状態を通ってしまうとエネルギー収支の有利性が小さくなってしまうため、この後は中間体をどうすればいいのか(≒Δc÷(Δa+Δb)をいかに上げるか)等の理論的調査とセットで進める必要があります。なお従来法(水電解→ハーバーボッシュ法)ルートでも、理論水電解に結構な過電圧が必要で、最も汎用的なアルカリ電解を用いたとしても実質変換効率は思われているほどよくはない(それでも相当マシ)ことは付記しておきます。

いずれにせよ繰り返しになりますがこうした系が進みうることを実証出来た点は大きな意義を持ち、たとえば日照量の多いオーストラリアや海上でバッと下図のようなプラントを広げてすぐにアンモニアが出来てしまう、的なことが出来る第一歩にもなるのではないでしょうか。

(文献4)より引用(リンク) その昔、日本でも昭和の時代に既に”PORSHE計画”として
故 太田時男教授により提案されていた

最終的に目指す姿と、推定される必要な構成

最終的に光+空気+水→アンモニア+酸素、というのが人類の目指す究極の反応であり今回の成果の望み得る最終形態ではありますが、このためには酸素原子をうまく系外に排出しなければならない。その点、今回の反応でジヒドロアクリジンはムチャクチャな役割を担わされています。つまり今回のように光電変換により発生した正孔を酸化される何かにくっつけて反応体として反応部から追い出す役割と同時に、プロトン供給+プロトン移動までも一身に担っている。この点は少し反応的に難儀なところであり、今後の反応設計の中で改良していく必要があるのでしょう。具体的には、酸化された系がすぐ他のところに排出され、それが別のところで水を酸化して酸素を排出する、という流れが出来ると色々と捗りそうです。また、それが出来ない現状では致し方ないのですがプロトン供給分子であるジヒドロアクリジンが非可逆に変化してしまう点も難儀。このままだとアンモニアに対し3倍モル数のジヒドロアクリジンダイマーが合成されてしまうし、出来るアンモニアが化石燃料由来となってしまい、この部分が触媒的に回らないと資源的にも問題がある。

ここについては、例えばラジカル化したジヒドロアクリジンがPCET後にもう一度安定な状態に戻ることが出来る、第二次犠牲剤のようなものがあればいいかもしれない。ただ究極的にはプロトンと電子が奪われたメディエータを系外にいったん排出し、そこで水と反応させて酸素を分離してくれる反応部の創成が必要なのですが(下図右 黒矢印部分)…それをやれる系は一足飛びには難しいかもしれません。例えば濃アルカリ水溶液なら過電圧が低くそうした反応が進みやすいのですが、そこまで塩基性が強い反応場では安定的に反応が形成できるか少し怪しい。では中性の反応系ならどうか、なのですがこちらも意外と反応抵抗が高い背反がある。ということで電気化学の専門チームとうまく意思疎通が取れるようなコラボが必要なのではないでしょうか。

目指す反応系のイメージ(右側の筆者記入部分) 
水が介在するとどうしても難易度が高くなるが
系を分けるなどでなんとか実現して頂きたい
いずれかが特定の波長以上、いずれかか特定の波長以下で進むとなお良い

また残る二つの問題は、先生ご自身も指摘されていますが全体変換効率が低いのと、光電変換に使う錯体がかなり高価でしかもあまり耐久性が無い点。もちろん今回の反応はあくまでモデル反応であり、こうした系が進みうることを実証したのが一番大きな意義なのですが、酸化亜鉛などの安くてそれなりに耐久性があるものを使うなど、可視光範囲をうまく使えて廉価な材料が適用できるようにしないと全体のバランスが難しくなるため、今後の試案のしどころでしょう。ここらへんは酸化物に強い何かしらのメーカとコラボが行われれば道も拓けるのではないでしょうか。

ともかく、水と触媒を光電変換材料のところを太陽光のもとでサラっと流せばアンモニアが出来るという、夢のような話がようやく実現した点は強調しすぎても足りない点です。できたアンモニアは農業に使うもよし、エネルギー貯蔵に使うもよし、化学材料として使うもよし、様々に用途を拡大出来る点でも他のエネルギーキャリアに対し大きな意義を持つ点であることは常に念頭に置いて置く必要があるでしょう。

今後の展開

実は書き出してから気づいたのですが、CaltechのJonas Peters教授のグループが本論文とほぼ同じ反応をScience Advanceに報告していました(文献5)。今回の西林教授らによる今回のNature CommunicationへのAcceptは2022年11月ですが、Chemrexivへ先にPreprintという形で2022年7月に公表しており、一方Peters教授らは2022年8月にSAに提出しておりその差わずか1か月というバチバチの戦いであったわけで。更にこれまたSAの方が論文発表が早く、公表と論文掲載のタイミングがネジれるという珍現象がみられたわけですが、、、このあたり最近の脱炭素の流れも相まって欧米でも今後類似の成果報告がどんどん増え、競争も激しくなっていくでしょう。ただあまり競争が激しくなると多様性と共に独自性が薄れる懸念もあり、ここらへんは皆様全体観を以って進めて頂きたい次第です。

特に今回のような極めてハードルが高く、かつ達成した後のインパクトが大きい目標に対しては力押しのような形で進めてくる研究室が出てくるであろうだけに、正直それはあまり面白くない。どっちかというと端っこからひっくり返す、或いはあまり今までと違うようなアプローチがより重要な意味を持つのではないかと思われます。ここらへんは筆者の及ばない領域なので何を戯言を、と思われる方も居るかもしれませんが、15年前の状況を考えるにこうしたことすら議論されなかったレベルであったことを考えると研究の多様性と深堀りの両立こそがこうした分野の更なる発展に強く貢献すると信じる次第です。いずれにせよ、今回の成果を示された西林先生はじめ同研究室の引き続きのご活躍を祈念するものであります。

それでは今回はこんなところで。

参考文献

1. “Recent progress in ammonia fuel cells and their potential applications”, J. Mater. Chem. A, 2021, 9, 727-752, リンク

2. “Wavelength dependent photocatalytic H2 generation using iridium–Pt/Pd complexes”, Dalton Trans., 2012, 41, 12678, リンク

3. “可視光を利用したアンモニア生成反応の開発” 化学 78 (3), 12-17, 2023-03 化学同人

4. “The world’s first large scale hybrid hydro-floating solar power plant”, PV magazine, September 13, 2021, リンク

5. “Catalytic transfer hydrogenation of N2 to NH3 via a photoredox catalysis strategyScience Advances”, 26 Oct 2022 Vol 8, Issue 43, リンク

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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